飛べ! 紙飛行機
さかもと希夢
飛べ! 紙飛行機
ボクは小原祐太。
週に三回は塾に通い、字が汚いからとお母さんに習字まで習わされる、少々疲れ気味の小学校三年生だ。
自慢じゃないけど、幼稚園からつき合っているすてでぃもいて、自分では結構大人な男だって思っているんだけど、すてでぃの満里奈は何だかボクのことを子供だと思っている節がある。
だから今はいい男ってやつを研究しているんだけど、周りにあんまりいい男のお手本がいないのが悩みの種。
今回は、そんなボクが夏休みに体験した変な話をしてみようと思う。
どれくらい変かっていうと……そうだな、火星人が実は地球に住んでたってくらいに変な話かもしれない。といってもそれはボクの中の話であって、全ての人がそうとは限らないけれど。
夏休みの真ん中へんに、お父さんに連れられて、ボクと、幼なじみのすてでぃ満里奈の三人は、おばあちゃんの家に出掛けることになったんだ。その変な話っていうのはそこで起こったことなんだけどね。
その辺のことをこれから話そうと思う。
「お父さん、どっか行こうよ」
長い夏休みもあと少し。学校はないし塾の夏期講習は終わったそんな暇な時期に、ボクは本当に退屈していた。
宿題なんてのは最後の二日でやるもんだし、ゲームするっていっても新しいソフトを買って貰えるわけでもない。
お母さんは今日も朝も早くから仕事に出掛けちゃったし、遊ぶ友達もあまりいない。みんな『旅行』なんてものを気取って出掛けてしまったんだ。別に羨ましくは無いぞ、いいなぁと思うだけで。
ボクんとこと、お隣の満里奈のところは何だか分かんないけどずっと夏休みも家にいる。満里奈のところは両親が共働きって奴で、休みがなかなか合わないんだって。だから満里奈は、夏休みじゃなくても、だいたいボクの家にいたりする。
そんなわけで、退屈をもてあましていたボクと満里奈は、一番暇そうなお父さんに声をかけてみた。
「お父さん、どっか行こうよ」
「外はどこも暑いぞ~」
お父さんは外資系の企業に勤めるサラリーマン。何故だか休みが多いんだけど、その度に疲れたばかり繰り返して、どこも連れて行ってくれない。
今日もいつも通りテレビの前に寝っ転がり、うとうとしている。そんなことばっかしてて暇じゃないのかな?
「……お父さんは疲れてるんだ」
いつもの台詞がいつものように物憂げに返ってきた。いつもなら『そう』の一言で諦めるボクだけど、今日のボクは諦めない。
ボクと満里奈は、昨日もこうしてうとうとしているお父さんをちゃんと見てるんだ。お父さんは昨日もこうしてゴロゴロ過ごしていたんだから、今日は疲れていないはず。
「祐ちゃん、ゲームしようよ」
起きあがらないお父さんにがっかりしたように、満里奈が提案した。
「そうだね」
ボクもどうせ動かないお父さんを待っているより、その方がいいかもしれないなぁなんて考えて、自分の部屋に行こうとしたその時だった。今までゴロゴロしていたお父さんが、急に立ち上がったんだ。これは今までとは違う感触!
「分かった。じゃあ明日からおばあちゃんとこ行こう」
「え?」
動物園とか遊園地とか、近場を想像していたボクらは思わず聞き返した。おばあちゃんちだって? 結構遠いぞ。
「一泊二日の短い旅だけど、一応旅行って事で……な、祐太、満里奈ちゃん」
突然泊まりがけの旅行なんて、面食らったボクらだったけど、どこかに連れて行って貰えるなら、勿論問題ない。
「やったーっ!」
喜ぶボクと対照的に、満里奈は不安顔だ。そりゃあそうだろう。だって満里奈は自分の家族に許可して貰わないといけないんだから。
「満里奈も行っていいの?」
「勿論いいさ。今日帰ったらお父さんとお母さんに聞いておいで」
「うん!」
お父さんはそれだけいうと、またテレビの前でうたた寝を始めた。もしかすると今ゆっくりしたいから、ボクらを追い払っただけでは?
