Scene2  自称天才より優れた者と呼ぶのは、クリスめが可哀そうじゃ。  sight of グレウ・ムハンデ





まえがきに代えた

  

●イギリスの魔法界にある某魔法学校の校長っぽい老人ジジイの得意げな長話を嫌うかた向き Scene2のあらすじ





 境夜達、《極東の剣》が辺境伯領へ平和を護るために向かう理由と一緒に。


 《叛逆の賢者》グレウ・ムハンデが、自治領アヤサの指導者(仮)の地位に立つまでの昔話を、説教臭く長々と語る。


 










注意事項




●ルーマニア語と韓国語に似た響きの名前ですが、老人ジジイは生粋の異世界人です。


老人ジジイなのでいちいち長話になり、古臭くて判り難い表現を使います。


老人ジジイは、身分のような階級的概念を基準としない反骨者なので、愚かさを下に賢さを上にといった考えを持たないため、階級的概念を基準としてものを考える人間には「上から目線」と誤解されがちな発言を多発しています。


●異世界人なので《 》内の単語は、異世界語として意味認識されています。


●【 】内の単語は、日本語として発音認識されています。






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Scene2

 自称天才より優れた者と呼ぶのは、クリスめが可哀そうじゃ。  sight of グレウ・ムハンデ




「それじゃあ、行ってきます。師匠、後の事は────」


「万事、判っておるわい。極東辺境統和の道筋は立った。細かい詰めは任せて、《ユダワスプ》と《ツォングォン》を争わそうとしておる馬鹿共を何とかしてこい」


「それは、境夜に言ってください。わたしは、あくまでも《アヤサ》の代表として、両国との不可侵条約を結んで中立を明らかにするために行くんですから」


 クリスめ、小癪な事を言いおるわい。

 率直に話せる境夜と違って、どうにもクリスこやつは師匠相手にも建前を通そうとしおる。


「堅いのお。わしを老害あつかいしおるか、この弟子は」


「してませんよ。心にもない事を言って、拗ねた振りしても無茶はしませんから」


 そう言って首を振ると、クリスはチラリと視線を《極東の剣》の新前連中に目をやる。


 自分は、そういった考えなしの若いのとは違うと言いたいのじゃろうな。


 人間、歳を取ると子供に還るなどという若い者がいるが、そういう考えたらずな者ほど、我儘、傲慢と年寄りを老害呼ばわりして、早々と自身が老害になりよる。


 時代は変るから過去の経験はあてにならんとか、頭が古いとか言って先達の言葉を心を開いて聴こうとせんとは情けないものじゃ。


 歳を取るとは昔の自分を包みこみ大きくなっていくことで、人は壊れたりしないかぎり、決して小さくなったりはせんものよ。


 老害などというのは歳を経るだけで、見栄の張り方と誤魔化し方などのハッタリばかりが上手くなった馬鹿者どもの事を言うのであって、如何いかに傲慢に見えたとしても、儂のような賢者を老害呼ばわりとは、実にしからん。


 《叛逆の賢者》などと、ユダワスプの元老院に牛耳られた利権亡者に揶揄やゆされようが、権力におもねる《お抱え賢者》よりはマシじゃというのに、似非賢者の言葉ばかりを信じたがりおる。


 より多くの視方を得る事で大きな視野を持てぬ若造ほど、目先の損得やくだらん見栄やハッタリばかりの者に惑わされ、狡猾な愚者が造りだした流れに従わぬものを、頑固だの老害だなどと既成ぬかしよる。


 手前勝手な決めつけで、自分にとって都合の悪い者の発言を握り潰し、愚かと嘲笑う事で、自分を偉大で聡明と思わせる詐術ばかりを磨く俗物や下衆な権力亡者ども。


 そんな連中にほとほと嫌気が差し、このアヤサに落ち着いたのは、もう十八年と少し前の事じゃったか。


 しかし、権力だけを頼りに生きる下衆ばかりの地でなくても、何処にでも老害は巣食うもので、自由独立の気風が高い辺境領にさえ、そういう権力に媚を売り、利権にすがって生きるようなやからおった。


 当時でさえ老境にあったわしじゃから、この村の老害どもも長老の座を脅かされるとでも思ったのか、賢者たるこのグレウ・ムハンデを変人呼ばわりして、村人から隔離しようとしおった。


