「泉ののろい」その19

「おまえがいると、俺は誇りを持てない。自信が何だ、努力がなんだ。生まれつき隔てられてるなんて、同じ双子なのに……」



「私は私だよ。おまえはおまえ。最初からおまえは知っていた。全てを私のせいにすることで、おまえはここまで大きくなった」



「嫉妬に溢れ、才能に恵まれず、残ったのは羨望だけ。こんな俺が……こんな俺のどこが良いんだよ。良いって言えるのかよ!」



「嫉妬なんてな、一つの運命の起爆剤だ。大きくなれ。この私を越えろ。なんのために欠片を渡したと思っている」



 大事な想いを伝えようと、諭すように不器用な兄が言う。



「今弱いからといって、縮こまっていてどうする。おまえの器はその程度か。そんなもので私は倒れないぞ……おぁぁー!」



 未だひとの姿をとる彼と、人生パッとしない大蛇が火花を散らしてにらみ合った。



『ハウリングリボルト!』



 呪文は同時だった。音の共鳴で相手の内臓に衝撃を与えるワザだ。身体が大きければ中身も強いというわけではない。


 倒れたのはマグヌムだった。



「おまえ、これくらいの術を、まだ完成させていなかったのか」


「マグヌスはいつもそうだ……俺にはできないことをいつもし、出鼻をくじく……俺の身体の毒まで洗ってしまった……」



「ああ、私の血でなければ、破損した傷は治せない……竜の医者はおらぬからな」



 倒れたマグヌムの上に重なるように、マグヌスは横たわった。



「知っているか? 人間はな、ちょっと急所を突いただけで死に至るのだ。こんな風に」



「まてマグヌス!」



 王子の叫びにアレキサンドラの言葉がかき消される。



「お留めになるのですかな? この蛇の化け物のために?」



「安易に命をなげうつなと言っている。他に方法はないのか?」



「竜の医者はありませぬ。それに今はマグヌムを、マグヌムめを……」



 アレキサンドラは正気を取り戻し、視界も晴れた。



「おまえの気持ちはわかった。今後マグヌスとマグヌムは王宮で暮らす事を許す! その代わり、絶対死ぬなよ、しっかりしろ!」



「王子、ご厚情の数々、身にしみますぞ。しかし、この弟竜には私が必要なのです。正確には私の持つ解毒の牙、が」



「牙?」



 出し抜けなアレキサンドラの声に衆目が集まる。濃霧はすでに去っていた。



「な、なんですかな」



 マグヌスが迷惑気に目をしばたたく。



「マグヌスどの、思い出して欲しい。私は泉であなたの毒牙を抜いた。痛かったかもしれないが、今、それがここにあるとしたら?」



「助かりますな、だが事は一刻を争う」


「そうか!」



 アレキサンドラが突進してゆくのを、だれも止めなかった。マグヌスには彼女の手元に光る真珠色の牙が見えていた。

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