Scene4  幸せよりも自由を愛しているという境夜さんの言葉に、哀しくなりました sight of 《フローレンス》


まえがきに代えた

行間を読むのは苦手という人向き Scene4のあらすじ


チョロイン一人称風です。


境夜はスゴイ変人だけど《フローレンス》はチョロインっぽいのでOkだ





注意事項


 ●《フローレンス》はチョロイン的ではありますが、チョロインではありません。

 ● 神のアルコーンデミウルゴスは、我欲を持つ超越存在です。







 


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Scene4

 幸せよりも自由を愛しているという境夜さんの言葉に、哀しくなりました sight of 《フローレンス》





「でもフローレンスと呼ぶのは長いので、ボクが呼ぶときはフロウかな」


 境夜さんは、ポツリとそう仰いました。


「フロウ! とても楽しそうな響き。ふわふわで飛び跳ねるようで!」


 心が浮き立つような呼ばれかたです。


「…………気にいってもらえたようでなにより」


 少し訝しむような様子の境夜さんですが無理もありません。

 今のわたしは、今までの《わたし》ではなく、フロウなのですから。

 高位精神体ではなく、“ 神のアルコーンデミウルゴス”のような精神生命体なのです。


「はい! ……とてもとても、気にいりました」


 だから、好みに合うという事も嫌だと思う事もあります。


 境夜さんとその周りの人達の平均的な嗜好をもとにした好き嫌いですので、境夜さんのように“ 他者からの強制的な嗜好操作 ”をイヤだとは思いません。


「本当に……とても素敵な名前です」


「なるほど……………………」


 つい浮かれてしまったわたしから目をそらし、境夜さんは何かを考えています。

 そして、また長い長い──境夜さんの時間単位で71分ほどの──沈黙の後に仰いました。


「情報が欲しい。それを基にそちらの提案を受けるかどうか検討しようと思う。あと、検討の時間に制限をくわえないと約束してもらえるかな?」


 そちらの提案というのは、異世界への転移のことです。


「はい。どうぞ、ゆっくりと考えてください。知りたい事も、わたしに御知らせできるようなことなら」


 さっきはそれで失敗したのに、境夜さんと話せるのが楽しくて、ついニコニコとしてしまいます。


「…………『わたしに御知らせできるような』というのは、情報に制限がかかっているという意味ですか?」


 案の定、境夜さんは、また不審そうな顔をしています。


「いえ、わたしが知っている事はすべてという意味です。安心してください!」


 ああ、そういうふうに言っても、境夜さんが納得するわけがないのに、また思わず言ってしまいました。


「それでは、質問させてもらおう。まずは────」


 最初の境夜さんの質問は、これから転移してもらいたいと告げた異世界の一つの特性についてでした。


 境夜さんのいた《宇宙樹》とは違う《宇宙法則》を“ 神のアルコーンデミウルゴス”によって付与された事で、《宇宙樹》からコピーされた《擬似宇宙樹》。


 それが、境夜さんに行ってもらう異世界です。

 

 簡単に言えば、虚構デジタルゲームのような、スキルやステータスがある世界です。

 ダンジョンや魔物や低い文明度などの危険はありますが、《称号》や《種族進化》や職業クラスといったスキルやステータス増加システムもあり、それらの補正を受ければ住み易いとまではいえませんが生きていける環境です。


 アイオーンアレーテイアから境夜さんのために用意されたのは、三つの境夜さんを中心に《宇宙法則》を改変固定する干渉権です。


「最も人気だったのは、無限魔力と最強の肉体と物質生成能力でした。創造魔法などを望まれたかたもいましたが使いこなせた方がいないので御伝えしておきますね」


 一通りの説明をした後に、わたしは過去の例から導かれたデータを提供しておきます。


「行くとしても、そういったボク自身を変化させる行為を他者にまかせる気はないので、その類は遠慮しておきます」


 境夜さんは、そんなわたしの話を即座に否定されました。


 どうやら、“ 境夜さん自身が創った自由意志のマニュアル ”の禁忌だったようです。


「ごめんなさい。気分を害させるつもりはなかったんです」


 わたしは、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまいました。

 好みに合うという事も嫌だと思う事もなかったなら、形だけの謝罪になっていたでしょう。


 でも、相手の身になるという事を知った今のわたしには、心のない形だけの謝罪がどんなに相手の心を傷つけるかが、本当の意味で解っています。

 だから、境夜さんに、心からの謝罪が伝わるように願ってしまいます。


「気分を害したわけではないですよ。ボクという存在を、短所も長所も、そのわざも含めて両親と友と故郷とボク自身が作ったままの自分にしておきたいというのが、ボクの意志だというだけです」


 ああ、境夜さんは、そういう人でした。

 境夜さんは“ 自身の行動と、その結果で得てきた全て ”を含めて自分の在り方だと想う方。


 “ 成功も失敗も含めた経験も、知識を得るための努力も含めての生き方 ”と“ その生き方に則って生きた喜びや哀しみ”。


  奪われる事はもとより、付け加えられる事もない“ 境夜さん自身が、関ってきた人や想いや環境と一緒に創ってきた全て ”を、自分自身の在り方として大切にしている人なのです。


