「泉ののろい」その18

「そんななりをしていても無駄だ。見えるぞおまえの本性が!」



 舌を出しながら匂いをかぐ、マグヌムにはわかっていた。


 自分の身体が泉の水からできた濃霧により、大きくただれていることを。


 身動きは……わずかにしかとれない。



「最初はどうだった? 双子のおまえ達は争わず、仲良く育った。視界には互いしか見えない時もあったろう……だが母と死別した」



 マグヌムは今度こそ身を乗り出し彼女を見た。


 見てはならなかった。彼女の目は闇の中の月のように静かなきらめきを放っていた。



「いち早くその不幸に気付いたのは兄、マグヌス」

 


 マグヌムはハッとして辺りをキョロキョロ探り始めた。兄はいない。


 どこにも見えない。



 何も見えない。


 アレキサンドラの闇の目に絡め取られて、心細い。


 それが何より屈辱だというように、もがき、首を振る。



「たとえ身が滅ぼうとも、おまえを守らねばと思ったのもマグヌスだった。おまえはそれに気付かなかった」



 アレキサンドラはなにも感じていない表情で言葉を継いだ。



「そして欠片を受け継いだ」



 噛んでふくめるように彼女は言葉を意識して句切った。



「猛毒を含んだ母竜の、装甲の、一部を」



 それは悲しい事実だった。



「親はどうあれ、おまえ達はただの小蛇だった。だから、兄はおまえを守るためと自衛の手段として、毒蛇になろうとしたのだ」



 わかるか? アレキサンドラの目が大きく迫った。この違いが、わかるのか、と……。



「わからなかったのだな? 何も気付かず兄を貶めようとしたのだな。悔しいな? 何も思わぬ身ではないからこそ」



 マグヌムが見たのは祈るような乙女の涙。



「遅い。何もかも遅すぎる。欠片が身体に毒をしみこませ、俺は竜の子とふさわしくなった。これも欠片のおかげだ」



「違うだろう……兄マグヌスの愚直なまでの、おまえに対する愛情のおかげ、だ」


「だまれ!」



「黙らん。おまえが毒に苦しんでいたとき、兄は解毒の術を身につけていた。おまえがかけた呪いだって自力で解けたろうさ」



「マグヌスが? あいつに、そんな力が……ありえん、俺の方がより苦しんだ。その結果がこれだなんて。俺が負けるなんて」



「勝ち負けで言ったら、マグヌスの負けだ。おまえごときを全力で排除できなかった。だからといって、おまえを強いとは言わない」



「くっ、貴様のような人間の言葉などを真に受けるものか」



「ふっ、こちらはは結構君を大切にしてると思うよ。多少間の抜けたマグヌスの、大切な弟だ」



 よせてはかえす波にゆられて、マグヌムの赤黒い血が小川の水の上に、きれいな球体を成していた。



「マグヌスにしてみれば泉の毒くらい解毒できたろう。しかし剣を抜かねば現王とその王妃は封印から解かれない」




 剣は多くの竜にとって弱点だ。



「それを用意したおまえは自分の肉を断つ苦しみを負ったはずだ。しかしマグヌスならば、封印を解いてしまうかもしれない」



 保険だな、とつぶやく。



「恐ろしかっただろう? 自分の正体を知られるのは。だから気弱な王子を追いつめた。無能、低能、異端児と」



 アレキサンドラはきつく、マグヌスの弟をにらみつけた。



「自分こそ間抜けた顔をして」



 と、王子の声が聞こえそうだ。



「彼らは待った。今このときが来るのを! 剣を抜く者を」



 王子の前に一振りの緑の長剣が現れた。ぶつぶつとマグヌムは呪いのように呟いていた。

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