05. 始動! NFI

5


 緊張した面持ちで直立し、一糸乱れぬ姿勢で敬礼を掲げる巧たち。


 目の前には、時折、国会中継のや討論番組等、テレビの画面上でしか見たことのない環境エネルギィ省大臣、大隈太一が立っていた。


 彼らは、大隈から見て、右から、巧、エミリ、みつほ、平太、千草の順で、まっすぐ横並びになっていた。


(国防軍って、防衛省の管轄じゃなかったのか?)


(どうして新入隊員の私たちに、大臣が直々に?)


(確かこの研究棟エリアは、環境エネルギィ省の管轄……)


 さまざまな思いが、それぞれの頭に過る。


「配属先の知らせがこのような形になったことを、まずはお詫びしなければいけないな」


 大隈は、聞くものの鼓膜を震わす、心地の良い低い声で言った。


 長官という立場でありながら、人懐こい笑顔をこちらに向け、デスクの奥で立ち上がる。そして、真剣な眼差しで敬礼する面々をじっくりと見渡すや否や、深々と頭を下げた。昼下がりの柔らかい光に後押しされたその姿は、よく見る俗な政治家のそれとは違い、心の底からの誠意とを感じさせる紳士的な態度であった。


 立ち上がった大隈は、巧と肩を並べるほどの長身だった。目尻や口元に刻まれた貫禄のある笑い皺と、鋭くも柔らかい目つきは、長年、魑魅魍魎の跋扈する荒れた政界を真っ当に渡り歩いてきたであろう自信と経験、力強さが滲み出ている。


 老齢とは思えないほどに凛とした立ち姿は、威風堂々としており、皺ひとつ無い、立体感のある光沢を放つグレーのスーツを若々と着こなしている。真っ直ぐな背筋、色艶の良い肌。どれをとっても、七十をとうに過ぎた者とは思えない凛々しい姿だった。


 若い彼ら五人が、大隈のそれをどこまで感じたかはわからない。しかし、先ほどから緊張した面持ちは変わらない。直立したまま、瞬きひとつせずに敬礼を続けていた。


 室内の空気は、過剰に張り詰めていた。


 それに気づいた大隈は、一列に並んだ五人をゆっくりと見やってから、張り詰めた場の緊張をほぐすように、人懐こい微笑を浮かべた。「いやはや、そんなに緊張しないでくれ。こちらが緊張してしまう。私は昔から、堅苦しいことやかしこまったことがどうも苦手でねえ。周りからは威厳がないとよく怒られるんだが……。まあ、そんなに硬くならず、どうかリラックスして欲しい」


 大隈の照れ笑いを見て、後醍醐とニーナは顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。


「ありがとうございます!」巧が、敬礼を終えると同時に、大きな声を張り上げた。


 それによって緊張の糸がほぐれたのか、他の四人も敬礼していた片手を下げた。その様子を見た大隈は微笑みながら頷き、ゆっくりとデスクの前に歩み出た。


「すでに数名には事前に連絡をしていたが、君たちは、今日付けでNARDSF本部の配属となることが決まっている」大隈は、ひとりひとりの目をじっと見つめながら言った。「連絡が遅くなって申し訳ない」


 そのことを告げられた五人は、全員が安堵の表情を浮かべるはずだった。しかし、実際にそうしたのは、五人のうち、三人だけだった。そして、その三人の顔色が、安堵から困惑に変わっていくのに、そう時間は掛からなかった。