 辺境という地で、世の為人の為と智を広めようとするわしを、己の保身の為に遠ざけようとは、器が小さすぎて情けなくなったもんじゃった。


 その点、クリスという娘は、なかなか見所のある娘で、わしを敬おうとはせんが、少しでも賢者たるグレウ・ムハンデから智という糧を得ようとしておる。


 年寄りの繰言と莫迦にせず忠告を聞き、領主どもや国の上層部に蔓延る権力亡者どもに逆らう気骨もある。


 小さなわらべの頃からアヤサを変えたいと努力でしておった。


 天才というよりは異常な程に早熟なわらべで、また自分が奇妙みょうな事も認識ししっておるようじゃったからか。


「わたしは天才少女だから」


 などと常々、吹聴しいってまわる癖があったが、言うのを照れまくっているその姿が可愛らしいせいか、村人にも増長しとるとは取られないようじゃった。


 本人は気づかれてないつもりで、村人の多くも気づかんようじゃったが、わしや近しいものには、異物としてわしのように排斥される事を恐れておるのは、明白じゃった。


 クリスは、自らが称する《天才》に値する発想とたゆまぬ努力で、多くのものをアヤサにもたらした。


 わしに師事した事が、その成功の第一の要因であるにしても、その業績は称えられてしかるべきものじゃった。


 じゃが、変化についていけぬ老害には理解されず、領主や国の中央に疎まれているわしの弟子である事を問題視するような“ 利権のおこぼれを貰う事に熱心な連中 ”には、有益ではあるが危険な者と認識され、その功績が中央に伝えられる事はなかった。


 望まれたなら、中央に残る伝手つてを使い、立身出世の道を開く事も考えたが、クリス自身は利権争いの怖ろしさや醜さを嫌い、真の意味で我が弟子となるなどと言いおった。


 そうして我が愛弟子は、智を技術へと変えて魔法を使わぬポンプや水車動力などの新たな可能性をアヤサにもたらし、若い世代の指導者へと育っていった。


 そのせいで浮いた噂一つないようじゃったが、まあ些末さまつな事じゃな。


 わしも、そんな弟子と一緒に余生をアヤサで静かに終えるのじゃろうと思っていたのじゃが、クリスが一人の男を連れて来た事で、アヤサとわし達は新たな道へと進むことになる。


 《芳桜院ホウオウイン 境夜キョウヤ》。

 男は自らの名の意味と共に名乗り、異世界からの稀人だと告げおった。


 最初は胡散臭い格好の非常識そうな男じゃと思ったが、老害ではないわしの眼は、直ぐに境夜という男が卓越した知性と理性に悟性まで備えた傑物であると見抜いた。


 境夜の国の言葉に「英傑は英傑を知る」というものがあるそうじゃが、境夜はわしを見抜き、わしは境夜を見抜いたというわけじゃ。


 村のなかには、わしがたぶらかされたなどと言う口さがない者もいたが、そう言う連中は、他人の足を引っ張る事しか知らぬ《力に媚びる蒙昧ゲブグへ》ばかりじゃった。


 その事は、境夜がほんの数日で証明して見せおった。


 おそらくは神具であろう異世界と世界アルディを繋ぐ【インターフェイス】によって、生み出される異世界の機器などのような物理的恩恵がもたらす欲に、目をくらまされる事なく、見定めれば誰にでも解ることじゃ。


 まあ、それができぬからこその《欲に溺れる愚昧ゲブグへ》なのじゃがな。


 境夜を騙して利用しようとする者の多くは、その企みを見破られ、ある者は破滅し、ある者は改心しと、様々に生き方を変える羽目になる。


 破滅した者どもは、アヤサに潜り込んでおった《オーバーロード》なる謎の存在を崇める犯罪集団や、ベイ国の暗部に巣食う連中などで、改心したのはアヤサにもぐり込んでおった末端の潜入工作員やヤクザ者の一部など。


 弱肉強食などという“ 人を虫けら同然の存在と考える愚か者の理屈 ”に従う人としての誇りを持たぬ者どもじゃ。


 どうやったのかは知らんし興味もないが、境夜は長年に渡ってアヤサを食い物にしてきた悪党どもや、アヤサを蔭で征服統治してきたベイ国の連中がやってきた悪事を暴きおった。