だけどボクの不安は思い過ごしだった。
その日の夜、お父さんは『何よ、私だけ仕事なの?』と怒って怒鳴り散らすお母さんをなだめすかして、明日のおばあちゃんち行きを決めてしまった。
満里奈も夜になって『明日から出掛けて大丈夫』だと電話してきた。
お父さんがお母さんを納得させるのに、どんな手を使ったのかは知らないけど、翌朝お母さんは機嫌良くお弁当まで準備してボクらを見送ってくれた。
何故だかお父さんの目が真っ赤で眠そうだったんだけど、どうしてかなぁ?
まあ、そんなことはいいんだ。ようやくこの暇な時間から解放されるんなら、オール・オッケーだ。
快晴の中、いよいよボクらは短い旅に出掛けたんだ。
おばあちゃんの家までは、お父さんの運転する車で出掛けるのが一番早い。
国立・府中インターチェンジから中央高速に乗って、上野原のインターで降りて、そこからひたすらトコトコ山を登る事になる。
この山道に、ボクと満里奈は少々車酔いしてしまったりもしたけど、なんとか吐く寸前におばあちゃんの家に到着した。本当にギリギリセーフだった。
おばあちゃんの家は、山の中にあるんだ。近くには川が流れていて、ちょっとしたプールにもなる。ボクらはいまいち外遊びが得意ではないけど、水遊びは好きな方だからこれは嬉しい。
「いらっしゃい祐太、満里奈ちゃん」
「おばあちゃん久しぶり!」
「初めまして」
ちょっとコロコロ太めのおばあちゃんは、ニコニコしながらボクらを待っていてくれた。
「スイカ食べなさい、美味しいよ」
待っていたようにどんどん出されるお菓子や果物。おばあちゃんは本当に嬉しそうだ。ボクと満里奈も美味しいもん沢山で嬉しい。しかもお母さんがいないから、食べ過ぎで怒られるってこともない。
「食べたな~腹いっぱいだ」
お父さんはそういうと、早速テレビを付けて座布団を二つ折りにして枕を作って寝ころんだ。全くお父さんはどこに行ってもやることに代わりがない。
「満里奈、川に行こうよ!」
「うん行く!」
満里奈とボクは、早速水着に着替えた。
「いっといで」
寝転がったまま手を振るお父さんに、おばあちゃんのキックが飛んだ。
おばあちゃんまだまだ若い。
「この馬鹿もんが! 子供だけで川にいかせるんか!」
「いや、そのなんだ祐太はしっかりしているから……」
お父さんはしどろもどろになって、ここまで車を運転してきて疲れたとかいったけど、おばあちゃんはボクらには優しいけど、お父さんには厳しい。
「何かあったらどうするんだい! さっさと支度しなさい!」
「分かったよ、行くよ」
お父さんは、よっこらしょっと立ち上がって、渋々着替えはじめた。
家ではお母さんに怒られて、おばあちゃんの家ではおばあちゃんに怒られる。お父さんっていったい……。
ボクはたまに思う。こんな風に何でもかんでもすぐに疲れてしまうお父さんに楽しいこととか、元気なこととかそんなことあるんだろうかって。
そしてボクは決意するんだ。大人になって満里奈と結婚して子供が出来たら、絶対にお父さんみたいな父親にならないぞってね。
そんな感じで、用意のいいボクらは浮き輪まで完全装着して早速川へと繰り出した。
おばあちゃんちから、ほとんど歩くことなくすぐ川に着く。川はおばあちゃんちの裏にあるんだ。
すごいのは、おばあちゃんの家にいても、川に行く人が分かるって事。おばあちゃんちから川へ行くためには、必ずみんなおばあちゃんの家の前を通って行かなくてはならないんだ。何だかおばあちゃん、川の管理をする人みたいでかっこいい。
川に着いたボクらは、岸辺でサラサラと流れる川を見て、感動のあまり立ちつくしてしまった。川の水は透明で、深いところは青くなっていてとても綺麗だ。ボクんちの近所の汚れた川とは比べ物にならない。川のほとりにはかごが繋いであって、トマトとかスイカとかキュウリが冷やしてある。
きっとこれをやったのはおばあちゃんだ。
「わぁ、祐ちゃんすごく綺麗!」
「だろ? 来てよかっただろ?」
ボクはまるで知っていたかのようにそう満里奈に自慢したけど、本当はここに来るの初めてだ。今までは一人で遊んでもつまんないしって、おばあちゃん家の中でゴロゴロするお父さんと一緒に寝ころんでゲームしてたんだよな。
「入ろうよ」
満里奈に呼ばれてボクは男らしく前に進み出た。やっぱりここはすてでぃにいいところを見せなくては!