 中央に立ったみつほは、左隣で平然とした表情で立ち尽くす巧とエミリを横目で見た。


 千草は眼を見開き、驚いた表情で大隈を見つめていた。


 平太は「なぜ自分がNARDに?」と言いたげな表情で、自分を指差し、後醍醐に答えを求めるように口をパクパクと動かしていた。


「あ、あの、ちょ、長官……」千草があまりの緊張でどもりながらも、必死に声を上げて切り出した。メガネの奥のつぶらな瞳が、不安そうな光を湛えて潤んでいる。


 聞かれた袴田は右手を差し出し、発言を促した。「どうしたかね?」


「た……、大変失礼なのですが、NARDSFに配属されるのは、入隊から五年以上が経過したベテラン隊員のみだと聞いたことがあります。私の、勘違いでしょうか……?」


「いや、袴田くん、君の言う通りだ」大隈は千草を真っ直ぐに見つめて口を斜めにした。「しかし、君たちが配属される部隊は、実はNARDSFではない」


 大隈はそう言うと、入り口の脇に立っていた迷彩服の男性隊員に声をかけた。「阿蘇くん、辞令書を」


「はい!」


 阿蘇と呼ばれた男性隊員は、明快な口調で返事をし、応接テーブルの上に置かれた茶封筒の束を手に取った。素早い大股な動きで大隈の横へ立ち、頭を下げ、両腕を伸ばし、ダウジングに使う棒のような角ばった姿勢で封書を手渡す。


 受け取った大隈は、丁寧かつ厳かな手つきで、それぞれの封筒の中から一枚ずつ、白い用紙を取り出した。


 そして、大隈は、高嶋みつほ、袴田千草、大鎚平太の順で名を呼んで、一人ずつに正式な辞令書が手渡した。


 辞令書はA4サイズ一枚の簡素なもので、中にはこう書かれていた。




   <辞令書>

   [所属] 国家資源防衛特殊支隊本部 (NARDSF)

   [配属] 新設特殊小隊 NFI

   [階級] 一等准尉

   [氏名] 袴田千草

   [発令事項] 一等准尉の階級を指定しNFI隊員に任命する

   [発令日付] 2099年4月1日

   国防軍 環境エネルギィ省管轄長官 大隈太一

   防衛省



 

 用紙の最後、防衛省という文字の脇には、防衛省と北部中央基地、両方の、朱色の角印が捺印されていた。


「その辞令書を見てわかる通り、君たちの所属はNARDSF本部だが、配属部隊はNFIとなる」


「NFI……」手渡された辞令書を見ながら千草がつぶやいた。


「NFIは、<Nature Force Intention>、つまり直訳すると自然の意思」大隈は力強く告げた。「君たちは、NARDSFの下部組織、NFIのメンバとして、国家資源防衛をはじめとするさまざまな任務に任務に就いてもらうことになる」


 大隈は再び一同を見回すが、未だに不安な色をぬぐえない表情を浮かべる面々に気づき、聞き直す。「……なにか、まだ分からないことがあるかね?」


「あのぉ……」しばらくの沈黙の後、みつほが遠慮がちに挙手して大隈を上目遣いに見上げた。


「どうしたかね」


「申し訳ありません……。まだ少し状況が飲み込めないのですが、この、新しいNFIという部隊に所属するのは、私たち三人なのでしょうか?」みつほは、右隣に立つ平太と千草の二人を一瞥しながら発言した。


「ああ、すまんすまん」大隈は思い出したように切り出した。「そのことについてだが、説明が遅くなった。実は、諸事情により、海馬くんと橘くん……、それからここには来ていないが、荒田くんの三人には既に辞令を出しているのだよ」


「え、守も同じ部隊なんですか?!」驚いた平太が、軍人とは思えない子供っぽい声を上げた。


「そう」大隈は自信に満ちた表情で頷いた。「無論、荒田くんには、主に、隣の自然研究所で活動してもらう予定だがね」


「あー、だから守のやつ……、さっきあんなこと言ってたのかあ」軽く頷きながら、平太は小さく呟いた。


「二人も、このこと、知ってたのね……」みつほは小声で凄み、左隣のエミリと巧に刺々しい視線を送りつけた。けれども、睨まれた当の二人は、視線にも言葉にも気づかないふりで、淡々と大隈を見据えている。


「ああ、二人をあまり責めないでくれ」大隈は両手を広げてみつほをなだめた。「これには色々と事情があってね……。実は、私から、今日まで他のメンバには口外しないで欲しい、とお願いしたのだ。というのも、海馬くんは残念ながら体調の都合で、希望の配属先に所属させることができなかった。その替わりと言っては語弊があるがNFIのリーダーをお願いすることになっていてね」


