第10話
…夢を、見た。
暗闇の中で俺と…もう1人。黒い髪の小さな少女。そして…いまいちよく見えないが、少女の後ろにも1人。
「やぁ!やっと目処が立ったから、こうして連絡させてもらったよ!因みにこの夢、今寝ている全人類が同じ内容を見ているはずだから、私の言葉が信じられないって君は後で確認してみるといいかもね」
そんなことを意気揚々と語りながら、少女は胸元を手で押さえ、息をスウっと吐いた。正直何が起きてるのか解らない。それに意識は夢の中、まともに脳は働いてくれない。
「私は、世界!いや…神と言ってもいいかもしれない。私は力を失ってしまってね…だからこんな力しか今はない」
こんな力…とは、他人の夢の世界に侵入してくる力のことだろうか。
「今日になって連絡したのは他でもない。この世界には…能力を持った人間が少なからずいる」
世界…その名を騙った少女はそう告げた。彼が思い描いていた“世界”とは、大分かけ離れていたが…その話は、ただの夢の域を超えていた。
「それなのにこの社会で生きる中使えない…おかしくないかい?だから、それをなんとかしようとね、ずっと思ってたんだ。でも、そしたら持っていない人が不公平だろう?」
腕を組み、悩むような仕草を見せる。その仕草はわざとらしく、子供のような…しかし何故か、それが自然のようにも見えた。
「私は悩みに悩み…そして、この子に頼むことにした」
くるりと回りながら後ろの少女の肩に手を回すように移動し、“世界”によって、少女が一歩前に出された。
その少女は…白い髪、褐色の肌、火傷の跡、包帯だらけの腕や足を持った、とても弱っているように見える…6.7歳ほどの子供。目元にハチマキが如く包帯を巻いていて…なんとなく、彼が昨日の夜中着けていた時と少し似ていた。
「彼女は、他人に能力を与える力を持っている。つまり…彼女の力で君達人類全員に、能力を授けようじゃないか!」
大袈裟に両手を広げ、少女の存在を自慢する姉のように、そう自信満々な笑みを見せた。
「無論既に能力を持っている人たちにも授けることになる。だが…そのことばかりは解って欲しい」
「さて…私には目標がある。その為には、強い人間が必要なんだ」
それだけでは解らない、目的は何だ。全員がそう考えただろう。
「目的が何か?そうだね…君達は、異世界の存在を信じているだろうか?」
一人芝居、台本そのまま…とは雰囲気が違う。自然だった。まるで一対一でかいわをしているかなように。
“世界”の予想外の言葉に思考が一瞬止まった。
…つまり、こいつは…俺が異世界に行ったのに気付いて、行動を起こしたのか…?
「私は…そこに行って、色々な技術、色々な人間と、君達を…触れ合わせたい。そしてそれに触れて、この世界の人類が更に発達して、最後にどこに向かうのか…それが知りたいんだ」
解ってくれるよね?と知的な期待の眼差しを向けてきた。似合っていないが…またそれも自然に思える。きっとその感想も、彼女が“世界”が故なのかもしれない。
恐らく…全人類に、同じ目を送っているのだろう。つまり、ここで殴りかかっても問題はないはずなのだが…迂闊な行動は取れない。
…これは“世界の分岐点”だ。
「ずっと待ってきた。いままでの発達の仕方も面白いよ?でも…今迄はただ、然るべき段階に沿って人類は発展してきた。けれど急に、技術的にも人の心理的にも、革命が起きたなら、どうなるか…私はそれが知りたいんだ」
“世界”なら知っているんじゃないかと思ったが…力を無くしたらしい彼女はもしかしたら、記憶までも無くしているのかもしれない。
うきうきと遠足が楽しそうな小学生のような顔で彼女は語る。その顔は誰がどう見ても、闇なんて無さそうだった。
話を少し戻そう、と彼女は咳払いをした。
「能力を使えない世界…まずはここから変えたい。でも、戦争なんてごめんだろう?」
そして…そこで私は考えた!と、ふんすと胸を張って、彼女は宣言した。
「12時〜3時までの一般市民の外出を禁止しよう!そうしたら残業とかも少しは減るんじゃないかい?犯罪とかも減るだろうしね。それで…その時間の家の外でのことは…許すよ。全部…人を殺すことだってね」