「!!」
だけどボクは川の冷たさを甘く見ていた、って事をすぐに理解した。水はものすご~く冷たい。思わずすくみ上がってしまったボクに気が付きもせず、満里奈は水の中に足を入れた。
「冷たいね!」
……とかいいつつ満里奈は平気そうだ。負けていられない。ボクにだって男の意地(ヽヽ)ってやつがある。
「そんなに冷たくないよ」
「うそ~、冷たいよ」
「大丈夫だって!」
何だかちょっとけんか腰のボクに声をかけたのは、今まで川の水に手を入れたり出したりしているだけのお父さんだった。
「こりゃ準備運動が必要だぞ祐太」
ちぇっ、せっかく男の意地を見せてやろうって時に、先生みたいな事言って邪魔するんだから。でも内心ホッとしたのは本当だ。
だってこの年で心臓麻痺で死にたくないからね。ボクにはまだまだ無限の未来がある!
「ラジオ体操第一いっとくか」
だからお父さん、ボクが頑張っているところを邪魔しないで欲しいってば。
そんなわけでボクらは十分な準備運動をしてから、もう一度川に向かった。
「……冷たい」
思わずまた足を引っ込めそうになるボクの横で、満里奈はザブザブと川の中に入っていった。
「つめた~い、でも気持ちいいよ! 祐ちゃんもおいでよ」
……いいところを見せようっていうボクの計画、台無し。
「うん今行くよ」
意を決してボクも川の中に踏み込んだ。冷たかったけど、入ってしまえばそれほど寒さを感じない。
「よし、潜ろう!」
「私も!」
盛り上がるボクらを見ながら、お父さんは周りに落ちてる枯れ木を集めて、川縁でたき火を始めた。ボクらが上がったときに寒くないように準備してくれているみたいだ。遠くからだけど、お父さんが汗だくになっているのが見えた。
真夏の暑い時に火の準備なんて、もの凄く暑いんだろうな。でもお父さんはいつもみたいに暑いからやめようなんてこともなく、一生懸命に支度していた。お父さんも意外と考えてくれてる?
ボクがそんなことを考えながらお父さんの観察をしていると、満里奈がボクを呼んだ。
「祐ちゃん、競争しようよ! あっちの岸に先に付いたら勝ちだよ」
「よ~し、ボクが勝つぞ!」
今度こそ男らしさを見せるチャ~ンス!ボクは必死に泳ぎ始めた。
川遊びを始めてから一時間くらいたった頃、ボクと満里奈は流石に冷えてきて、川を上がった。
競争はボクの勝ち。男の面目は保ったって感じかな?
お父さんは、たき火の傍で寝こけている。家にいるときと全く変わらないじゃないか。やっぱりいつものお父さんだ。起きたりしないもん。
「たき火あったかいね」
ボクと満里奈は冷えた体をたき火であっためた。やっぱりたき火はボクらに必要な物だったんだ。それが分かったお父さんはちょっと偉い。あくまでもちょっとだけどね。だってまた寝てるしさ。そういえば今朝お父さん目が真っ赤だったっけ。寝不足だったのかもしれない。
「祐ちゃん、着替え持ってきてこの辺で遊ぼうよ。水着はここに干しておいてまた川に入りたかったら入ろ?」
「そうしよっか」
ボクらは寝こけるお父さんを放って、おばあちゃんの家に戻り、着替えをした。
「あれ、お父さんはどうした?」
二人だけで帰ってきたボクらにおばあちゃんが聞いた。着替えてる最中だからボクは何も考えずに答えてしまう。
「うん、寝てる」
「まったあの子は!」
ぷりぷりと怒り出すおばあちゃんに困って、ボクらは早々川に戻ることにした。だってボクらに怒られても困るじゃん。お父さんに怒ってっていっても、お父さんは夢の中。
こんな時は元気に飛び出すのが正解だよ。
「おばあちゃん、遊びに行ってきま~す」
そしたら怒っていたおばあちゃんが怒るのをやめて手を振った。おばあちゃん、やっぱりボクらには甘い。
「気を付けてね!」
お父さんはきっと、帰ってきてからお仕置きされるんだろうな。もしかしてボク、悪いこと言ったかな? 川で待ってるっていえばよかったかもしれないよな。でも今言っても仕方ないさ。これを何て言うんだっけ、え~っと『後のお祭り』だったっけ?
