第8話
一息つき、フィーリアの空になったコップを受け取ると、自分のと共に流しへ。
さて…どうしたものか、と次すべきことを考えながらソファに座った。
「…もう少し、話しておかなければならないと思います。だから…」
どうやらまだ、言葉を交える必要があると判断したらしい。その提案には同意見だったため、頷き返す。
「ああ。そうだな…何か聞きたいか?」
彼女は唾を飲み込み…聞いていいものか少し迷った後、ゆっくりと口を開いた。
「…そんな中でもまだ、学校に行っているのは…何故ですか?高校を出て…意味はあるのですか?」
至極当然の質問は…彼自身への、もう一度の問いでもあった。
「…無いかもしれない。それでも…」
正直に言うと…というか当然、出掛けたくなんかなかった。他人と関わるのは辛くて…ベッドの中でただ眠るだけの人生でも悪くなかった。
ふぅ…とそこで息を吐き、自分の落ちていく気持ちをリセット、意志を確認した。
それでも…
「…俺には、動ける体がある。正常かは知らんが考える頭がある。物を感じる心がある。それなのに…ただ家にこもっているわけにはいかないだろう?ぶらりナントカの旅を考えたこともあったが…1人でそんなことをしたって何も楽しくない」
そうするわけにはいかない…という今更で妙な理由。
…可笑しな考えだと自分でも思う。だが…せめて高校ぐらい出なければ。いつかーー隣で歩く時に、不要な厄介を被ることになるかもしれないから。
それに加えて、せめて自分の住んでいる周囲の地域の人間が、自分が歩いていても何事も無いかのようになるまでは見慣れさせたかったのもある。
いまいち容量を得ていないようだったが、それ以上フィーリアが詮索してくることはなかった。
今度は彼からフィーリアに問いを投げる番だった。
「…俺よりも苦しんでいる奴は何処かに必ずいるだろう。もし俺が膝を擦りむくと同時に、隣でもう1人、足の骨を折っていたならどちらを…いや、やっぱいい。今のは無しだ。そうだな…。…お前は、俺がもし心から救われた日が来たなら、他の奴の元へ行くのか?」
取り消された質問は、聞きたくもないし答えたくもないことだったため無かったことにされた。新たに投げかけられた問いに、彼女は脳に未来の自分を予測させた。
「…どう、でしょうね。貴方が去って欲しいと、もう私の力は必要ないと、その時言ったなら…です。…今……私の力は、要りますか?邪魔じゃ、ないですか…?私の事…嫌いではありませんか?」
…。
普段は明るい彼女も、先程までの会話が響いてしまったのか…次第に不安に心が覆われたらしい。
彼を見上げた小さな少女は、その耳や尻尾のせいか、年齢よりも更に幼く見えて…一つしか年齢は違わないが、保護欲に似たものを覚えさせる。
そうでなくとも…彼が彼女に本心を伝えない理由は無かった。
「…必要だ。嫌いであるはずがない。この世界で…俺はお前より良い女性を知らない。お前は…フィーリアは、何よりも綺麗だ」
だからどうか…そのままでいてくれ。
そう願わずにはいられなかった。
彼女の頬が赤くなっていたことは、彼が込めていた以上の意味で言葉が届いたことを示していた。それは兎も角として、無事言葉が届いたらしい、微笑んでくれた彼女に、彼も慣れないながらに微笑み返した。
一通り話し終えたところで、彼も思い出したように履歴書?を見せた。
北神 仁 16歳 9月7日生まれ
趣味 ゲーム、読書、音楽鑑賞
好きな食べ物 カルボナーラ、福神漬け、アイス全般
苦手な食べ物 きゅうり
苦手な物 極度の緊張、というか不安症
出来ること 投影中or上級、治療初級、忍の基本(気配遮断、探知)、全ての武器の基本的扱い
彼女は読み終えたその履歴書を彼に返すと…ある提案をしてきた。
「…マスターさえよろしければ、魔法的な主従契約を結びませんか?」
その内容を具体的に列挙するとこうだ。
主人が許可している際、主人の居場所をメイドが探知できる。
主人はメイドが勤務中、何処にいるのか常に探知できる。
互いの魔力を介した念話機能。
…互いに1度の、絶対命令権。その命令を拒否することは、絶対命令権を持って破棄させることのみ。
尚、絶対命令権を使うことで契約を片方の意志で切ることもできる。絶対命令権を行使された際に後出しで契約解除を使った場合、契約解除が優先される。
互いに一度とは言ったが、両者が一度ずつ使えば、再度得ることもできる。因みに例えば、既に命令権を使ってしまった後に歩くことを禁止された場合でも、された方が次の絶対命令権で解除を要求すればいいらしい。最もその場合、また相手が一度分命令権を得ているという訳で…。契約をそれでも続ける気なら、不利な状況は続く。
また、絶対命令をした場合でも、命令者が途中で中断させることもできる。(その場合でも命令権は使ったとみなされる)
何処からともなくフィーリアが取り出した契約書らしき物に2人は名前を記入し合う。記入が終わると紙は光の粒子と化し…2人の元へ飛んで行った。フィーリアの元へは、謎の金属でできた首輪に。仁の元へは、左手の人差し指に指輪に。それぞれ粒子が姿を変えた。それらには赤い、揺らめく炎のような軌跡を辿った線が伸びていた。…命令権が現在進行形で使われていない限り、指輪は取ろうと思えば取れるらしい。…つくづく主人側に有利な契約だと思う。
そして首輪から鎖が伸び…指輪に小さく結びついた。
「首輪って…大丈夫か?それは人に見られるとあらぬ誤解を生むと思うんだが…」
というか、この契約書を持っていたということは…?ううん…?