真剣な目で、こちらをじっと見つめてきた。その目は、洒落などではないと、黙って釘を刺してきているかのように見えた。
…どうやら頭がおかしいらしい。…本当はこの夢は、俺が勝手に見てる間抜けな夢なんじゃないだろうか。だって明らかに…異常じゃないか。
「ただ…家の中に入ることは許さない。過度に街を破壊することも許さない。その光景を撮影することも許さない。…つまり深夜の家の外では、この世界は無法地帯ってこと。…ああでも、さっきも言ったけど、第何次世界大戦だかみたいなことにするつもりはないよ?あんなのは勘弁して欲しい。私だって痛いんだから」
そしてまた、“世界”は皆の声を聞いたらしい。
「ふざけるなって人が結構いるみたいだから言うけど、その時間に家から出なければ、いつも通り、なんにも変わってないんだよ?その時間以外で能力を使おうものならどうなっても私は知らないし。
さて…つまり、殺したい人間がいて外に出たなら、殺す側はその相手も外にいることを願うしかないわけだ。ね?これならいいでしょう?でも可哀想に、襲う側は相手が外に…つまり安全ゾーン外にいることを祈るしかないのさ。誰に?私に祈られても困るけどね」
あはは…と自分で言ったことに照れたような笑みを浮かべる。或いはもしかしたら、誰かの笑い声を聞いて嬉しくなったのかもしれないが。
「そして…忘れないで。外にいる人はみんな、誰かしらを殺す覚悟がある。殺すためには相応の覚悟を、ね。もう一度言うけど、家には入ってこないんだから、寝ている人には関係ないよ…どうしてそんなこと解るかって?……もし破ったら待っているのは…なんだろうね?まぁ気になるなら試すといい」
怖がらせるような笑みを見せる。無知からしたらそれは煽りにも見えたかもしれない。少しでも臆病を持った者には、彼女の言葉の絶対性を認識しただろう。
「なぜそんなことするか?さっきも言ったじゃないか。強い人が欲しい。能力を使える世界を作りたい。それに…この世界、間違ってるよね?力で訴えなければならないことだってあるさ。いじめがなくならないのはなんで?殺せないからさ。弱い人に辛くできてる、だからそれを…」
言いかけて、一瞬詰まった。そして、聖母のような…申し訳無さそうに。
「今はまだ、ごめんね。私にはまだ変えられないけど…だったらせめて、対等に。囲んで叩けば、見えないところに傷をつければ、ノリ、いじり…それらにみんながせめて逆らえるように…」
そしてそれをしてきた人達、今後もそれをするといいさ。そうして復讐されてしまえ。続きの言葉は発せられなかったが、以心伝心の如く伝わってきた。
感極まったのか、辛い今を思い出したらしい少女は唇を噛み締めた。
「…さて、伝えなければならないことはもう伝えきった。…いい加減能力が欲しいだろう?だが…全員に渡すわけにはいかない。…約束して欲しい。いまここで、声に出して。『…私は、異世界へ貴方が行くためには尽力を惜しみません。辿り着いたその先でも、この世界の為に手伝います』…って、ね?」
子供のおねだり…とは違う、真面目な雰囲気でそう条件を提示した。
「誓えない人は悪いけど、今から頑張って目を覚ましてね。黙ってたらそのまま能力を渡すところまで、この夢は進んじゃうから」
理不尽な…と叫ぶ者もいるかもしれない。しかし、体は思いの外言うことを聞き始めてきていた。慣れだしたからか、あるいは夢はもう浅くなり、覚めようとしているのか。
…結局告げられなかった、何故力ある人が必要なのか?を少し考えてみる。
…恐らくこいつは、異世界を跨ぐ力を持つ者が存在する、ということには気づいている。…なら、目的は俺ということになり…強い人類が欲しいというのは、異世界を渡った者が実力者だと睨んでいるから、だろうか…?…なら、逆に話しかけに行けば、VIP待遇のはずだ。待ち望んだ“世界”の言葉だろう?
…決断の時は来たらしい。
目の前でニコニコとしている少女…間違いなく、存在感が大きかった。…次元が違う。こいつには恐らく、どうあっても勝てない…そんな予感があった。そして、この“世界”が言っていることは…よく心に伝わった。
ーー俺は…!