まあいいや、こんなところで勉強のことを思い出したくないから。
走って川に戻ったボクは、思わず満里奈と笑いあってしまった。
「きっと祐ちゃんのパパ怒られるね」
「怒られるよ。ボクらほっといて寝てるから悪いんだ」
当然ったら当然だよ。そんなボクらの耳に届いたのは、何かが水の上を、ぽっぽっぽっぽっと跳ねる音だった。
「魚?」
川の方を見たボクらは、驚いた。知らない子がいたからだった。
「よう」
男の子は振り返らずにボクらに声をかけた。
「何で?」
「どうして?」
ボクと満里奈は、同時に呟いて顔を見合わせた。ボクらにはこの子がいつ来たか、さっぱり分からないんだ。だって川に来るためにはおばあちゃんの家の前を通らなくてはならないんだよ? ボクらはずっとおばあちゃんの家にいたんだから、ボクらに気づかれずにここに来れるわけ無い。
いったいどうやって来たんだろう?
お父さんに聞いてみようかと思って見てみたら、お父さんは爆睡中。これは聞いても無駄だよな。
「君、どうやってきたの?」
ボクが恐る恐る声をかけると、その子は振り返った。短く刈り上げた頭に、汚れたランニングシャツ、それから半ズボン。
ハッキリ言おう、ダサダサだ。今時こんな奴いない。なんだっけ、お母さんが前にビデオで見てたヤツと似てるぞ。ほらなんだっけ、あれ……。
そうだ、裸の大将ってやつ。
そいつは裸の大将みたいに太ってないし、どちらかというと痩せてるけどね。
「川遊び教えてやるよ」
ボクの質問をシカトして、そいつは偉そうにそういった。
「だからどうやってきたんだよ」
多少ボクは強気に聞いた。だけどそいつ笑ってるだけで答えないんだ。その代わりに、足下の石を拾ってひゅっと軽く川に投げた。
「……わぁ」
小石は川の上を何回も跳ねながら飛んでいく。さっきの音、これだったんだ。ボクはその光景に思わず見とれてしまった。満里奈なんて感動してる。
「かっこいいね、祐ちゃん」
か、かっこいい? 負けてらんないぞ。ボクは何も言わずにそいつの横に立って小石を掴んだ。やったこと無いけど、やってやれないことはない!
「……あれ」
でも小石はちゃぽんって一度も跳ねずに消えた。今のボク、最高にかっこ悪い。満里奈はそんなボクに見向きもしないで、そいつのところに行ってしまった。がっかり。
「どうやってるの? 満里奈にも教えて!」
悔しい……悔しいけどボクも知りたい。ボクは出来るだけ機嫌が悪そうな顔で、こっそりとそいつの隣に来た。何だろう、そいつそんなボクに笑顔で話しかけてきたんだ。
「いいか祐太、まず石を選ぶんだ。出来るだけ平べったいヤツ」
「! 何でボクの名前を知ってるんだよ?」
ボクは驚いて、同時に何だかちょっと怖くなった。でも不思議とそいつの顔を見ると落ち着いてきた。何て言うのかなぁ、何だかもの凄く親しみやすいっていうか、いいヤツっぽいっていうか……。
「祐太も満里奈も知ってる。俺はトシっていうんだ」
そいつ……トシはまた小石を川に向かって投げた。また石はぴょんぴょんと跳ねた。
悔しいなぁ、カッコはむちゃくちゃダサダサのくせに、何だかめっちゃかっこいいじゃんか。ボクは、決めた。トシにちゃんと石投げを教わって、そんで満里奈に『祐ちゃんかっこいい!』っていわせてみせるぞ!
そんなわけで、恥ずかしかったけど勇気を出してトシにお願いした。
「トシ、ボクに石投げ教えてよ」
「任せろ」
何だか生意気……でもボクはどうしてだろう、素直に頷いてしまったんだ。
それからボクと満里奈は、トシに石投げを教わった。コツは平たい石を探すことと、下投げで石をなげることだ。
教わったばかりの時は、ボクも満里奈も全然上手くいかなかったけど、慣れてきたら上手くいくようになった。もしかしてボクって才能あるかも?
