File3:夢の国ミステリーツアー

都市伝説を追え

「私、メリーさん。今、都市伝説を追いたいの」


 事の始まりは、相棒メリーによる様式美に満ち満ちた発言だった。

 時刻は十六時半。丁度四限目の講義が終わり、少し経った頃である。人によっては五限目の講義へ行くか、バイトやサークル活動といった、思い思いの用事に向かっている時間帯だろう。

 かくいう僕らも、適当な空き教室を待ち合わせ場所に身繕い。お菓子とジュースを用意して、のんびりとだらけていた。

 教室には僕とメリー以外は誰もいない。まさに我が物顔で寛ぐ僕ら。それ故、メリーが発した突飛過ぎる言葉に、眉を潜める者はいなかった。


「……都市伝説は、今まさに僕の目の前にいるじゃないか」 


 メリーさんを語る君が何を言う。と、その発言を受けた僕がわざとらしく肩を竦めて見せれば、当のメリーは「私が始めた、このバッタもんな呪いはどうでもいいのよ」と、口を尖らせる。そんな彼女を、僕は改めて正面から見据えた。


 道を歩けば十人のうち十人は振り返るんじゃないか。そんな印象を受ける美人さん。

 肩ほどまでの緩めにウェーブがかかった、亜麻色の髪と、ビスクドールを思わせる白い肌。瞳は綺麗な青紫。何処と無く浮世離れした容姿は、成る程。かの有名な都市伝説、『メリーさんの電話』に出てくる謎の少女と言い張っても、違和感はない。

 だが、改めて言うならば、何を隠そうこのメリーさん。自ら都市伝説のメリーを語る、偽物である。


 ……偽物である。色々と複雑な事情が多々あるので、これを語るのはまた次の機会にしておこう。閑話休題。


 そんな中、「私の渾名の元ネタは却下よ」何て見も蓋もない事を言い出した相棒は、そのまま何処からともなく引っ張ってきたトートバッグを机の上に置く。その細腕でよくぞ持てたと言いたくなる位には、それはパンパンに膨らんでいた。


「OK。じゃあメリーさんは除外するとして。なら、どんなのを追おうって言うんだい? アテは?」

「あるわ。寧ろ、今から決めるのよ。何せ都市伝説は無数にあるんだもの」


 確かに彼女が言う通り、都市伝説にも色々とある。

『口避け女』やら『人面犬』。高速道路を車並みのスピードで走るご老体といった、所謂モダンな怪異の事か。

 はたまた、『こっくりさん』やら『一人かくれんぼ』等といった、実際試してみると洒落にならないおまじないの類いか。

 地図には載っていない集落か。ハンバーガーの肉の正体といった、何らかの陰謀めいた話についてか。

 どれもありそうでなかったり、あったら怖いとされる話ばかりだ。

 僕がそんな感じに具体例を挙げていけば、メリーは待ってました。と言わんばかりにトートバッグの中身を、勢いよく机にぶちまけた。


「だから、候補を幾つか絞りましょう。比較的簡単に調べられて、かつ、日帰りで行けそうな場所に」


 因みに本日の拠点たる空き教室は、長机を六行二列並べた、比較的小さめの構造だ。そんな僕らが並んで座る長机は、ドサドサと、書籍やらインターネットから印刷してきたのであろう紙束等であっという間に埋め尽くされた。

 コンビニで叩き売りにされている都市伝説集なんてものまであり、僕の口から思わず「ひゅー」なんて下手っぴな口笛が漏れる。

 何というか、凄い気合いの入れようだ。


「これ……多過ぎて絞るに絞れなくないかい?」

「……ちょっと私もそれは思ったわ」


 そんな軽口を飛ばしつつ。書籍のタイトルをざっと見てから、次にインターネット由来の資料を見る。富士樹海、怖い集落。未確認生物。何だかキナ臭いもののオンパレードだけど、それで胸が高鳴る辺り、僕も大概だ。

 僕の長所を何か一つ上げよと言われたら、間違いなく好奇心が強いこと。が、挙げられることだろう。


「……ん?」


 目移りしそうな色々な情報の中、僕はふと、一つの資料を見る。他のものとは明らかに毛色の違う情報が含まれていたのだ。


「ああ、それね。実はそこにも都市伝説があったりするのよ。それも複数ね」


 僕がまじまじとそれを見つめる横で、メリーは悪戯っぽく微笑みながら、「そんなものとは無縁に見えるでしょう?」等と宣う。

 なるほど。確かに彼女の言う通り、この場所はそんなものとは無縁に見える。

東京……ではない某所に存在するテーマパーク。所謂『夢の国』と呼ばれる場所……ディズニーランドだ。


「……本当に幽霊がでるホラーアトラクションに、ジェットコースターを歩く女。動き続ける世界の人形達……。何か全力でこどもの夢を壊して、恐怖を植え付けかねないものがたくさんあるんだけど?」


 うわ~。何て言葉を発する僕に対して、メリーは悪戯っぽく微笑むのみ。

 目は口ほどに物を言う。興味深いでしょ? 何て色がありありと読み取れた。


「そうそう、今ね。丁度ハロウィンシーズンなのよ。そういう行事と、隠れたオカルトの宝庫……。匂わない?」

「そりゃあ……匂うなぁ」


 夏の風物詩は怪談だ。

 怖い話をすれば寄ってくる。まことしやかに語り継がれているのは、そこにそういった空気が発生するからだ。

 ならば、密かにオカルトな噂がながれる夢の国にて、最もその現象が起こりうるのはいつか?

 そこはやはり……ハロウィンという、オバケや怪物達が主役になりうる時期ではなかろうか。


「……検証、してみますか」

「決まりね」


 そんなこんなで、あっさりと方針は決まる。

 ここら辺で、様式美めいたカミングアウトを一つ。僕らが何故、こんなにも奇妙な検証の計画を、大真面目にしているのか。

 答えは至極単純。僕らが所属……もとい結成しているのが、オカルトサークルだから。

 つまるところ、僕とメリーは細かい性質は違えど所謂〝視える人〟だったりする。


 似た者同士たる僕ら。探索の理由は色々ある。だが一番は間違いなく、僕もメリーもオカルトが好きだから。これに尽きるだろう。

 その活動の切っ掛けは、時に噂話だったり。時に純粋な興味だったり、挙げていけばきりがなく、特に理由なく突然に始まるのが常である。だから今回も、例外はない。


「週末でいいかしら? それとも混雑は避けて、平日に行く?」

「そうだね……その辺も話し合おうか」


 かくして、いつものように幕は上がる。

 大学非公認のオカルトサークル、『渡リ烏倶楽部』

 今回の活動場所は、夢の国と謳われる、世界的に有名なテーマパーク。そこに纏わる都市伝説だ。




「あ、そうそう。ハロウィンシーズンだし、仮装して行きましょう? それらしい装いで、引き付けられるものがあるかもだしね」

「……はい?」


 ……まさかのコスプレで行くというオマケ付きで。


 


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