「っ…」
「……ぁああああ!!」
怒号と共に目を覚ました。
違う、違う、違う、違う、違う、違う…っ!
お前は…“世界”は…お前なんかじゃない。お前は誰だ。言ってることも解る。理解はできる。だが…気に入らない。認められない、認めてやるものか。お前なんかが…“世界”だと?ふざけるな、それならもう…この世は終わりだ。
…頭が冷静でいられない。荒い呼吸を整え、額に手をやり、目元まで手を下げる。一息の後、起床後の癖で目元を擦り…そしてそこで、視た。
ベッドの端に正座をした…奥の壁が見える程に透けた身体の、謎の少女。大した装飾もない白が大部分を占める服、それには、黒の、少女の手よりも長い袖と、明らかに彼女の長い髪はしまえないであろう黒いフードがついていた。黒のスカート、もよく合っていて、流行に疎い彼でもそれが良い着こなしだということだけは解った。
そして…その服は、あの“世界”が着ていた物と瓜二つ違いは丁度、黒と白の色が真逆になっていることだった。そして2人は、背丈や顔付きなども…よく似ていた。
無意識の内に、黄緑色の髪のその子供に触れようと手を伸ばしていた…が、手は少女をすり抜けまた、彼が異なるifに飛ぶこともなかった。
少女の正体も気になったがそこでハッとして、枕元に置いていたスマホからネットにアクセスしてみた。『例の呟く奴』という人気SNSでもその話題で持ちきりで…そして、気になる書き込みが幾つもあった。
『うちの兄、髪が白くなってるんだけど。それに目も真っ赤』
『俺の母親も同じく、でも飯は作るし、別にそれ以外はいつも通りだった』
『そうなの?いつもダル絡みしてくる妹が今日は全然喋らないんだけど。…というか家族は俺以外全員白くなってる。…なんか静かなんだよな。真面目っていうか…俺の家族、スマホ中毒の癖に今日は全然使ってないし』
『ていうかこれ、あれじゃないの?ほらあの裁判の…』
『↑消されるぞそれ以上はやめとけ』
…まさか、灰身滅智…?それを能力だって言い張ってるのか?
…どうりでおかしいと思った。あの傷だらけの少女…なんであんな体になってるのか、ようやく合点が行った。
「マスター?大声がしましたが、大丈夫ですか?」
その時、何時もこの時間には朝食の準備をしているフィーリアのノックの音が聞こえてきた。どうやらキッチンに聞こえる程までに大きく叫んでいたらしい。
「悪い、夢見が悪かっただけだ。…入って来てくれ」
まさか……頼むぞ。
祈るような気持ちでフィーリアが扉を開け入ってくるのを待った。…彼女が灰身滅智を発現していたら……。
彼の不安を他所に、いつものように扉を開けた彼女は…
「おはようございますっ。今日は学校は無いのですよね?」
…変わらない、柔らかな、薄ピンク色の長い髪を持っていた。今日はポニーテールにしていて、いつもとは少し違うそれは、彼の緊張感を完全に解き放った。
…彼はホッと胸を撫で下ろした。その様子を見せないようにすることも忘れて。
ここまで緊張したことは、この白髪になってからは初めてかもしれない。
「ああ…だから、今日は色々買い物に行く。…その前に……少し聞きたい」
首を傾げたフィーリアに、夢の中での出来事を簡単に説明した。
彼女がノーリアクションだったことから、どうやら緑髪の少女は彼にしか見えていないらしかった。説明の間も件の少女は楽しそうに体を揺らしながら、こちらを見つめ続けていた。
「…成る程。いえ、私はそんな夢は見ていませんよ?」
…彼女はこの世界の住民では無いから見れなかったのか?
