幼なじみの実験が危険すぎて僕は死ねない

響きハレ

幼なじみの実験が危険すぎて僕は死ねない

 日曜日、今日も僕は朝から仁美に呼び出されて、仁美の家の地下にある実験室に向かった。

 窓のない天井の高い実験室を、蛍光灯が明るく照らしている。何に使うのか分からない機械や、何本ものコード、機械の部品、工具や設計図などが散らばっていた。壁際には、ファンが大きな音を立てている巨大なコンピュータ。

 僕が到着すると、仁美は椅子に腰かけたまま、デスクの上のモニタから目を離して僕の方へ振り向く。

 「ねえ、あたし気づいたんだ」

 いつになく真剣な表情だった。

 「何に気づいたって?」

 「あたし、浩一くんのことが好き」

 「知ってるよ」

 「だからね、あたし、浩一くんといつまでも一緒にいたいの」

 仁美のまなざしは、真剣さを通り過ぎて深刻そうだった。

 「でもね、それはできないんだ……」

 「どうして?」

 「だって浩一くん、いつか死んじゃうんだもん」

 仁美はまるで小さな虫が死んでしまうかのように語った。あまりの無力さにあきれているといったような表情で。

 「それは仕方ないことだよ。仁美だって――」

 「そんなのいや!」仁美が僕の言葉を遮る。

 「いつまでも浩一くんに一緒にいてほしいの!」

 「仁美がそう言ったって……」

 「あたしならできる!」

 仁美のまなざしがキッと僕を射抜く。

 「死んだ人を生き返らせるのは無理なんじゃない? それとも死なない体に改造するとか? 僕、改造はいやだな……」

 「改造なんてしないよ。もっと簡単」

 「じゃあどうするのさ」

 「それが今日の実験なの」

 仁美はすっと立ち上がって僕のてを取る。僕はそのまま仁美に導かれて、電話ボックスのような形の箱の前に連れてゆかれる。

 「電話ボックスみたいだね」

 「電話ボックスだもん。中身は違うけどね。手ごろだったから、入れ物だけ拝借しちゃった」

 仁美が何かのボタンを押すと、電話ボックスの後ろにあった機械がうなり始める。同時に電話ボックスの中がぱっと明るくなった。

 「中に入って」

 扉を開けて僕をうながす。

 「あ、何するの?」

 「痛くはないから大丈夫。ちょっと光線を当てるだけ。さあさ、入った入った」

 僕は仁美に背中を押されるまま中に入った。中は空洞だったが、天井からパラボラアンテナのようなものがぶら下がっている。

 外にいる仁美の声がくぐもって聞こえてくる。

 「それじゃいくよ。痛くないから、いい子だからじっとしててね」

 後ろでうなり声を上げていた機械の音がいっそう激しくなり、箱の中が一瞬フラッシュをたいたようにパチンと音を立てて明るくなる。僕は思わず目をつむった。何が起きたのだろうと思っていると、扉が開けられた。

 「終わったよ。もう出てきていいよ」

 「何の実験だったの?」

 すたすたと前を歩く仁美の背中に問いを投げかけるが、返事は「来れば分かるよ」だけだった。その声には緊張感が漂っていた。

 仁美の向かった先にあったのは、もう一つの電話ボックス。

 仁美がその扉を開くと、中から熱のこもった蒸気がジュッと音を立ててあふれ出す。蒸気が晴れてそこに姿を現わしたのは、得体のしれない肉の塊の生物だった。

 生物の頭には顔はなく潰れていた。背中に顔がついていて、両目は焦点が合っていない。手は一本しかなく、だらんと投げ出されている。足は二本あったが、あるべきところについていなかった。片方は極端に短かく、長い方は膝以外のところから折れ曲がっている。

