第六章「邪眼の娘と狼男」
サフィール王子はアレキサンドラの肩に腕を回し、手の甲をつねりあげられたが懲りるようすはない。
「まあきけ」
とまた。
しかし今度はヒソヒソ声で、
「君の母君は予言した。宰相は被害者だと。彼女は星の運行をはっきり見定めていたからだ。それでも証拠には足らないか?」
アレキサンドラはむつかしい顔つきをして、
「王が消えた、妃も消えた、ただ一人残ったのは宰相ひとり。さあ、考えられる可能性はどれだけあるでしょうか。王子様?」
「リック、間違ってる。私も、残っていた」
「わざとです。家出王子はお気になさらず広場でライラをかきならしていればいいのです」
彼女は母親が数ある選択肢から、いかにもありそうな答えを選んだだけのような気がしていた。
「バカな私は両親をあの宰相に消されたと思っていた。マグヌスが心変わりしてしまったのだと。だから、予言のことが衝撃だった」
アレキサンドラの目はやさしい。
だが、王子の事を直視するわけにゆかなかった。
「リック、どうしたのだ。どこへ行こうというのだ。この私がいるのに」
「失礼いたします。ボクは用事ができましたので、今日はここでさがらせて頂きます」
彼女は叫び、城門を走ってくぐり抜けた。
そしてリリアを再び喜ばせに店に駆け込んだ……いや、駆け込もうとしたのだ。
『どちらも竜殺しの証……、娘は邪眼と、王子は獣の肉体をすでに身につけてしまった。封印の効力はいつまで持つか……なんて忌々しい……』
母の沈痛な声に、軒先近くで足を止めたアレキサンドラ。竜殺し、邪眼、とのつぶやきが心を蝕もうとする。
「ああ、やはり。お母さんは自分のことがお嫌いだったのだ。浮かれてたりしてバカだった」
ばかだった。本当に、馬鹿だったのだ。リリアはなんて忌々しい『呪い』と言ったのに。
顔を馬鹿にされたと思い込み、アレキサンドラはとぼとぼと城へと向かい、自らにあてがわれた寝室でベッドにうつぶせて泣いた。
花乙女? そんなもの!
国の華であることが仕事? 行儀見習いも?
お風呂も髪型も、歩き方まで、みんな薄氷の上を歩くように、用心深く音もなく歩き回っている。
国は種族の違う多くの人間を招いて同盟国との間をより強固にしたがっただけなのだ。そして、各国に文化を伝えるという名目で花乙女は残りの人生を赤の他人の家につかえる事を強いられるのだ。
一生、家畜同然に。
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