 スキルなど一切持たぬ若者が、それを成し遂げた事で、またベイ国の征服統治の根幹となっておった商人達が悪事を暴かれ追放や処罰を受けた事で、アヤサは一大変革を迎えた。


 まあ、成した事などより、その後の行いこそが、境夜を英傑足らしめる証明じゃった。


 事が終わった後、若い者の多くは、境夜を英雄扱いしておったが、境夜自身が英雄とは虚栄であり、意志を一つに集わせる代わりに意志を歪める毒で、人の意志とは集おうとも己のものであって誰かに委ねられるものではないと示したのじゃ。


 それをすれば、悪事を暴かれた者どものようになるのだと語り、そのうえで、意志を寄り添わせて一つの何かを成す喜びとの違いを示しおった。


 その時、初めて境夜は、多くの者の声なき抵抗や不服従などのかたちで、《欲に服従する因業者ゲブグへ》に抗った者達へと光をあてたのじゃ。


 「世界が常に《その他大勢》のためにある」


 その真理を示した境夜は、わしに、わしと並び立つ賢者であると認めさせおった。


 まあ、多くの者共は、その事に気づいてはおらなんだが、じゃからこそ「英傑は英傑を知る」のじゃろう。


 クリスめが仕事をサボっておる時に、側で境夜が鼻歌を歌ったりしおって、クリスが苦笑いして仕事に戻ったりしたので、境夜が苦手なのかと尋ねたことがあってな。



「あの歌なんていうのか知ってます?」

「歌とは、あの時の鼻歌のことかの?」

「怠け女のラプソディです」


 そんなやりとりをした時は笑ったもんじゃ。


 なんでも、マユシー譲ちゃんに頼まれてクリスを呼びに来たとかいう話じゃったようで、言葉にせずにクリスあやつに、その事を伝えたらしいわい。


 そういうふうに普段の境夜は、よく訳の判らん異界の歌を歌っておったり奏でておったり、誰にも判らん冗談を口にする暢気者にしか見えぬので、わしのように一目でそれを見抜くのは余計に難しいのかもしれんのう。



 じゃが、境夜あやつは、必要とあらば、犠牲を必要とする行動も起こす男じゃ。

 

 口先の覚悟だなんぞだという、 覚束なげあやふや精神論ものではなく、どういう状況ならばどうするという明確な判断基準を持ち、様々な対応を決めておるくらい、真剣に命と向き合った結果の事でじゃがな。


 わしがそれを知ったのは、流石に出会って直ぐにではない。


 今までに見た事もない強大な悪魔がアヤサを襲ったときじゃった。


 境夜は、あらかじめ知っていたかのように素早く動きおった。


 結果、《アヤサ自衛隊》に被害はなく、隊の狩猟犬部隊の犬一匹と外からの客を迎えるための迎賓館のみを犠牲にして、悪魔は滅びた。


 悪魔という存在の本質を知らぬ何人かの愚か者が、境夜の下手をすれば多くの犠牲者を出したかも知れない対応を責めたが、境夜が《アヤサ自衛隊》と決めた対応が幾重もの状況予測に応じた対応策の一つで、結果的に最低限の被害で状況を収束させるものだという事を知らされて黙る事になった。


 同時に、その見識のなさを知られた愚か者どもに、見識を広める学習まで義務付けるというオマケつきで、アヤサの意志決定を迷走させる愚か者達は、実質的にアヤサの長老衆の座を降りる事になった。


 その全てが境夜の計算通りというわけじゃったのか、そのときに、長老衆の顧問兼実務の責任者にわしを推挙したら受けてくれと説得されてのう。


 あくまで可能性の一つで、別の機会になるかも知れないと幾つかの可能性を示唆しおったから、無駄になるかもしれない無数の推測を重ねていたのじゃろう。


 数学の証明問題に例えるなら、無数の問題について各々一つの問題に関する無数の証明法を考えるようなもんじゃ。


 自称天才のクリスめとは違う頭のキレと、起こるか起こらないか判らない災害に備える方法を無数に用意する周到さ。

 そして、周囲の者達にその対処法を行える実力を持たせる人心掌握力。


 覚悟だなんだと吠ざくひよっ子どもとは違って、美事みごとな“ 地に足の着きよう ”じゃわい。


 真剣に物事に向き合わんヤツは、覚悟なんてもんが何処かにあって、何かをすれば手に入ると勘違いしおるが、覚悟は己の心で育てるものじゃ。


 行動の末に手に入るのは、慣れであって、それも磨かねば狎れへなり、覚悟がなければ馴れでしかない。


 要するに、覚悟とは己の生き方を貫く決意じゃ。

 己の生き方を見定められぬ者に、決められようはずがない。


 そして、自ら選んだ生き方通りの行動を続ける事でしか、馴れ合いではない真の信頼は得られぬという事じゃな。

 