「え?!」


 その事実さえ知らされていなかったみつほ、千草、平太の三人は、更に驚いた表情で眼を丸くして、左端で立つ長身、長髪の巧を見据えた。


「それから、実は、橘くんにも、NFI設立に関して、事前に色々と相談しなければいけないことがあってね。今ニーナくんが来ている新しい制服は、橘くんにデザインしてもらったのだよ」


 次に、エミリを除く場の全員の視線が、ニーナを標的にした。


 これについては、巧も知らなかったようだ。


 視線の標的となったニーナは、照れ臭そうに笑って首を竦めた。そして、ワンピース軍服の裾を両手で摘み上げて、片足を一歩後ろに引いて爪先を床につき、社交ダンスのお姫様のようなポーズを取った。「橘さん、素敵なデザインありがとう。この制服、とっても気に入ったわ」


「こちらこそ、大きな仕事を任せていただきありがとうございます」エミリは全身で後ろのニーナを振り返ると、淡々と礼を告げて頭を下げた。「デザインさせて頂き、私もとても楽しかったです」


「いつのまにそんなことまで……」みつほは、奥歯を食いしばるようにしながら、再びエミリを恨めしそうに見つめる。


 巧は、「お前もこのこと知ってたのか」という表情で、隣のエミリを一瞥した。


 しかしエミリは、相変わらずの冷淡な、能面のような無表情を貫き通している。もちろん彼女はいつもこうだから、シラを切ろうとしているのか、それとも、いつものただの無表情なのかはわからない。


「もちろん、NFIの君たちにも、橘くんにデザインしてもらった専用の制服が用意してあるので、後ほど、全員に着用してもらう」大隈は自慢げに言い放った。


 そう言われた一同は、一瞬だけ嬉しさの表情を浮かべたものの、エミリの普段の服装を知っているが故に、すぐに不安の入り混じったなんとも言えない表情になった。


 ニーナの着る純白の軍服をもう一度見つめながら、あのデザインならいいなと、都合の良い希望を想像し、嫌な予感が的中しないよう心の中で強く深く祈る他に術はなかった。


 すると、今度は平太が発言した。


「長官、すみません。お話は大体分かったのですが、オレたち……いえ、ええと、僕たち、違う、えっと、ワタクチタチハ……」


「気張らないでいい。いつも通りに話しなさい」大隈は、平太の様子に吹き出した。


「あ、はい、ありがとうございます! ええと、オレたち、士官学校で色々教わったとはいえ、まだ右も左も分からない新入隊員です。そんなオレたちが、いきなり新設部隊に配属されて、一体なにができるんでしょうか? 正直、不安です……」平太は声を張り上げながら、はっきりとした口調で言う。


「なるほど。しかし、そのことなら心配はいらない」大隈はすぐに答えた。「NFIには、君たちの学校時代四年間を見届けたニーナ教官が、司令官、つまり、NFIの最高責任者として就任することが既に決まっている。学校時代に引き続き、ニーナくんには君たちへの指令、指導を執り行ってもらうことになっている。学校教官から部隊司令官への人事異動は極めて異例だが、これについても私の一存において決めさせてもらった」


「よろしく」ニーナは右耳に長い髪の毛をかけながら、一同に向かって微笑んだ。


 エミリが食堂で岸らに発した司令官という言葉への疑問が氷解したみつほは、納得したように無言で頷く。そして、卒業後も、ニーナと関わり合えるということは、素直に嬉しかった。みつほは、ニーナをそれだけ慕っていたし、それは、多分他の全員もそうだろう。彼女は、学校教官の中でも、穏やか且つ精彩な指導が有名で、全学生からすこぶる評判が良かったのだ。


 明るい表情で千草を見ると、彼女もこちらを見て、眼を輝かせて頷いてくれた。千草もまた、ニーナのファンの一人だった。


「また、今後、すぐにでもNFIに与えられるであろう多くの任務には、かなりの危険が伴うことも予想される。その為、当面の間、君たちは、ベテラン勢の集団であるNARDSFと共に行動してもらうことになるだろう。その際、君たちに直接の指導を行うのは、NARDSF副隊長の阿蘇三平中佐だ。阿蘇くん、挨拶を」


