Scene2  大富豪、謎の失踪を追う(仮題)  sight of 名もなきフリーライター 

まえがきに代えた

国語の嫌いな人向け Scene2のあらすじと注意事項


ルポルタージュ(事件や社会問題などを、取材を通して客観的に叙述する文学の一ジャンル)風です。


名もなきフリーライターは、消えた《芳桜院 境夜》を調べた。

ラノベキャラみたいに変なやつだった。




注意事項


●取材の軌跡を示す意味で取材順に表記されるルポ形式です。

●ゴシップ週刊誌的表現がありますが、政治的意図はありません。

●《芳桜院 境夜》は、本作中の実在の人物です。 叙述トリックは存在しません。

●本シーンの感想は、登場人物達の主観であり、実際の《芳桜院 境夜》本人とは違う場合があります。




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Scene2

 大富豪、謎の失踪を追う(仮題)  sight of 名もなきフリーライター




 

 大富豪、謎の失踪を追う(仮題)その29。


 謎の失踪を遂げた青年、《芳桜院 境夜》の行方は依然として不明。

 失踪の理由も同じくやぶの中だ。


 判ったのは、防犯カメラの死角がないマンションの中で、云わば巨大な密室で彼が消えた事。

 そして、《芳桜院 境夜》が、実在を疑うレベルの極めて特殊な個性の持ち主だという事だけだろう。



 彼を知る者達の多くは、彼が‘ノーベル財団 ’を越える巨大財団‘ ニート財団 ’を設立して、‘ ノーベル賞 ’以上に広い分野の学者達を支援する‘ ニート賞 ’の創設をしたという事さえ知らなかった。


 財界とのパイプは無いに等しいのに株取引と特許売買で彼はその巨万の富を得たらしい。

 株を買い株主となった会社に画期的な特許を売って値上がりした株を売るというのを繰り返したのだ。

 手段は単純だが、決して真似できないような方法だ。


 株も特許も代理人を使っての売買なので、恩恵を受けた会社が多い割に、彼自身と会った財界人は少ない。


「いつか、そうなるとは思っていたよ。彼は、やりすぎたんだ。‘ ニート財団 ’の特許が何万あるか知っているか? その全てが最新技術の中核を押さえている。ほとんどが彼の特許だ」


 そう語ったのは某一流企業の開発部長だ。


「当財団は自由な研究と人類の可能性を追求し、人類全体に有益な技術を開発するために、多くの学者の方々に特許を提供して頂いています。確かに財団を創られたのは、あの方ですが、現在では数千人以上の先端研究者が当財団に所属していらっしゃいます」


 財団は、彼本人の事は決して語ろうとせず、名前すら口にする事はなかった。


「なぜ、大学を辞めて財団研究員になったか? 当然だろう。今や、最先端研究をするなら此処でしかありえないからだ。既に大学の研究室というのは此処にくるまでのステップにすぎないのだよ」


「ああ、まあ流石にソレは言いすぎですが、財団が跳び抜けた研究環境を用意しているのは確かですね。財団研究員になるのが最高の栄誉と考えてるひとは少なくないですから」


「栄誉とか以前に、あの財団が秘匿している技術が魅力的なんですよ。多くの研究者があの財団に所属したのは、彼が財団に渡した無数のサブマリン特許が自分の研究を推し進める可能性に気づいたからです」


「財団のサブマリン特許? ……ああ、確かにあるんだろうよ。特許を提出すると同時に、それに関する周辺技術特許が出たりするからな。技術者としては財団に所属したほうが安心だし、研究資金も豊富だ。人類のための研究者って名誉もついてくる。SFにあっただろ? 科学者が研究のために造った巨大国家、アレを実現したんだよ」


 財団について語る人々は多いが、彼の事を知る者は財団関係者には少なく、知る者は彼の名を出さないのが印象的だった。


 かといって、偏屈な秘密主義者というわけでもないようで、マスコミに露出こそしていないが、彼は他の様々な分野で知られていた。


 彼が設立した広範囲の専門知識の賞の分野全てに精通した天才であるという声もあるし、スポーツマンであり、合戦術や武芸といった日本の伝統武術の達人という話まで聞こえてくる。


 彼が、そういった伝統武術の復興にも寄与していることは、‘ 日本武術復興協会 ’に‘ ニート財団 ’が資金を供出している事からも判るから、話半分に考えていたが関係者の話を聞くに、彼の超人ぶりはホンモノらしい。


