第9話

 画面に一瞬砂嵐。


「聞こえるかい? TA999」


 マイクに向かって話す北畠。


 若干のタイムラグ。


『聞こえてるよ』


 北畠の前に無数に並ぶモニターの一つにそう表示された。


「だいぶ記憶が溜まってきたなー。返答がそれっぽくなってきた」


 北畠は嬉しそうにコーヒーの入ったカップを持つ。


「でも打ち上げ時には敬語で必要最低限の言葉のみ発信するように調節しないとなぁ」


 後頭部をばりばりと掻きながら、コーヒーすすって北畠が眉をしかめる。


「冷めてたよ‥‥。アルキメデス!」


 北畠が叫ぶと、部屋の隅から4つ脚のロボットが出てくる。小さくTA670と打たれていた。


「なんでしょうか? 博士」


「コーヒー」


「はい。わかりました」


 アルキメデスが流しに向かおうとした瞬間、北畠が呼び止める。


「あ、まって、このコーヒー片づけて」


「はい。わかりました」


 アルキメデスがカメラをぐるぐると動かす。


「ああそうか。アルキメデス。このマグカップを片づけてくれ」


 言いながらモニターの上に置かれていたマグカップを渡す。アルキメデスの位置からはカップの位置はわかっても、その中のコーヒーまで確認できなかったのだ。


「お前はお前で、ずいぶんお利口になったのにな」


「ありがとうございます」


 プログラミングされた通りの返答をしてアルキメデスは流しに行った。


「あの流しもロボットが認識できるようセンサーの埋め込まれたものだ‥‥規格品でなければアルキメデスが流しと認識できないからだ‥‥いや、それどころか、ほんのすこし形が変わっただけで蛇口すら認識できなくなるだろうな‥‥」


「TA999、おまえの兄さん達は『蛇口』という処理情報があらかじめ用意されている。経験を積んでさまざまな『蛇口』を記憶していくが、しょせん最初に『蛇口』という情報がなければどんなに経験を積んでも蛇口を蛇口と認識できないんだ。でもおまえは違う。様々な経験が。見て、聞いて、触って、その結果記憶から蛇口と判断するんだ。それができるようになったら‥‥本当の人工知能。本当のパートナー‥‥いや、本当の友達だな」


 にこやかに笑う北畠。


 モニターには何も映らない。


 ただカメラの1つがわずかに動いただけだった。

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