 そうした信頼で繋がった関係を築き、そして維持していくのは、簡単ではないが難しすぎるということもない。


 人が造り出したモノは、全て皆、そういうもんじゃ。

 街も手入れをしなければ壊れて自然に還っていくし、壊れた物は直したり新しく用意しなければそのままじゃ。


 信頼や絆や愛といった目に見えないが確かにある概念ものも同じ。

 それを造るのにも維持していくのにも、手間暇がかかる。


 見えぬものなど信じぬと言い張る者もいるが、たいていは自分を唯の獣と信じたい馬鹿者か、自分の弱さを認めたがらぬ哀れな者じゃな。


 そういった者どもは、目に見えぬものを築くことや維持する事を諦めた者じゃ。


 理不尽に抗う事も人を信じる事もせずに、自らを律する事もせず、欲を満たそうとするだけの存在となって、人の邪魔をするばかりで何かを成そうとは思わぬ。


 境夜は、わしと同じくその事を知っておった。

 そして、わしが成せなかった信頼や友愛や絆をアヤサに広めおった。


「衣食足りて礼節を知るという故事がボクの生まれた国に伝わっていますからね。もし、これを貴方が使えれば同じ事ができたでしょう」


 そう言って自らが持つ【インターフェイス】の援けもあっての事などと言っておったが、衣食住を不必要なほど得て、なお、虚飾と礼節の違いすら解らん者どもの事を考えれば、境夜の成した事の有り難さが判るじゃろう。


 “ 虚飾の儀式で、群れて生きる獣が統制のために造った上下を周囲に示すだけの行為 ”と、“ 人が人という概念を尊び、人であらんとする者を敬う礼節 ”の区別もつかぬから、獣性の塊を虚飾で覆った格好だけの愚か者がのさばる事になる。


 巷にあふれた英雄物語など、所詮は利権亡者の虚栄を理想化した悪しき偶像じゃからな。


 そういった連中の虚飾やりかたを使わずに人を纏めて行動するなど、物語の中ですら語られる事のない快挙じゃ。


 その意義深さに比べれば、悪魔を排し、《オーバーロード》なる魔物の集団を滅ぼした事も、些事さじにすぎぬ。


 まあ、単に物質面だけで見るなら、強大な国家すら滅ぼしかねん魔物を滅ぼしたのじゃから大した事じゃがな。


 そして、どのような些細ささいな事でも大事に発展する場合もあるのじゃから、《オーバーロード》の消滅がもたらす影響は、多大なものとなる事は予想できる。


 現実の世の中というものは、悪が滅びてめでたしめでたしと、物語のようにはいかんものじゃ。


 境夜は、《オーバーロード》を滅ぼす前からその事も判って動いておった。


 もちろん、どのような事が起きるかなど予め見通せる訳はないが、魔物に従って悪事を働くような連中が統制を失えば、共食いの猿共のように争い合い、己の利権を増やそうとして、多くの不幸を撒き散らすだろう事は予想できる。

 

 そこで、己の怠惰を無力と言い繕い、「どうなるか解らんので責任は取れん」などと、“ 行動の結果に生じる責任を先に持ち出す本末転倒 ”などせず動いたのは、流石という他ない。


 責任というものは、自分の損得しか考えぬ愚か者どものせいで、何かをしない事の言い訳にされがちじゃが、本来は、過ちを正し、悪事を制するためのものじゃ。


 行動しなかった事の責任は取らずに、した事だけの責任を取るなどという小役人の悪知恵がまかり通ってしまう風潮で、馴れ合うばかりの覚悟を持たぬ老害が増えたが、そういう連中に見習わせたい話じゃな。


 もちろん、自分の行動の結果起こるであろう影響も予め考慮せず、後のことは知らんと切り捨てる類を行動力と勘違いして動くのでは、単なる無謀じゃ。


 そうでないから、わしは、境夜を流石と言えるのじゃ。


 《オーバーロード》を滅ぼした後の一月の間に情報を集めていく過程で、《アヤサ》に潜りこもうとしたオーバーロードの末端であった犯罪組織を壊滅させ、辺境全体に広がった統制を失った犯罪者どもを捕らえていきおった。


 しかも、今までの法では、奴隷化魔術での拘束を行うか公開処刑じゃったが、奴隷化魔術を使う連中は皆、《オーバーロード》の手下になっておった事を利用して、新しい司法制度を《アヤサ》に定着させおった。