「いやあ、‘ 縮地 ’なんて技が本当にあるとは思いませんでしたよ。初めの合図と同時に一本ですよ」


 そう語ったのは、昨年の剣道日本一をとった警察官。


「嘘かと思うかもしれませんが、100キロ超の選手が、重力がないみたいに宙を飛ぶんですよ。合気なんて関節さえとられなきゃいいなんて思ってたんですが、ありゃ別物ですわ」


 そう語ったのは、柔道連盟の役員。


「あれはな、化物なんて言葉じゃ足りねー何かだな。ボクサーのパンチってのは、野球のピッチャーとかと同じで全身の力で振りぬくんだ。空手は、槍で突いたり鎖鉄球で打つのと同じように体を武器にして殴る。でも、俺はあいつが何したかも判らなかった。側で見てたやつもだ。触られただけのようだっていってたけどな。その一発でダウンだ」


 そして、そう語ったのは、総合打撃系格闘技のチャンピオン。


 彼を取材して感じたのは、大掛かりな陰謀が存在しない人間をでっちあげているのではないかという現実離れした感覚だ。


 工業系や医学や生物学や、民俗学に歴史といった広い分野の博士号や修士号も持ち、文武両道どころか、超人という言葉がふさわしい常識外の存在。


 彼の一面しか知らない人間でさえ、そう語るのだから当然といえば当然の感覚なのかもしれない。


 それどころか、‘ 非常識 ’という言葉は、彼の人格にもまた当てはまる。


「いや、アイツってマジヤバイっスよ。ブットンデルんで! ヤクザ相手にビビんねーシ」


「ウザイやつだけど、ハンパじゃなかったよ。 ヤクザ? ああ、その組ならツブれて、皆カタギになってるよ。 やつの警備会社あるだろ? アレの下っ端だよ」


「ええ、そうです。オーナーのおかげですよ。こんな半端ものが堅気になれたのは。ここですか? オーナーの武術の同門のかたが社長なんですよ」

 

「同門でしたが、引退したんで最近は疎遠になってまして。いえ、揉めたりはしてないですよ。ただ、つきあいづらいというか。いや、決して悪い奴じゃないんですよ。……ただ一緒にいると途方もなく疲れるんです」


「そうですね。僕も同門ですよ。境夜さんですか? うーん、境夜さんと一緒だと、色々と鍛えられますね。自分が研ぎ澄まされていくんです。 学ぶ事や修行が楽しい事だって教えて貰いました」


「今時、珍しい義理堅い子でよ。昔、俺はあいつの家のそばに住んでてよ。小学校だったかのこーんなちぃさい頃に、ちょっと手解きをしてやっただけなのに、師匠として扱ってくれるしなあ。 ん? 合戦術よ。俺の代で終わりと思ったんだが、あいつのおかげで細々とだが続いていきそうだ」


「とても大人びた子でしたよ。あれは、4年生の時だったかな? 掃除をサボる子を注意して、優等生めみたいなことを言われたときに、理路整然と説得してたのには驚きました」


「あー、あったなそういうの。 それでダチになったんだよな。 え、何て言われたか? いや、覚えてる。あいつが言ったのは、俺がガキの時好きだったヒーローの話だ。汚いものを見過ごすのは、掃除をしないのと同じってことだったな」


「境夜くんが言ってたのは、こうです。──── 『ボクを何も考えずに、ただ規則に従う人間だというなら侮辱だな。ようは、君が好きだと言っていたヒーローと同じだよ。悲惨なもの醜悪なものを目にした時、どういう人間でありたいかだ。 悲惨なもの醜悪なものを見ないですむ世の中にしようと努力するのか、どうせ世の中とはこんなものだと悪事に走るのか、嫌なものを見るのは御免だと見てみぬふりをするのか、少しでもましな世の中のためにと手を汚してそれを正すのか。君がなりたいといってたのは命すらかけて手を汚そうとする人間だろう? ボクはそうなりたいとは思わないが、君はゴミや汚れすら面倒だからと見ないふりで放置する人間に本当になりたいのか?』 ────一字一句同じとはいえませんが。ただの優等生だったぼくにはショックで、今も憶えてますよ」


「あー、似てる。そういう可愛げのないガキだったよな。今もそのままだけど。だいたい、勉強が面白いとか考えられないよな。遊びも勉強もやつには同じなんだよ。人とのつきあいもな」


