第4話

「今日の特集は軌道エレベーター建築に多大な貢献をし、いまや私たちの生活になくてはならない自立型ロボットTAシリーズの特集です」


 やたらと笑顔で姦しいニュースキャスターが妙に高い声でまくし立てる。


「こんにちはレポーターの杉山です。今日は筑波にある機械メーカー、ヤマト工機のロボット研究所におじゃましています!」


 何が楽しいのかやたらとハイテンションなキャスターだった。


「こちらがTAシリーズの生みの親、北畠俊和さんです!」


「どうもこんにちは」


 ぎこちない笑顔で答えたのは研究員らしい真新しい白衣を着た、頭のぼさぼさの男だった。


「今日はよろしくお願いしますね! ではさっそく現在制作中の月面作業ロボットTA999を見せてください!」


 キャスターのハイテンションに苦笑しつつも北畠が答える。


「はい。こちらです」


 ちょうどこたつくらいの大きさをした黒い箱から伸びる大量のコード類、床やら天井やらを大量のコードが部屋をうねっていた。


 そのコードで作られたジャングルの隙間から生えるコンピューター類。まさしく研究室といった雰囲気だ。


 北畠は黒い箱に手をそっと置いた。


「これがTA999です」


「まだボディーはないんですか?」


「ボディーの方は今、ヤマト重工の方で制作中です。でもセンサー類はすでにとりつけてあります」


 言いながら北畠は金属ポールにとりつけられたカメラやマイクを示す。


「カメラ類はもっと小型化しますが全部で12、マイクも4つに触覚系センサーなんかも装備します」


「なんだかロボットってイメージがありませんね?」


「皆さんが使ってくれているTAの600番代は基本的に四つ脚ですからね、まだ頭脳部分だけなんです、それに一般のTAは喋りますね」


「はい。それに2つの手で器用にお手伝いしてくれます。‥‥そうそう今この映像を映しているのもTAなんですよ」


 別のハンディカメラが、4つ脚にカメラのへばりついた映像を映す。TAは器用にコードを避けて歩いていた。


「カメラ君は喋れませんけどね」


 茶目っ気たっぷりにリポーターは言った。


「最新の家庭用TAやオフィス向けTAで約600万単語を組み合わせて喋ります。」


「凄いですよねー。まさに人工知能です」


「あ。それが違うんですよ」


「え? でも人工知能って言ってますよね」


「言われてます。でも今人工知能って呼ばれているのはちょっと違うんです。」


「というと?」


「今のTAはOSに乗っ取った法則で『記憶』から行動を決めます、でもそれはOSのルールの範囲です。どんなに『記憶』があってもOSが分類できない『記憶』は役に立ちません」


「でも、お手伝いロボなんて、しゃべりかけると答えてくれますよね?」


「それこそOSの範疇ですよ、最大限考え得る家庭における状況はすでに入っています。言葉の違いや対応の違いにのみ『記憶』は役に立つんですよ」


「今制作しているTA999は違うんですか?」


「違います。TA999にはOSと呼べるOSは存在しません‥‥もちろんインターフェイスコントローラーなんかは乗ってますけど」


「はあ」


「TA999の頭脳はその99.9%が記憶用メモリーなんですよ、しかもの容量は現行のコンピュータなんて比較になりません」


「でもOSがないと動きませんよね?」


 キャスターの杉山が眉をしかめる。


「OSがないというと嘘になりますが、TA999は記憶からOSにあたる部分すら構築していきます。構築するまでにはとても長い時間と経験が必要です。行動と失敗。記憶と経験。それこそが本来のOSにあたる部分を作っていくのです」


「なんだかますますわかりませんね?」


 杉山がつまらなそうに黒い豆腐以外のカメラなどに興味を持ち始めたので、北畠は腕を組んで説明の路線を変えてみた。


「うーん。説明がむずかしいんですけど、今までのTAはまず処理ありきなんですよ。そしてその処理にもっとも適した行動を『記憶』から探します」


「普通そうですよね? それ以外の処理の方法ってあるんですか?」


「ですから、TA999はまず『記憶』ありきなんですよ。膨大な『記憶』の中から行動を決め、行動のための処理をします」


「はあ、なんだか禅問答みたいですね」


 首を傾げる杉山に、今度は北畠が頷いた。


「はい、まるっきりとんちなんですよ。それは人間の思考そのものです」


「そうなんですか?」


「人間って持っている記憶から、予測して行動するんですよ」


「なんだか凄く難しいですね、でもおなかが減ったら食べたりすると思うんですけど」


「そうでもないんです。確かにおなかが減ったという情報はきっかけになりますが、冷蔵庫とか料理とか食材とか、記憶がないとだめなんです。それにおなかが減ってなくても物を食べたりするでしょ? チョコレートがあったから、食べたくなったとか」


「ああ‥‥なんとなくわかります」


 どうやら杉山は目の前にお菓子があると食べてしまう人種らしい。


「今までの人工知能って言われているのは、おなかがすかない限り食べなかった。でも今目指しているのは、食べても良い物があるから食べれるロボットなんです」


「なんだか逆にロボットらしくないですね」


「もっともTA999は月面作業ロボなんで、勝手に作業したら困ります。それができるだけの性能を持ち、なおかつ人間のパートナーとして動けるように開発しています」


「これからのロボットは、その……『記憶』から思考するようになるんですか?」


「TA999から随時送られてくるデータを元にそうなると思います。TAシリーズは999で終わりですから、次のシリーズから本当の意味で人間のパートナーであり真のロボットになると思いますよ。そういう意味では作業ロボットであり、研究ロボットなんですよね。」


「それは本当に楽しみです。五年後に月面で活躍するTA999を期待しています。それではこれで!」

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