「はい!」

 阿蘇と呼ばれた迷彩服の隊員は、つい先ほどよりも、更に威勢の良い返事をして、素早く敬礼をした。


 全員が入り口のほうを向き、彼を注視する。


 阿蘇は緊張しているのか、天井を見上げるように顔を上げた。頼もしく鍛えられた首回りは強靭な筋肉で太く固められ、男らしい、大きな喉仏が露になる。


「えー、ただいまご紹介に預かりました阿蘇三平っす! 三月八日生まれ、三十歳、独身! 元は都市部陸軍基地に所属しておりましたが、紆余曲折あって現在は後醍醐支隊長の元、NARDSFの副隊長をやらせてもらっていまっす! えー、どうぞ以後お見知り置きの程、よろしくお願いするっす!」


「阿蘇は俺の片腕だ」五人の背後から、後醍醐が野太い声で付け加える。「肉体、精神、技術、知識。どれを取っても最高。こんなにバランスのとれた男、軍隊広しといえどもそうはいない。お前らも、まずは阿蘇を見本に色々学んでもらえればと思う」


「よろしくお願いします!」五人は、阿蘇に向かって威勢よく叫び、敬礼した。


「恐縮であります」阿蘇は、再び声を張り上げ、再敬礼した。


「他になにか疑問や分からないことはあるかね?」大隈は、窓側に向き直った五人に再度確認をする。



「長官、すみません。俺からも一つ、いいですか」今度は、黙っていた巧が声を上げた。



「なんだね」大隈は、目尻を上げた。


「自分は、体調面も含めて色々と問題があるにも関わらず、こうした立場に任命頂き大変光栄です。頑張りたいと思っています。ただ、どうして自分たちがNFIという新部隊のメンバに選考されたのか、今でもよく理由が分からないんです……」


 それを言われた大隈は、ニーナや後醍醐との一瞬の目配せの後、ゆっくりと口を開いた。


「理由は至って簡単だ。それは、君たちの想いだよ」


「想い……、ですか?」巧は不思議そうな顔で訪ねた。


「そうだ」大隈は頷いた。「人伝ではあるが、君たちは、この長きに渡って続いている世界的な戦争、聖戦ジハードを終わらせたい、そう考えていると聞いている。私は、君たちのその気持ちと意気込みを大きく買っている」


 五人は、大隈の力強い視線に息を飲んだ。


 大隈は、穏やかな口調で話を続けた。


「実はね、このNFIという部隊の構想はもう五年以上も前から存在してたものなんだ。ただ、残念ながらこれまで、私の考えていた設立の意図やその想いに答えてくれるだけの若い隊員たちがあまりにも少なかった」大隈はそこまで言うと、一呼吸置き、五人の顔をゆっくりと見回した。「君たちはなぜ、辛い士官学校の四年間を越えてでも国防軍という軍隊に入った? なぜ、戦争を終わらせたいと考える?」


 大隈は鋭い視線を送り、五人に聞いた。


 不意に聞かれた鋭い質問に対し、五人は困った様子を見せる。


 しばらくの間、沈黙が続く。


 皆、それぞれ頭の中で思考を働かす。


 記憶を引きずり出す。


 覚悟を確かめる。


 親と兄の弔いのため?


 人が死ぬのを見たくない?


 戦争はよくないこと?


 家族を守るため?


