参加
「痛い、篭手つけたままでぶつなよ」
「調子に乗るんじゃないの! 誰のおかげで勝てたと思ってるの」サラは睨むように笑った。「本当、男のくせに頼りないんだから」
サラと彼は篭手を取って手を洗う、台所に二人は立っていた。
「お昼ごはん作るから、防具を片付けたらお皿とか用意してね。ご飯食べたら稽古だからね」もう彼を痛めつける算段が組まれているように不敵に彼女は微笑む。
手際よく昼食が料理されていく、彼はそれを居間の机に運ぶ。長方形の小さな炬燵、今は掛け布団が取られてただの机。古くて黒い振り子の時計が座敷との境の梁に掛けられている。
二人は黙って昼食を食べた、振り子が揺れる音と、外、遠くで鳴く野鳩の低い声が耳に響く。
沈黙を破ってけたたましく電話がなる。電話も古い黒電話。サラが出る。ただ暗く何度か「はい」と「わかりました」を繰り返して電話を切る。
「”敵”がまた降って来るって、準備して。お昼ごはんはまた帰ってきてからね」無言で食べていただけなのにそれが終わってすごく悲しそうな彼女の目。もう二度とやってこないことを知っているような表情。
「大丈夫だよ」そう言いたかった。
目覚める、天井、白い、またあの夢。
「サラどうしてここにいるんだい?」寝ている状態で右に首だけを傾けてつぶやく。
呼ばれて彼の右側の椅子に座っていた女の人は驚き目を見開く。髪は黒く短く顎のところまでしかない、整った顔立ちで美人といえる部類だが目が鋭くいかにも気が強そうで、近づくものを一歩退かせる眼光を深遠に抱えていた。
「何で私の名前を知っているの?」怒ったような口調で返すサラ。
彼は答えず、目の前の天井を見る。夢に近いとき本当の自分に近い、現実が黒い猫のように忍び寄ってくるとその分だけ何かを拗らせた醜い少年、否青年に成り代わる。
「サラさん……、あの男はだれ?」
「何、私には質問攻めで自分のは答えないの?」顔がより険しくなる。「助けてあげたんだからありがとうの一つもいえないのかしら、馴れ馴れしくいきなり人の名前呼びつけにして……」とそこで目を瞑り一息ついて、少し表情が和らぐ。
「あなたあの時まだ意識があったのね、彼なら私の相方」
あの時とは無謀にも”敵”に突撃し、吹っ飛ばされて彼女たちが駆けつけた後のことだろう。
相方ってどういう意味。
相棒。親友、それ以上、どこまでの関係?
言葉には出さなかった。言葉が染みて痛い、いろいろなことを一辺に伝えたかった。そんなことをしても一厘も伝わらないけど。
「あなたは何であんなとこにいたの? なんで逃げなかったの、状況からみて君は自らあそこにきたのね。偉いけど感心しないわ、彼らに鉄の棒じゃ敵わない」鼻で笑う。
長い沈黙。
「生きていたのが不思議」サラは遠くを見て独り言のようにつぶやいた。
このままこの感じだと、たぶんサラとはこれっきりだろう。そんな気がした。
「僕はあいつらへの切り札だ」上半身を起こして彼は突然いい放った。
大嘘、ただこれが最後にしたくなかった。サラとの唯一の接点。
サラは溜息一つして呆れ顔で相手にしてられないと椅子から立ち上がり病室の出口まで歩いたところで立ち止まる。
「詳しく聞かせてもらおうじゃない」そう言って振り返って少し微笑む。はじめて見る笑顔。
戻ってきて寝台の左側に立つ、両手を腰にあてて尊大に見下ろす。
「まず何で私の名前を知っていたの?」
「夢で君に会っていた」大真面目に彼は答える。
「何それ、軟派してるの?」口が半開きで怒ってるのか笑っているのかわからない表情になる。
これは事実。
「切り札って何?」
「まだ教えられない」とだけ答えた、前の壁を見て目を合わせない。
嘘。
「話にならない、最低、少しでも期待した私が馬鹿だった」怒り心頭といったところか、早歩きで病室を後にする。「身体しっかり治すことね。さようなら」最後に顔だけ覗かせて「私のことつけたりしたらあと3ヶ月は病室に住むことになるから気をつけてね」短い髪をなびかせて今度こそ出て行った。
彼はその仕草と言葉に心拍数が上がった。
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