「よく、人を見定めてるんだよな。借りを返そうってキチンと考えてるヤツには、貸してやるけど、そうでないやつには、一度しか貸してやらないとか。人を見下してるようなやつとは、自分だけは一目置かれててもつきあわないとか。だからテキトーに生きてる俺なんかはついてけないんだよな」


「味方にも容赦なく、敵には更に容赦がないってタイプですね。ウチの社長のドラ息子なんて、昔はヤクザとつるんでるようなやつだったんですが、今じゃ──」


「え? いや……な、何もされてません。ほ、ホントで…………ヤサシイヒトです。マジメになれたのもカレノオカゲデス……カンシャシテマス」


「損得考えて一緒にいられるやつじゃないけど、一緒にいると楽しいやつですね」


「めんどうくさがり……っていうか、御貴族様? 召使をつれて歩いてる人、初めて見たよ」


「ああ、何か境夜さんに深い恩があるとかいう同級生も、よく連れてたよね。召使見習いってやつ?」


「冷めたやつですよ。友達だったやつの親が自殺して、転校するってのに用事があるからって送別会にも顔を出さないんですから、自分以外、誰も信じられない可哀想なやつですよ」


「前に、どうしてオマエはそんなに冷たいんだって責めたことがあったんですよ。 そしたら、アイツは感情ってのは人を動かす燃料だが、理性が制御しなければ道を踏み外し目的地に着くことさえできないとか言ってね。そのときは、頭にキタんですが──」


「ええ、小5の時です。親が自殺してヤクザが親戚の家にまで来るような状態でした。だから、境夜さんもオレを避けたんだろうって一時は思ったんです。でも、ある日境夜さんに頼まれたっていう弁護士さんが来て──ええ、ヤクザの借金を境夜さんが片付けてくれたんですよ。そんなことがあったのにオレまだ恩返しもできてなくて……でも、境夜さんはお金儲けに興味を持てたのはオレのおかげだから恩にきなくていいって……」


「ええ、私が片付けました。驚きましたよ。自殺の話と原因を聞いて直ぐにデイトレードについて学び、あれだけの金額を用意したんですから。そのために、しばらく学校を休んで送別会とかも顔を出さなかったとかで、一時は友人達に非難されてたようですね。後で、それを知っても彼から離れていった者もいたようですね。たぶん、自分の無力さに向き合いたくなかったんでしょうが……。 小学生ですよ? それが普通なんです。そういう意味では残酷な人ですね。彼と付き合っていくのには強さがいる」


「自分にカラんでくるやつは、たいてい無視してるんですが。そいつが、ろくでなしだったりするとヒドイめを見ますね。中学時代に一人が刑務所送り。高校時代は多かったなあ。懲戒免職になったり、自主退職する破目になったり──」


「とんでもないやつですよ。15,6のガキが学校を一つポンと買ってですよ。召使を連れて登校するわ、担任教師を勝手に連れてくるわ、生徒会を解体するわ、したい放題ですよ? ちょっとしたイジメを見過ごしたとかで、責められて辞めさせられるなんてオカシイでしょ? 自殺したわけでもなし、そんなささいな事で!」


「いいヒトですよ。彼のいた3年間はいじめもなかったし、学校全体が自由な雰囲気で特別な学校でしたね。卒業してからも‘ 境夜さんの後輩 ’が、校風を護ってますけど、何もかもが普通と変わっていく最初の半年は凄かったなあ」


「正義の味方きどりの嫌なやつだったよ。キモヲタをそれらしくあつかっただけで、私達ひとを悪者よばわりしてさ。おかげで生徒会全員転校よ。 ったく、キモいやつをキモいって言って何が悪いのよ。 え? 便器を舐めさせたって……知らないわよ。 私は命令してないし、見てただけよ。アイツ、変態だから、御褒美なんじゃないの?」


「道楽莫迦で、趣味のために生きてるようなやつ。好奇心と知識欲の化身かな」


「彼が来ると予算が増えるんで、どの学部も喜んでましたね。でも、助手の研究を自分のものとして発表してたって事とかバレて首になったやつも多かったんで、一部は戦々恐々としてましたね。まあ、おかげで今は風通しが良くなりました」


 良きにつけ悪しきにつけ、学生時代の彼を覚えていない人間は一人もいないようだった。

 彼を好む人間も嫌う人間もいたが、自分と無関係だったと言える人間はいないほど、多くの人間と関っている。

 