でも問題なのは、満里奈もボクと同じで上手くなってるって事かな? これじゃあ『祐ちゃんかっこいい!』は夢のまた夢かもしれない。
でも石投げが上手くなると、ボクは何だかそんなこと、どうでもいいような気分になってきた。なんていうのかなぁ、今までの遊びとは全く違うんだな、これが。
ボクが家の近所で出来ることっていったら、公園で遊ぶことぐらいだ。公園ってさ、遊ぶこと決まってるじゃん。でも川で遊ぶってのはさ、何にも決まってないし何やってもいいんだもん。
あ、命に関わることはやっちゃ駄目だけどさ。川だもん。
石投げが上達してきたボクらに、トシは新しい遊びをしようっていいだした。
「何やるの?」
興味津々のボクらにトシが見せたのは、その辺に生えてる竹で作った釣り竿だった。
「これトシが作ったのかよ」
「当たり前だろ」
釣り竿なんて、釣具屋で買うもんだとボクはずっと思ってたけど、トシは違うらしい。
「祐太と満里奈も作れよ。教えてやるぜ」
ボクはこの生意気なトシの一言に、もうムッと来なかった。だってトシはすごいよ。自分で釣り竿作るんだよ? ボクだったら、お母さんに買ってくれって頼むけど、トシはそうしないんだ。作っちゃうんだ。
ハッキリ言おう。ボクはちょっとトシを尊敬し始めている。何てったって、男らしいぞ。こんな友達今までいなかったな。何だかみんなテレビとかゲームとか漫画とか、先生の悪口とかしか話してなくって、何かを『やろう』とか『こうしてみよう』なんてトシみたいに宣言できるヤツなんていないからさ。みんな何となく『これやる?』『どうしようかな』みたいな感じでさ。
あ、悪口言ってるんじゃないぞ。だってボクもその一人だから。それに比べたらボクらを引っ張っていけて、色々決められるトシはなんて格好いいんだろう。満里奈なんてうっとりしてる。でもボクは怒らない。だって何だかトシに比べて、ボクってまるっきり何も知らないみたいなんだもん。
ここはトシの男らしさをまねて、満里奈に『祐ちゃんかっこいい!』って……しまったこれじゃ前と同じか。
「よし、笹取りに行くぞ!」
「おーっ<」
こうしてボクらは、たった一日しかない休日を楽しく過ごすことにしたんだ。
あ、ついでにいっとくけどお父さんはまだ爆睡したまんまだ。こんなに騒いでるのに何で起きないんだろう。
まあ、家で昼寝してるとき、お母さんが蹴っ飛ばすまで起きないこともあるから、こんな物なのかもしれないけどね。
ボクらは夢中で遊んだ。何だろう、やることなすことみんな新鮮で、みんな何だか分からない楽しさがあったんだ。ちょっとのことでも三人で笑い、ちょっとのことで喧嘩してそれでまた笑う。
ボクは今まで親友っていうのがどんなものか言葉でしか知らなかったけど、もしかしたらこういう風に笑ったり喧嘩したり出来て、それでも仲良くできる友達が親友っていうんじゃないかなと思う。
ボクにとってトシは、初めて親友と呼べる友達なのかもしれない。友達ではなくて親友。これってすごいよ。ボクは九年間生きてきて今初めて親友に出会ったんだ。
そんな楽しい時間を過ごしている内に、いつの間にか太陽が傾いてきた。遊び疲れたボクらは、気が付くと三人座って川を見ていた。別に話もしない。でも何だかとってもほんわかした気分になる。話さなきゃいけないって思ったりもしないんだ。
これって、結構いいもんだね。
しばらくしてボクはトシに尋ねた。
「トシ、明日も来るんだろ?」
流石に日が暮れたら、ボクと満里奈はお父さんを起こして帰らなくちゃならない。でもトシともっと遊びたい。
ボクらは明日帰ってしまうけど、ちょっとだけなら遊んでいける。お父さんは明日のお昼には帰るっていってたから、朝なら大丈夫だ。
こんなに仲良くなったのに、これでお別れなんて寂しすぎるよ。
「そうだよトシ。明日の朝、また遊ぼうよ」
ボクと満里奈の声に、トシは大人びた表情で笑った。