 外側から学んだ事もない知識を書き加えるというのは、大切にしてきたものをどうでもいいもののように、扱うということ。


 大切なもののない人や自分の損得を一番に考える人ならともかく、境夜さんは、自分も周りの人々も大切にする人です。


 そんな方に、わたしは随分と無思慮で失礼な事を言ってしまいました。


「だから、気にしないでください」


 けれど、境夜さんは、本当にそう思っているらしく、淡々とわたしの謝罪が不要だと説明してくれました。


「あなたのような存在の力を借りて生きる事を否定するわけでも、そういう道を選んだ人を蔑んでいるわけでもありませんから、ボクが気を悪くする理由はありません。ボクが幸せよりも自由や人の在り方を愛しているだけのことですから」


 蔑むのでもなく無関心なのでもなく、きちんと自分とは正反対の生き方を認めたうえで、別の生き方を選んだのだと、だから自分と相容れない生き方をしているように見られたからといって、怒るようなことではないと、境夜さんは微笑います。


 その微笑が澄んでいればいるほど、最後に続いた言葉が、わたしの胸を打ちます。


 わたしは、幸せよりも自由を愛しているという境夜さんの言葉に、哀しくなりました。

 それは、“ 幸せよりも大切にしているものを持つ人 ”の心からの言葉だったからです。


 そういった人達が幸せになるのは、本当に難しいのです。

 物語フィクションとは違い、世界は《宇宙法則》と確率性びょうどうさで形創られています。


 何よりも勝利を大切にする人間と、そうでない人が争えば、どうなるか?

 何よりも金銭を大切にする人間と、そうでない人が争えば、どうなるか?

 何よりも権力を大切にする人間と、そうでない人が争えば、どうなるか?


 物語フィクションでは、善性や偶然が結果に強く作用します。


 けれど、物質世界げんじつでは、《物理法則》と確率性びょうどうさだけが作用するのです。


 努力を何に費やすかでスタート地点が同じならば、それを強く望むものが有利な立場になるのが、確率性びょうどうさです。


 《物理法則》には例外はなく、善も悪も関係なく等しく作用します。


 それを知っていても、自分自身より大切な何かを護りたい人は、何よりも《幸せ》を求めたりはしません。


 《幸せ》を求める多くの人が、利己のための不公平さや自己の安寧で精神世界ねがいを形創り、それを《幸せ》と考えます。


 それが、一番手に入りやすく、そして物質世界げんじつでは判りやすいものだからです。


 けれど、そういった《幸せ》を求めない人にとっての幸せのぞみは、精神世界おもいを護ることなのです。


 儚く壊れやすく傷つきやすいソフトを護る事は、測れ、拵えやすく、気づかいやすいハードを得る事より、遥かに困難なこと。


 だから、その希望のぞみを叶えて幸せになることは、欲望のぞみを叶えて《幸せ》になるより、ずっとずっと難しい。


「それでいいのですか? 辛くはありませんか?」



 希望のぞみは叶わくて、《幸せ》も手に入らず、それでも満足して生きられる強靭したたかさを、境夜さんは持っています。


 だから、わたしが、哀しく感じる事は、境夜さんにとっては侮辱なのかもしれません。

 そう思っても、わたしはついそう言ってしまいました。


 ここは、全てを確定するための全てがあいまいに創られた世界。

 あいまいなままではいられないと《精神法則》に定められた場だからでしょう。


 精神生命体であるわたしは抵抗していないと、正直になりすぎてしまいます。

 けれど、そんな心配すら境夜さんには解ってしまったようです。


「哀しむ必要はないですよ。ボクは、自身の生き方を肯定しています」

 

 迷いのない笑みで、境夜さんは、わたしの哀しみも怖れも、消し去ってくれました。


「────それに、“ 誰かの生き方の危うさに心を傷める心遣い ”と“ 他者を貶めて見下す事で安堵する 厚顔さ ”の違いを理解できないほど幼くも、誇りと自尊心を混同するほど無思慮でもありませんから」


 境夜さんの言葉は、いつも正確であろうと心がけるせいで、聞く人の心根を映すかのように、時に様々な想いを聞こうとする者の胸に巻き起こします。


 聞き様によっては皮肉にも断罪にも軽侮にも聞こえる言葉ですが、境夜さんの言葉に裏や陰はありません。


 幼いことも無思慮であることも、今の誰かの姿であっても自分のかつての姿であっても、それが劣っているという事だとは思っていないのでしょう。


 それは、“ 境夜さん自身が創った自由意志のマニュアル ”に反する事で、境夜さんの希望のぞみそのものだからです。


 境夜さんが“ 誰にも譲れないもの ”


 だから、それを識るわたしは、境夜さんの言葉に救われるのです。

 物語フィクションにでてくる御都合主義のヒロインチョロインみたいですね。






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あとがきに代えた

次回予告





あらゆる事象は、エネルギーにより位相を分岐させていきます。

それは、精神というエネルギーであっても変わりはありません。


精神による選択と分岐──それが世界に与える影響は等価でしかありません。

その位相を揃え同じ波を起こす全てのエネルギーが、相互干渉する事で世界自体は分岐していきます。


この小さな狭間の世界を創り変え分岐させる装置が《わたし》です。

そして《フローレンス》も、そうでなくてはならなかった。


けれど、選択と分岐を行う存在が、“ 3つの願い ”という選択の外で

それを覆します。


選択と分岐を行うのは──《芳桜院 境夜》。

これは偶然? あるいは必然なのでしょうか?



次回

Scene5  「《フローレンス》それは許せません」そう、《わたし》は告げます  sight of 《わたし》

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