 だから、彼を評する声は多い。


 変人。超越者。大バカ。謎の男。気障なヤツ。ヒネクレ者。不器用者。ニートフリーク。エリートニート。スーパーニート。オンリーワン・ニート。


 彼を評する声で一番不思議なのは、世間一般では落伍者や社会生活不適応者といった意味合いの強い‘ ニート ’という言葉が多く使われている事だ。


 自らをそう呼んでいるとはいえ、巨大財団を造り、数千億ドルに及ぶ個人資産を、わずか数年で得た地方名家の当主に、似つかわしい呼び名とは、とうてい思えない。


 まあ、地方名家と言っても、第二次大戦後の米国占領下で米軍に財産を取り上げられ没落して、現在では彼一人の名家にすぎないが……。


 当初は、“ GHQに対する反乱を企てた一族の末裔が、冷戦後に浸透した日本国内の米国資本との間にトラブルを起こしたのでは? ”などという見通しで始めた取材だったが、そちらの線は薄いようだ。


 彼は、14で両親を航空機事故で亡くしているが、それは“ あの不良部品問題 ”でトラブルを起こした最初の電子機器だった事から、徹底的な各国の調査が入っていて、陰謀の影などどこにもない唯の事故だ。


 それに、自らをニートであると宣言し、経済界とは距離を置き、政治関係者やマスコミとも会うこともしない彼が、組織的謀略の対象になるとは思えなかった。


 両親が処刑された一族の最後の生き残りだったため、親戚も存在せず、財産トラブルという事もありえない。

 後は犯罪に巻き込まれた可能性だが、自宅のセキュリティの高さを考えれば、唯の犯罪組織の仕業とも思えない。


 女性関係のトラブルという線も、望み薄だが調べてみはしたが、プロアマ問わず、継続的な関係の相手はいなかった。


 現在の女友達の何人かは、そういった関係を匂わせてはいたが、ドライな関係で恋人や愛人ではないようだ。

 その多くは、彼を親の遺産を食い潰す変人のニートだとさえ、思っていたのだから当然だろう。

 彼の正体を知っている者は、財産よりも彼の才能を重視するような金銭欲の少ない人間だった。


 男女問わず、彼が富豪と知る者が、そういったタイプばかりなのは、彼の人物への鑑定眼が確かだということを現しているのだろう。


 まとめるなら、迫ってくる女優やモデルといった相手には手も出さず、本人の正体を知らないような女か知っても目の色を変えない女としか関係を持っていないだろうというのが、彼の女性関係を知る周囲の友人達の感想だ。


 つまり、陰謀も痴情のもつれも偶発的な犯罪も、彼が消えた理由ではないというのが、今までに判った事だった。


 警察だけでなく、彼の出資で出来た調査会社や探偵社も、どうやって彼が消えたかをつかめずにいる。


「やつを拉致? シールズだろうがグリーンベレーだろうが無理だな。 1キロ離れて監視してても気づくようなやつだぜ? それに監視カメラに振動センサーに重量センサーに光学センサーに空気対流センサーを独立した別々の機器で管理する最新の警備設備をくぐり抜けるなんてのは無理だ。その設備自体を造ったのもメンテしてるのもやつだしな。失踪後、直ぐに調べたがいじられた形跡も無い」


 そういって溜息をつく彼の友人でもある探偵の様子からして、本当に侵入不可能な密室で彼は消えたらしい。


「知っているのは、一緒にいた猫くらいなものか」


 思わず、そう呟いてしまうほど、何の手掛かりもなかった。

 名もなきフリーライターには、これが限界だ。


 失踪一ヶ月目、彼の猫は、件の召使の息子に引き取られたらしい。



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あとがきに代えた

次回予告




現象世界とは、実に明快な確率と法則で多岐に成長していくものです。

けれど、その内に存在するものは世界の一部にすぎません。


それは知的生命体であっても同じ事です。

生命は物質の特異点ではあっても、時空の特殊形態にすぎません。


また、全ての物質が空間の特異点であるように、精神もエネルギーの特異点にすぎないのですから。


けれど──────極、稀にですが、精神の位相が時空を超越して

混沌の狭間に生命を誘うことがあります。



そうして、《芳桜院 境夜》という存在が《わたし》を分岐させました。



次回

Scene3  《フローレンス》、境夜さんは《わたし》にそう名付けました。 sight of《わたし》




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