「なんだよ。まだ暗くなってないぞ。もう少し遊べるって」
トシもトシなりに寂しいようだ。大人びた笑いのトシの顔は、ボクには寂しいのを隠しているように見えた。
「そうだ祐太、満里奈。いいもんやるよ」
そういってトシは、ポケットから多少よれた紙を取りだした。
「何だよトシそれ」
トシは得意げにボクにそれを渡してにっこりと笑った。ボクは手の中にある紙を見る。
「これ紙飛行機じゃん。ボクだって作れるぞ、これくらい」
そう威張って見せたボクだったけど、実はボクの紙飛行機は真っ直ぐに飛んだ試しがない。いつも回転しながらポトリと落ちてしまう。満里奈にしても似たようなもので、二人して幾つ作っても飛ばないんだ。
「飛ぶんだぞこの紙飛行機。もの凄く飛ぶんだ」
自慢げにそういったトシは、紙飛行機をボクの手から取って、説明した。
「紙飛行機はさ、軽すぎちゃ駄目なんだよな。だから、こことここに重りを付けたんだ」
ボクはトシが指さしたところを見た。紙飛行機のとんがった先端とお尻の部分に、アルミホイルみたいなのがセロテープで付けてある。
「へぇ~、こうやると飛ぶんだ」
感心しているボクに、トシはまた紙飛行機をボクに手渡した。
「飛ばしてみろよ祐太」
「いいのかよ?」
これはトシの力作なんだと思う。それをボクが飛ばして無くしたりしたら大事だ。
「なくなっちゃったらどうするんだよ」
「また作るさ」
……かっこいい~。
ボクは心の中で呟いた。ボクもこう言える男になりたい!
「早く飛ばしてみろよ祐太」
トシにせかされてボクは立ち上がった。川の方に投げるわけにはいかない。
ボクは思いきって紙飛行機を飛ばした。紙飛行機は急上昇して急降下し、落ちた。
「あれ、飛ばないぞ?」
ボクの言葉にトシは笑った。
「祐太、力一杯投げすぎだよ。紙飛行機を遠くに飛ばすには、優しく投げるのがコツだ」
落ちた紙飛行機を拾い上げ、トシは紙飛行機を軽くひょいっと前に向かって投げた。投げたというよりも何て言うのかな……そっと前に押し出したって感じかな。
「うわ~」
トシの紙飛行機は、真っ直ぐにぐんぐんと前へ進んだ。僕たちから見ると、まるでオレンジ色の空に吸い込まれて行くみたいだ。
「こうやって飛ばすんだ」
ようやく着陸した紙飛行機を手にとって、トシはニカッと笑った。一瞬ボクの頭にトシの顔が誰かに似てるって考えがよぎったけど、それよりも紙飛行機が飛んだことの方が感動的だった。ボクの場合は墜落するけど、トシの場合は着陸するってのが相応しい。いいなぁ。
「トシ、もう一回やらして!」
「ずるい! 祐ちゃん次わたし!」
ボクと満里奈に、トシはためらいなく紙飛行機を渡してくれた。ボクは紙飛行機をさっきトシがやったようにそっと投げた。
紙飛行機はスイーッと真っ直ぐに飛んでいく。これがまた気持ちいい。満里奈もやってみたらやっぱり上手く真っ直ぐに飛んだ。
「すごいなぁトシ、これ折り方教えてくれる?」
ボクのお願いに、トシは何故だか答えなかった。その代わりに、夕日をじっと見つめている。
「そっか、秘密なのか……」
こんなにすごくよく飛ぶ飛行機だもん、そんなに簡単には教えてくれるわけ無いよな。でもトシが黙ったのはそのためではなかったみたいだった。
振り返ったトシは、微かに笑っていた。ボクにはその大人びた顔が、何だか不安だ。
トシが遠くに行ってしまいそうで……。
「祐太、満里奈。俺もう行くんだ」
「帰っちゃうってこと? でも明日会えるよね?」
満里奈の質問にトシは首を振った。
「きっともう会えないと思う」
「え?」
突然そんなことを言い出したトシに、驚くのはボクらの番だ。
「な、何でだよトシ。ボクら明日の朝までいるんだから、明日の朝また遊ぼうよ」
だけどトシは、寂しそうに首を振った。どうしてだろう。ボクはその顔を見て何となく分かったんだ。
本当にトシとはもう会えないんだって。
「その紙飛行機、やるよ」