疑問を残しながらも、取り敢えず朝食を摂ることにした。
食べ終わり、取り敢えず一息つきながら、緑髪の少女の正体について考える。
…こいつがあの“世界”と関係があるのはほぼ間違いない。…言葉を発してくれたら簡単なんだが。
ソファに腰掛けていた少女を手招きしてみる。すると嬉しそうにテクテクと歩いてきた。足音は一切立っていない。
そして少女の耳元に顔を近づけ…
「…お前も、“世界”なのか?」
小さな声でそう尋ねると、少女…いや、“世界”は…笑顔で頷いた。
そしてふわふわと体を空に漂わせ、長い袖から小さな手を出す。少女は自身の胸元…心がある位置に手をやり、何か伝えているらしい、目を瞑った。
…食事時は窓の外を静かに見つめていた。しかし瞼を開いた今は何やら、ふんすっという効果音の似合いそうな顔をしている。…どうやら、彼女せかいは多様な側面を持っているらしい。そして、彼女がこのタイミングで出てきたということは…。
…待っていたんだ、俺の選択を…。俺があいつに…黒い“世界”に誓わなかったら出てこようと、そう決めていたんだろう。
「…やっと、か」
どうやらこの世界も…変革の時代を迎えるらしい。待ち望んでいたような…そうでもないような。取り敢えず今は…やるべきことがある。
彼は椅子から立ち上がり、“世界”の元へ。きょとんとしている彼女に右手を差し出した。
すると彼女は理解したらしい。透けた両手で彼の右手を包み込み、彼を見上げて笑顔を見せた。
…その日、街の住民の役半数の髪が白く染まっていた。なんでもない、という顔で横を通り過ぎていく人々が…少し薄気味悪い。テレビでは何も取り上げられておらず、しかしネット上では大騒ぎだった。毎日配信してた生主がしていない、とか…彼女が見向きもしない、とか…。
恐らくだが…必要最低限の生活しかしなくなっているのではないか。精神を持っていかれる…とのことだったので、エネルギーを無駄に使わないように、“余裕”が失せてしまったのではないだろうか。
そして粗方用事を済ませ、その日の夜…。フィーリアに留守番を任せ、外へ。
時刻は12時丁度。気配を消して、帽子を被っていた。一応指紋を残さないように、なるべく薄めの黒いグローブを買っ着けていた。
…家のすぐ外には誰もいない。
…出待ちされていたらどうしようかと。
ホッと息を漏らした所で、遠くから爆発音が聞こえ…彼はそこへ向けて走り出した。
…次元が違った。人は…ここまで成れるのか。
外に出ていたのは9割方白髪赤目…灰身滅智の人々。そして意味もなく互いにナイフやらハンマーやら鉄パイプ、バッドで戦い合い…中には車を使う非常識な奴さえいた。そしてどいつもがとてつもない速度、戦闘能力を持っていて…正直言って、魔法、武器、どちらも無かったなら、まず間違いなく勝てないだろう。…確信だった。タマネやフィーリアなら違うかもしれないが、自分では…こんな中途半端な奴では…能力を使った所で、1vs1ならなんとかなるか…ぐらい。魔法も武器も解禁したとして、4.5人が限界だろう。
そんなことを考えていた最中…
「ウィーッス、どもどもども、僕君です〜」
小さなカメラを自分に向けて、自己紹介…インターネットなんとかマンが、道のど真ん中で配信を始めた。…しかし次の瞬間に、カメラは爆発。挙句何処からともなく飛んできたペンチが頭に衝突し…意識を落としていた。
「…しらね」
彼はそれを助けるでもなく背を向けた。そして…自分の背後で戦っていた2人の人間と目が合った。
「…あ?」
そして2人は何を思ったのか、戦うのを止め…こちらに向いた。…彼らの思想はよく解らない。
…やるしかないのか。
何処で誰が見ているか解らない。武器を取り出すのはやめた方がいいだろう。…逃げる選択肢もあるが、それを選ぶことは自分が許さない。
相手は大学生ぐらいの男女、男は鉄パイプ、女は…血で染まったハンドガン。警察から拝借でもしたのだろうか。
…この夜の光景は国家権力は既にやられていることを証明していた。それでも外に出て犠牲になった警官は、もしかしたら真の正義の味方になったかもしれない人間なのだ。
「…行くぞ」
女が構えた銃から発せられた声、それが開始のホイッスルと化した。
始めの弾丸をスレスレで避ける。勿論能力が無かったならやられていた。
駆け出した彼を出迎えた鉄パイプの一撃を、すんでのバックステップで躱す。しかしすぐに男はそのベクトルを突きに変えた。