「大丈夫です。えっと…マスター、その鎖をこう、手刀で切ってくれませんか?」
言われた通り、力を一切込めずに右手で鎖に手刀を加えると、驚くほどあっさりそれは切れ…鎖は先程と逆の手順で消えた。
「そして、私の首輪に触れてください」
ソファから下り、フィーリアが跪いた。言われた通りに触れると、首輪も鎖と同じように消えた。
「といってもこれは見えなくなっているだけなんですけど…その指輪に念じれば、また首輪が現れ鎖が繋がれる筈です」
試すと確かにそうなった。しかし気が引けたため、すぐにまた首輪を隠した。
「…他人に渡しても、その指輪は効果を発揮しませんからね?」
「ああ、解った」
正直言って…これを勧めてきたフィーリアの意図はよくわからなかった。確かに、念話や位置確認はいいが…絶対命令権、これは…お互いに警戒する羽目になる物だと思った。どちらが先に使うか…というか、先に使ったが最後、命以上の物を掌の上に差し出すようなものだった。
「絶対命令権を行使します…!」
そんな風に考えていた最中の突然の宣言に、彼は固まってしまった。それはそうだ、後出しが有利のこの関係で、それを真っ先に捨てようというのだ。
…ああ、なるほど。ここで、命令権を使って『命令権を使って』と言えば、シミュレーションができるわけだ。…いや?あれ…それでも…?
勝手に納得しかけていたが…
「マスター、私の手を握ってください」
フィーリアの首輪が姿を現し、そこに引かれていた赤い線が消えた。
…彼女の正気の沙汰ではないその願いに固まった。しかし…指輪がきつくなったような気がしてハッとした。
成る程…今は違和感があるぐらいだが、この分だと…1分もしたら指が飛ぶんじゃないだろうか。
そして納得したと同時に…彼女が怖くなった。ニコニコと微笑んで、今こんなことをしでかした彼女は…何を心に秘めているのか。優しさ、ただそれだけで…?
「ま、マスター?早く手を…」
「あ、ああ…」
どうしたんだろう…と不安そうに寄ってきて見上げた彼女の手を取った。すると指輪は元に戻った。命令は完遂したことになったらしい。
「と、こういった感じです…マスター?」
ポカンと心ここに在らずな彼の手を左手でも取り、彼女は覗き込むようにして目を合わせた。
「…お前は今、自分が何をしたのか解っているのか?」
?を浮かべる彼女の様子…恐ろしいものを見るように彼は、彼女の瞳を覗き込んだ。初めて握った異性の手の感触を味わうことなど、今の彼にはできやしなかった。
「…ここで俺が、死ね、とか、それ以上の…例えば、死ぬまで走り続けろとか、世界中の人間を殺してこいだとか命令したら…お前はそれに従うしかないんだぞ」
明言したことで、彼女も改めてそれを認識したらしい。しかし驚いた様子もなく…ニコリと微笑んだ。
「…だってマスターはそんな辛い命令、しないじゃないですか。だからこれは…間違ってなんかいません」
私は…貴方マスターを信じています。だから…託せます。ですからどうか…少しでも、信じてくれたら…。
…彼は黙った。肯定もせず……否定もしない。
彼女はそうまでして…信用が欲しかったのか。何が彼女をそうさせるのか…。それにしたって…正気でないのはどちらなのか、解らなくなってきていた。
「マスターは今、私の手を握ってくれていますよね?これは私が…願ったことなんです。たった一度の命令権を使ってでも、したかったことなんです」
「だから…ありがとうございます」
彼は一歩後ずさる。そして…
「…俺が嫌いなのは、誰かの掌で踊らされることだ」
結論の仮定を視た。暴いてやる…その目的を、理由を…!
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