「貰えないよ! 大事なもんなんだろ?」
トシの申し出に、ボクは手にしていた紙飛行機をトシに渡した。こんなに大事なもの貰うわけにはいかないじゃないか。でもトシは受け取ってくれなかった。
「俺、また作れるから」
ボクには、トシのいいたいことがいまいち分からない。なんだか紙飛行機を受け取ってしまったら、本当にもう二度と会えない気がする。
せっかく親友になったのにそれはないよ。
「トシ明日の朝紙飛行機で、遊ぼうよ」
でもトシは何も言わなかった。ボクはそんなトシが理解できなくて、トシを一生懸命引き留めようとした。
「どうして急にもう会えないなんていうんだよ。つまんないじゃん」
でもトシは、小さく笑って平たい小さな石を拾い上げただけだった。
「トシ……」
ボクには分かった。本当に今お別れなんだって。夕日が沈んだらトシがいなくなっちゃうんだって。
今日会って、友達になって、今日お別れなんて寂しすぎる。
「トシ……私たちのこと嫌いになっちゃったの?」
満里奈なんて泣きそうだ。
そんなボクらを見つめて、トシが大人びた口調で言った。
「俺が今ここにいることだって、本当は駄目なのかもしれないんだ」
「なんだよそれ?」
トシはボクには分からないようなことをいうと、夕日を見上げた。
「これは夢なんだ。俺の」
「え? 夢?」
よく分からないトシの一言に、ボクは思わず聞き返した。でもトシはそれには答えず、ボクらを振り返った。
「祐太、満里奈。俺はずっと二人の近くにいるんだ。それだけは忘れないでくれよ」
「え、意味が……」
聞き返すボクの言葉に耳を貸さず、トシは先ほど拾い上げた小石を構えた。その先には川はない。あるのは寝こけているお父さんのだらしない姿。
「日が暮れたら家に帰らないといけない」
そういったトシは、野球選手みたいにかっこいいポーズで石を投げた。真っ直ぐに小石は飛んでいく。そしてその小石は、お父さんの額に命中した。
「う~~ん」
お父さんは額をさすりながら唸った。目が覚めたみたいだ。
「トシ! 何すんだよ!」
思わずトシを睨みつけたボクは、凍り付いたように固まってしまった。トシの姿が透けてきてる!
「もう家に帰るから起こしたんだ」
「と、トシ?」
満里奈もボクも固まったように動けなくなってしまった。
「トシ、幽霊?」
恐る恐る尋ねる満里奈に、消えていくトシは答えた。
「違うよ」
「じゃあ、いったいトシって……」
消えかけているトシは、そんなボクの質問に答えてくれなかった。
「祐太、紙飛行機の折り方は、もう一人のトシに聞いてくれ。絶対に覚えてると思う」
トシはそういうと、呻いて立ち上がろうとしているお父さんに歩み寄った。お父さんは全く気が付いていないらしい。
「トシ待って! もう一人のトシって誰?」
ボクの問いかけにトシは笑うと、トシはお父さんに重なるように薄れ、お父さんに吸い込まれたみたいに消えていった。
「いって~、何だぁ」
それと同時にお父さんが体を起こして、額をさすりながらこちらを見た。
「いてててて。お、もう夕方か」
トシが消えたのと同時に、お父さんが完全に目覚めたみたいだ。
「祐太、満里奈ちゃん帰ろう」
立ちつくすボクらに声をかけたお父さんは、やっぱりお父さんだった。呑気で平和そうなお父さんだ。
ボクは何でだろう、お父さんの顔を見た瞬間に、夢から醒めてしまったみたいな寂しい気分になった。
「お父さん……」
呟くボクにお父さんは不思議そうな顔をした。
「なんだよ祐太。お父さんの顔に何か付いてる?」
ボクは……ボクと満里奈は夢を見ていたんだろうか……トシは、お父さんと重なるように消えていってしまった。でもボクの手にはトシがくれた紙飛行機が残っていた。夢じゃない?
「祐太、満里奈ちゃん?」
お父さんはそういってボクらの方に近づいてきた。心配になったらしい。その顔に一瞬トシの顔が重なった。まさか……トシの正体はお父さん?