しかしそれも彼には視えていた。パイプを蹴り、軌道をずらす。その上で左足で男の右手を蹴り上げる。武器を落とすことを期待したが、男は落としはしなかった。
女は弾をリロードしていたらしい。彼の追撃を許さない銃弾の嵐、それも丁度男には当たらないような正確な射撃で…それが彼の右腕を掠めた。
「っ…」
そして男の蹴りも飛んできた。が…それを首をずらしなんとか躱す。男の追撃の右足を右手の甲で受け止め…彼はトドメに入った。
受け止めた右足の力で吹き飛ばされる、しかし同時に左手を相手の服に伸ばしていた。コンパスの要領で男を軸にして180°移動、男のありえない吹き飛ばし力と、その足の軸がガッチリ固まっていたからこそできた芸当だろう。例えるならこれは、クレーン車が自身のクレーンで車体を持ち上げるようなものだ。普通できることではない。
背後に瞬間移動が如く回り込むと、関節が何処かなど考える暇もなくただ強引に相手の右腕をへし折った。
ありえない向きに腕が曲がり、男は小さく悲鳴を上げる。男が左手にパイプを持ち替えるよりも先に奪い取り、その瞬間に銃声が。男の首を引っ付かんで盾にしたと同時に銃弾が到着、男の体を赤く染め上げた。
…殺したのは俺じゃないからな。
使い物にならなくなった盾を横へ退かし、再装填よりも先に女の懐へ飛び込んだ。突きを炸裂させるが案の定バックステップをされる。だが…そうなると足はどうしても前に出る。いつか紅にしたように相手の足を刈る。
…いや、まだだ。
女は落ちながらも…感情を全く帯びていないその赤い目で、引き金を引いた。
…弾丸が何処に突き刺さるのか、視える。
だが、そことピッタリに障害物を合わせられるかといえば…否。
左胸に飛んできた鉛玉は、盾代わりにした鉄パイプの横を通り抜ける。彼はそれを…左手で掴んだ。反射的に強化を使う。弾丸は薄いグローブ越しに左手の親指人差し指中指を焼き…そして動きを止めた。
女の右腕に鉄パイプを力任せに突き刺す。骨を砕く音と、そこから出た返り血が彼に届いた。女の持っていた銃を奪い去り…逃げるように彼は走り出した。
…こいつらの反応速度は俺より速い。だが…結論の仮定さえあれば、追い越されるか否か、その上でどう来るのか、解る。だが、頭の回転も速いようだし…思った以上に怪我を負った。…結局、片方は魔法無しでなんとかなったが、片方には魔法を使ってしまった。
…もう止めておこう。スナイプされる可能性だってある。囲まれたら魔法を使う必要も出てくる。なら…せめて1ヶ月は様子見が賢明だろう。魔法を使っても平気なのか、本当に…安全なのか。
家に着くと、寝ていろと言ったのにフィーリアは起きていた。怪我をした腕を見るとすぐに治療をしてくれて、やはり連れてって欲しいと言われたが…暫くは夜に出歩くのは止めるというと、ホッと胸を撫で下ろしていた。
フィーリア曰く、やはりあれが、本来あるべき灰身滅智の姿らしい。あの世界の仁も、ああなっていたらしい。
フィーリアが部屋に戻った後、居間の窓から外の空を眺めていた。月明かりが照らす居間の中央、ただ何も考えずに立っていると…意識が体から離れていこうとしだした。つまり…体が彼に疲れを訴えていた。無意識の内に、ふわりと重力に身を任せ…落ちそうになった体をなんとか立て直す。
気を抜いたら今度こそ倒れそうだ。…実は、この感覚…そんなに珍しいことじゃない。この力に目覚めてから…やはりと言うべきか、体が言うことを聞かない時がある。といっても、強制的に倒れる程ではない。ふらっと来るだけだし、家で完全に気が緩んでいる時ぐらいだ。
額及び目に右手をやり、目を閉じるのは彼の癖だ。そして再び目を開けた時、目の前に“世界”が立っていた。区別のため、黒い世界を“裏世界”と呼ぶことにした。
気がついたら姿は消えていて、気がついたら其処にいる。彼女は全く奇妙な存在だった。
心配するように覗き込んできた“世界”に、苦笑いを浮かべる。そしてもう…いいか、と彼は、窓の前、月が見えるその場所に、バタリと倒れこんだ。
居間の床は冷たい。絨毯か何かを買うべきだったかと少し反省した。ベッドまで行くのも面倒で…彼はそのまま眠りについた。
…“世界”は彼の隣、触れることはできないが、其処に寝転がると、自身もまた瞳を閉じた。
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