 目的のため。


 様々な思考が彼らの頭を過ぎっただろう。けれども、その言葉のどれもが表面ばかりで中身がないような気がして、誰もが口に出すまでには至らない。しかし、四人がそれぞれ互いに顔を見合わせ戸惑う中、エミリだけがはっきりとした口調で告げた。



「この戦争に、大きな意図を感じるからです」



 大隈は、意表を突かれたという表情で目を見開いた。そして、エミリの目をじっと見つめてゆっくりと聞いた。「君の言う……、意図とは?」


 その場にいる全員の視線が、エミリに集まっていく。


 エミリはその視線を感じながら、少しだけ俯き、考えをまとめた後、慎重に言葉を選びながら答えた。


「私のような若輩に、詳しいことは分かりません。戦争といっても、現在行われている戦争のことしか知りません。ただ、人類の歴史上で起こってきた過去の種々の戦争もそうですが、そこになにか、大きな意図を感じています。例えば、戦争によって、大勢の人が殺され亡くなっていく中、それとは正反対に、大きな利益を傍受する者が存在し、それによってなにか大きな目的を果たそうとしているような……。うまく言葉にはできませんが、そういった、私たちのような通常の人間の目には見えない、黒い意思の蠢きのようなものです」


「なるほど……」大隈は深く、ため息をくように頷いた。


 エミリは、大隈の様子を伺いながら話を続けた。


「この筑紫の町で育った私たちは、幼い頃からお互いに言い合っていました。特定少数の人間の欲望のために、大勢の無関係な人たちが殺し合い、女性や子供など、弱者までもが犠牲になってしまう戦争はおかしい、と。だから、私たちはその理不尽な殺し合いが無くなるならばという想いで、国防軍に入隊しました」


「だが軍隊も、戦争というものの中の一部に過ぎない。そして、時には人を殺すこともあるかもしれない。それを承知の上で……かな?」大隈はすぐに切り返す。その問いかけが少しばかり意地悪なものだと自覚していたが、敢えて聞いてみた。


「はい、構いません」エミリは、大隈の意図を察知したのか、一切戸惑うことなく即座に言い返した。「それは私も……、きっと同級生のみんなも承知していると思います。今現在の私たちには、とにかく力がありません。そして、経験も……。だから、戦争を終わらせるという目的を達成する為には、仮に軍隊という組織が戦争を形作る要素の一部だったとしても、そこで私たちが誰かを殺さなくてはいけなくなったとしても、軍隊に入ることで自身が死ぬことになったとしても、国防軍への入隊は、今現在の私たちが実際にできる、必要不可欠な選択だったと思っています。そして今回、私たちにNFIという特殊な部隊で活動する機会を与えていただいたことに、心から感謝しています」


 エミリはひとしきり言い終えると、真剣な面持ちで大隈をまっすぐに見つめた。同級生はもちろんのこと、大隈ら先達も、エミリの答えに息を呑むように言葉を失った様子である。


「そうか……」そう言った大隈は、エミリの言葉を噛みしめるが如く、しばらくの間を置いた。そして、ゆっくりと問い質すように口を開いた。「橘くん、君は……、一体どこでその強さを身につけた」


「自分のことは、よく分かりません……」エミリは、少し口ごもりながら俯いた。「ただ、私には戦争を終わらせるという以外にも目的があるから……、かもしれません」


 再び、周囲の注目が彼女に集まる。馴染みであるはずの同級生たちは、彼女の意外な発言に対し、皆一様に驚きの表情を浮かべた。


「その目的とは?」大隈は片眉を微かに上げた。


「申し訳ありません……、それは……、答えたくありません」


 返答を受け、大隈はしばらくの間黙りこくった。なにかを考察するかのように目線を下に向けたが、すぐに彼女を見返し、口を開く。


「……いや、構わない。込み入ったことを聞いてしまったようだ」


 そう言い終えた大隈は、エミリのはっきりとした発言に圧倒されている他の四人にも問いかける。


「君たちも、今、橘くんが話してくれたように、やはり同じ想いかね……」


 突然聞かれた四人は、意表を突かれたという顔つきになり、迷いの表情を浮かべた。けれどもすぐに、四人それぞれが頷いた。


「異論、ありません」巧はそう言うと、同意を得るように右を向き、みつほ、千草、平太を見た。


「私も、エミリ……、いえ、橘さんと同じ気持ちです」みつほは堂々とした表情で大隈に言い放つ。「そして、ここにまだ来ていない光剣くんも、神代くんも同じ気持ちだと思います」


