「邪眼の娘と狼男」いよいよ本題
「ボクはいやだ。生まれ育ったこの町でみんなと一緒の空の下で息をしていたい」
だが、母は一時も一瞥たりともしない。
アレキサンドラはわかっていて、未だ親離れをしない。巣立とうにも基盤が全く与えられていないのだ。
どちらを向けば一人前になる道があるのか。
見えない。わからない。
飛び立てない! このままじゃ、まだ。
風が……たりない。
彼女はふらり、と公園の広場へと足をむけた。ルイが配達のアルバイトの傍ら、階段で屋台の甘い菓子を食べて、こちらをむいた。
その翼は飛び立って行くための翼。だけど降り立つ処がなくては弱ってしまう。帰ってくるための翼が、巣がないのだ。
罪人のように、足に鎖を繋がれ、長い道のりを引き回されるだけ。
そんなの、いや。
声に出してつぶやくと、ますます縮こまってしまう寂しいココロ。
リッキーは階段にへたり込むようにうずくまった。
話を聞いた元親友のルイが優しげにささやく。
「あのリリアがおまえを手放しやしないよ」
ルイがそういうと、彼女はキッとして彼を見返した。
「あのねー、あんまり根拠のないこといわないでよね」
「だって、おまえが産まれてから、晴れ晴れとした顔がしょっちゅうだし、若返った」
「第一に客商売だからね……」
リッキーの声は沈んでいた。
あのさ、と、とルイが言う。
「店の裏庭でなにか手元でちゃかちゃかやってんな、と思ってたらちっちゃい靴下編んでてさー、産まれてもいない我が子に、てな。おまえ、産まれる前から愛されすぎなんだよ。だから感覚麻痺してんじゃない?」
「そんなことないよ」
「いーや、そんなことあるぞ」
「多分ルイには理解できないんだ。ボクがこんなに醜く産まれたから、母は失望したんだ、物心ついてから抱かれた記憶がない」
「じゃあ、おまえが美しかったら、抱きしめてくれたのか? おまえのお袋さん」
「さあね。ただ、ボクはそうされたいとも、もう思っていないんだ。無縁だから」
それはそれで、割り切り方が寂しい。
「そういえば、おまえへの預かりものだ。受け取りにサインよろしくな」
「もう、有名人はつらいなあ」
「おまえは有名になりすぎた」
「良い意味で?」
横へ首を振る、かと思ったら今度は縦に。
先の件で一気に注目を浴び、遠ざかるリッキーの存在が、今後ますます大きくなって行くだろう、ルイにはそんな予感がした。
「善かれ悪しかれ、今やおまえは貴重品みたいに扱われてる。極上の『華』として」
「なんだろう、この荷物」
アレキサンドラはわざとルイの言葉を無視した。
少しはにかむように鼻をすすると、ためつすがめつ、その箱を見た。
「開けて良いのか、ここで」
「オレに聞くなよ。おまえ宛なんだから」
少女が包み紙をびりびりに破いてしまってから、ふと、
「取扱注意物とか危険物だったらどうしよう」
あんな事があった矢先だ。その可能性は大だ。
「さすがに危険物はないと思うけど、もし本物を送るとしたらそうは書いてない気がするな。送り主の名前に覚えはないのか」
送り主は青い色を身につけることが唯一国内で許されたお方だったのだが、二人はそろってド忘れ。
「さあ、な……こんなもの、受け取る義理はないよ、ルイ、捨てておいて」
困ったようなルイ。
「そんなわけにいくか。相変わらずだな。オレだってこんなうさんくさいもの受け取りゃしないってーの」
と、なんと広場の階段下にあるくず箱に放り込んだ。
そのときキラっと何かが光った。青い石だ。
「一旦は受け取ってもらった。預かり書にサインももらった。あとは受け取った本人がどうしようが勝手。でもな、これ王子からだぞ」
地に落ちたその石を見て思わず早足で駆け下り、拾い上げながら、ルイ。
それは国中でサフィール王子以外、身にまとうことも商うことも禁じられている。
サフィール王子の名前にちなまれた青石だった。
どこまでも清い清んだ石だ。サファイアとも言う。
「これを王子が? わ、わたくしに? じゃ、じゃあ、もらっておくか。もったいないことではあるし!」
「中身もろくろく確かめもせずラベルまでびりびりにしやがって。王家の紋章が封蝋に使われていたのにも気がつかなかったのか?」
「残念ながら、お目にかかったのは生まれて初めてだ」
「おまえな、もしこれがオレからだったらどうするんだよ」
「どうしてもらいたい。わからないな、ルイ」
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