 最高刑を、薬物と電磁装置という異世界技術による《記憶完全剥奪刑》に定めた刑法。


 嘘感知の魔道具のような《脳磁生理複合式嘘発見器》とやらを使った取調べと裁判。


 裁判員資格の取得制度と陪審員倫理資格の制定。


 社会利益を目的として、犯罪者の更生を、その手段と考える法とはのう。


 わしですら考えつかなかった発想の実用性と人道性への対処方法じゃった。

 

 異世界技術をこの世界で再現する教育や設備を用意する事もじゃが、異世界とこの世を融和させようという稀人ならではの視点じゃな。


それが上手くいったのも、人道性や実用性といった考え方自体を広めるという地道な努力の賜物たまものじゃろう。


 賢者によって導かれる政治を最上とするのではなく、多くの賢者の卵を創り、賢者を遠くにあって敬う存在ではない身近な目標としようというのじゃから、わしが認めるのも当然じゃろう。


 そうやって、犯罪組織を潰すための協力関係を、極東辺境の村々の間に取り付け発展させることで、極東辺境統和の道筋が建ち、犯罪者とはいえ更生可能な者達を更生させる中で、様々な情報が集まっていったのじゃ。


 この街で捕まった《オーバーロード》の末端組織の幹部の話では、ユダワスプ国の中枢にも、そういった組織は蔓延はびこっておるようで、統制を失って暴走した《ユダワスプ》と《ツォングォン》の両国の組織が、戦乱を起こそうと画策しているらしい事も、様々な情報を基に浮かび上がってきた。


 ここ十年ほどで《ユダワスプ》の元老院を初め、ベイ辺境伯領の有力一族の大半が、《オーバーロード》の下部組織と成り下がっておる情報が正しいなら、その企みが成功する可能性は高いじゃろう。


 そこで、《アヤサ》として、両国との不可侵条約を結んで中立を保ち、安全確保という名目で、騒乱による利権を狙う愚か者どもを止めるべく動こうという計画を立てたのじゃが、クリスめときたら……


「どうしました? 遠い目をして」


 クリスの志の低さを嘆いておったら、そのクリスめが、そう言っていぶかしげな目でわしの顔を覗き込んでくる。


「どうして我が弟子は、こんなに不出来なのか悩んでおったんじゃ」


 クリスの声に現実へと引き戻されたわしは、追い払うように手を振って、応えた。


 いつの間にか、今までの事を思い返していたらしいわい。


「また、そんな憎まれ口を。 わたしは境夜と違ってただの……天才なんですよ? 超人ロックじゃないんですから」


 恥ずかしいのならよせばいいんじゃが、癖になっとるらしい自称を口にして、なお──自分より優れた者という意味なのか──境夜を妙な呼称で呼びおる。


超人ロック? 境夜がかね?」


「ええ。《オーバーロード》の魔物が、超越者は自分じゃなくて境夜だって言ったらしいですよ。戦う事さえできずに滅ぼされたそうです」


「それは誰からの情報かね? 確か《オーバーロード》の首魁を滅ぼした時は、一人だったそうじゃないか」


「真祖吸血鬼の僕になっていた元吸血鬼の人が言ってたんですよ。今は何故か……っていうかたぶん境夜のせいで人間に戻ってますけど」


 それは実に常識離れした話じゃった。


 吸血鬼になった人間を元に戻す方法など知られてはいない。


 もし、そんな方法があると解ったら、自らを人を超越した存在と考えている高慢な吸血鬼どものことじゃ、総出でその方法を知る者を消しにかかるじゃろう。


「その話────」


「大丈夫、機密にしてますよ。常識ある連中は意味を判ってますから」


「そうか……その者達、さぞ、驚いたじゃろうのう」


「もう、パニック寸前の隊員もいましたよ。こう何度も驚かされたんじゃたまらないって」


 ならば急遽どうこういう話ではないか。


 境夜に関わって、今更、それくらいの事で驚いていても始まらんが、凡俗ぼんぞくどもではのう。


「それで、ダアルが、境夜は超人ロックだからしかたないって」


 特異であり、けれど、あくまでも人でしかない超人か。


 境夜が聞けば、笑って否定するじゃろうが、自称天才より優れた者と呼ぶのは、クリスめが可哀そうじゃし、その名を承認してやるかの。


 


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