「私も、同じです」と千草。


「オ、オレも……」と、どもり、大隈の顔色伺うような上目遣いで答える平太。


 次の瞬間、大隈は、自らの脳裏に、NFI設立に至るまでに起こった様々な過去の出来事が浮かんでくるのを感じた。


 それと同時に、無数の感情が胸の奥から込み上げてくる。


 悔しさ。


 もどかしさ。


 理不尽さ。


 怒り。


 憎しみ。


 悲しみ。


 大隈は、いつの間にか、自分の心が感情で満たされてしまっていることに気がついた。そして、胸の奥からこみ上げてくる熱いものを抑えることに必死だった。周囲に悟られないようにきつく目を閉じ、俯いた。


「長官……?」大隈の異変の訳に気づいたニーナは、口元を緩めて堂々と言い放った。「この子たちこそが、私、自慢の教え子たちです。そして、長官が待ち望んでいた子たちではありませんか? 後醍醐少将も阿蘇少佐も、そう思いませんか?」


「おうよ」


「はい!」

 後醍醐と阿蘇は自信に満ちた表情で胸を張った。


「長官、いいメンツが揃いましたな」後醍醐は、目頭を押さえて俯く大隈を励ますように言い、ガハハと品のない笑い声をあげた。


 大隈は想いを振り切ったように顔を上げ、目を見開いた。


「見苦しいところを見せてしまったな。すまない……」


「長官、どうされましたか……?」千草が心配そうな表情で大隈を見つめる。


「袴田……、察しろお前は!」後醍醐は、空気の読めない千草に向けて苦笑いをした。


「あ、は、はい! すみません……」千草は後醍醐の大声に驚き、背筋を伸ばして直立した。


「お前たちにはわからんかもしれんが、嬉しいんだよ、長官は」後醍醐は、抑揚のある言い方で話す。「なにしろ、NARDSFや自然研究所はもちろんだが、NFIを設立するまでには、お前たちにはわかるはずもない苦労や障壁が、本当に色々あった。ましてこの戦争を終わらせるなんて、そんな考え方の政治家は長官くらいなもんだぞ。防衛省の管轄下にある国防軍の中で、長官の想いをここまで維持し、大きくするには、一体どれくらいの苦労があったことか測り知れない……。だから俺は……、ここまで長官に……」


 今度は後醍醐まで感極まってしまう。

「ちょっと隊長まで泣いてどうするのですか」ニーナは苦笑いしながら、隣に立つ大男の肩を撫で慰める。けれども、そんな彼女の青い瞳の目尻にも、うっすらと涙が浮かんでいた。ニーナは、後醍醐を撫でた手の指で、さりげなく涙を拭い去った。


「おい……、マジかよ。あの、鬼の蘭丸が泣いたぞ……」小声で言う平太は、再びみつほに尻をつねりあげられ悲鳴をあげた。「マジ、それ痛えって」


「うるさい。黙ってなさいあんたは」みつほは、顔をしかめる平太に睨みを利かせて言いつけた。


「へい……」

 ニーナは、壊れた下水管のように泣きじゃくる巨大ゴリラを慰めながらも、場を取りまとめるように声を発した。


「スケジュールが詰まっているので、NFI設立の詳しい経緯などは全員が揃っている時にでも、私から後々説明していこうと思います」ニーナはそう言うと、ゆっくりと大隈に歩み寄った。


「長官も、隊長も、しっかりしてください。一応、辞令式ですよ。時間も無くなってきましたし、そろそろ次の準備に入らないといけません」


「そうだな……、すまん」大隈は軽く深呼吸をしながら、一同に向き直った。「今日という日を、まさかこのような形で迎えることができるなどとは、予想もしていなかった。だから、私は心の底から嬉しい。そして、誇らしい」


 大隈は、その場に居る全員に、順番に力強い眼差しを送り、大きな声で言い放った。


「これから恐らく、長く辛い、危険な戦いになるとは思う。しかし、それでも皆、私についてきてくれるか」


「もちろんです」


「お願いしまっす!」


「よろしくお願いします」


「それでは、本日より、新部隊NFIを始動する!」


「全員、敬礼!」後醍醐が涙ながらに声を張り上げた。

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