 生物は血まみれで、低いうなり声を上げながら呼吸をし、小刻みに震えていた。背中の目がきょろきょろと動き回り、僕たちの姿を眺めまわしていている。

 僕はそれを見て吐き気をもよおした。手を口元に当ててこらえる。

 「ウッ…… アッ……」

 片手しかない手を伸ばして生物は仁美の方へじりじりと近づく。生物の下にできている血でできた水たまりがびちゃびちゃと音を立てた。

 「失敗しちゃった」

 仁美はがっかりしたように言い捨てると、電話ボックスを離れてがらくたの山へと向かう。

 戻ってきた仁美の手に握られていたのは斧だった。

 「待って!」

 僕はそう叫んだが、仁美は答えることなく生物の元へ近寄り、斧を振り上げる。

 「アア……」

 手を差し出している生物の目の前に立ち、仁美は重さにまかせて振り下ろした。

 ズブン。

 「ウアア」

 血しぶきが上がる。肉が断裂する音に骨の折れる音が混じって聞こえた。ひどい悪臭が放たれる。

 仁美は構わず何度も何度も斧を振り下ろす。振り下ろすたびに肉が裂けて潰れる音が響く。

 びちゃびちゃとのた打ち回って叫び声を上げていた生物はすぐに動かなくなった。

 仁美が振り返る。全身真っ赤に染まっていた。頬からずるりと血が流れ落ちる。足元でぴちゃんと音がした。

 「仁美……」

 「だって、失敗しちゃったんだもん……」

 仁美はわがままを言う子どものように拗ねた顔をしていた。


 *


 それから仁美は僕を追い返した。以来実験室にこもりっきりで僕に顔を見せていない。

 仁美から次の連絡があったのは、実験に失敗したあの日からちょうど三か月が経った日曜日だった。

 「こないだはごめんね」

 僕の顔を見るなり謝罪する仁美。

 「実験に失敗するなんてみっともないところ見せちゃった……」

 「謝ることないよ。誰だって失敗することあるよ……」

 僕は違うことを考えていたのだけど。

 「でも今日は失敗しないんだから! あれから三か月ね、調整に調整を重ねて、あたし一人で実験してたんだ。もう大丈夫だよ!」

 そう言うと僕にウィンクをしてみせる。僕は仁美のこの表情に弱いのだ。

 仁美は僕の手を取って、ふたたびあの電話ボックスの元へ連れてゆく。仁美がボタンを押すと後ろの機械がうなり始め、中がぱっと明るくなる。扉が開いて、僕は中に入った。

 扉を閉める際にまたウィンク。

 半透明のガラスの向こうに仁美の姿が見える。「始めるよ」という仁美の声が聞こえると、フラッシュをたいたようにパチンと一瞬明るくなる。

 明るくなったかと思ったら、気がつくと電話ボックスの中は蒸気でいっぱいだった。熱い。蒸し風呂のようだ。

 電話ボックスの外から人の足音が聞こえてくる。

 「開けるよ」

 仁美の声。扉が開かれるとジュッと音がして蒸気が外へ逃げてゆく。涼しい空気が電話ボックスの中に入り込んで僕は解放感に包まれた。

 蒸気が晴れていくとそこに立っている仁美の姿が見えてくる。そして蒸気が完全に晴れたとき僕は驚きで声を失った。仁美の後ろにはもう一人の僕が立っていたのである。

 「成功だ! やった!」

 仁美はぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいる。僕は仁美のこの顔を見るのが何よりうれしいのだ。しかし仁美の後ろにいる僕はまじまじと僕を見つめている。

 「ちょっと待って、これは本当に僕なの?」

 仁美の後ろにいた僕が僕を指差して言う。喜びから一転、仁美は口を閉じて考え始めた。

 「それもそうだね……」

 仁美は僕の目の前に顔を寄せて、こう質問する。

 「ねえ、あなた、あたしのこと好き?」

 僕は一瞬戸惑いを見せた。それが気に食わなかったらしい。仁美は瞬時に無表情になって首をひっこめる。僕はどきりとしてすぐに言葉を投げかける。

 「好きだよ、もちろん」

 しかし仁美は何も答えない。

 「また失敗しちゃった……」

 そう言う仁美の顔は悲しそうだった。そんな表情、見たくないのに……

 仁美が目の前から姿を消す。

 戻ってきたときにその手に握られていたのは斧だった。

 斧を持った仁美が一歩、また一歩と近づいてくる。

 「待って! 僕だよ! 浩一だよ!」

 仁美は目を伏せて首を横に振る。

 「浩一くんなら何の迷いもなくあたしに好きって言ってくれるもん……」

 「僕は浩一だよ! 記憶だってある! 仁美が作ったお菓子で圧死しそうになったのは僕だし、物体転送装置で足と体がばらばらになったのだって……!」

 「記憶ね…… 記憶はうまくコピーできたみたいね……」

 「コピーだって!?」

 「浩一くんのコピーを作りたかったの。ちゃんと作れば浩一くんは永遠に生きられる、そう思ったんだけど……」

 仁美は、はあ、と息を吐いて肩を落とした。

 「また失敗……」

 「失敗なもんか! 僕は浩一だよ!」

 「好きだって言ってくれないヤツが浩一くんの名前を名乗らないで!」

 仁美の背後でもう一人の僕が手で口元を覆っていた。吐き気をこらえているかのようだった。

 仁美は震える手で斧を持ち上げ、それは重さに任せて振り下ろされた。

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