ぐうたらなお父さんと、格好よくて男らしいトシ……あり得ないと思いつつもボクはお父さんに聞かずにはいられなかった。
「お父さん、紙飛行機折れる?」
「は?」
急な質問にお父さんは目を丸くしたけど、すぐに笑った。
「作れるさ。こう見えてもお父さんな、紙飛行機の名人だったんだぞ」
自慢そうにそういうお父さんの顔は、どことなくトシを思い出させた。
トシ、もしかしてそこにいるのかい?
明くる日の朝、ボクは一人で川の岸辺に立っていた。一晩寝ちゃうと何だか昨日のことが本当に夢だったみたいだ。
今日もよく晴れている。空は絵の具で描いたみたいに真っ青だ。
ボクはポケットからトシの紙飛行機を取りだした。家に持って帰ろうと思ったんだけど、何だかボクはそれは違うような気がしたんだ。
どうしてっていわれても分からない。ただそんな気がしただけなんだけどね。それに、この紙飛行機を飛ばしたらトシが出てきてくれるような気がする。
あの不思議なお別れが無かったような顔で『紙飛行機、新しいの作ったぞ』って持ってきてくれる気がする。
紙飛行機を構えて空を見上げた。あの青い空にこの真っ白な紙飛行機が吸い込まれたように消えていく姿をボクは頭の中に描いていた。
青を裂いて飛ぶ紙飛行機、ボクはその紙飛行機が飛んだ先に、トシがいるようなそんな気がした。
「祐太」
お父さんだ。お父さんはゆっくりとボクの方に歩いてくる。その手に持っている物を見て驚いた。紙飛行機だ。
「これ、昨日お前が作れるか聞いたからさ」
お父さんが持っていた紙飛行機は、トシが作ったものと全く同じだった。アルミホイルがセロテープで貼ってあるところも、全部だ。
「お父さんが作ったんだ」
「当たり前だろ。お父さん以外こんなに飛ぶ飛行機は作れないんだ」
それからお父さんは、ふわりと笑った。
「お父さんな、ここで昼寝してたときに子供に戻った夢を見たよ。お前と満里奈ちゃんが出てきた。楽しかったな」
「お父さん……」
「お父さんな、忘れてたよ。子供の頃は色々な中から、楽しいことを見つけて遊んでたんだ。今はちょっと疲れて何も出来ないけど、たまに何か楽しいこと見つけられるんじゃないかってさ」
ああ、そうか……
「これからはお前に色々教えてやりたいな。この紙飛行機の作り方も、この川でよくやった石投げも、釣りも……」
そうだったんだ……
お父さんは紙飛行機を構えてボクを見て、それでボクに得意そうにこういった。
「飛ぶんだぞこの紙飛行機。もの凄く飛ぶんだ」
トシがいったのと全く同じ言葉だ。
ボクはようやく気が付いた。ボクの初めての親友、トシはどこにも行ってない。
トシはここにいるんだ。お父さんの中にいるんだ。トシは最近つまらないって思ってた、ボクとお父さんに色々教えてくれるために、僕たちのところに来たんだ。
そういえばお父さんの名前は、小原克俊っていう。かつとし……とし……トシ。
「飛ばすか?」
お父さんは、得意そうに紙飛行機を構えた。ボクはトシの紙飛行機をそっと構えた。
忘れられない楽しい夏休み、楽しい思い出をくれたトシに、さよならをするため、そしてお父さんの中のトシによろしくをするため。
この紙飛行機を遠い日のお父さんの子供の心、トシにありがとうっていう代わりに飛ばそう。
「うん、お父さん」
――うん、トシ。
ボクとお父さんは、並んで紙飛行機を飛ばした。
紙飛行機は真っ青な空にぐんぐんと吸い込まれるように、空を切り裂いて飛んでいく。
お父さんの紙飛行機は、先の方で落ちてしまったけど、ボクの紙飛行機は、真っ直ぐにどこまでも飛んでいく。
「飛ぶなぁ、あの紙飛行機」
お父さん、感動したように呟いた。その横でボクは、声に出さずに飛行機に向かって祈っていた。
――飛べ、飛べ紙飛行機!
どこまでも飛んでいけ!
ボクの初めての親友トシのところまで……。
やがて紙飛行機は真っ青な空に吸い込まれるように小さくなり、消えた。
飛べ! 紙飛行機 さかもと希夢 @nonkiya-honpo
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