03. 鬼の蘭丸

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 中央棟を出たエントランスには、何度か見かけたことのあるニーナの愛車が停められていた。真夏の向日葵ひまわりのようなソリッドイエローに塗られた可愛らしいツーシータは、薄曇りの空の下、燦々と輝く太陽のようだった。


 ニーナが外からイグニッションを回すと、待ってましたと言わんばかりに小気味好い吹け上がりで、エンジンが始動した。


 基地内は、徒歩で移動するにはあまりに広大で、隅々まで定期運行のバスルートが張り巡らされている。士官や幹部候補生は個人所有の車やバイクの利用が許可されているため、七名はそれぞれ、士官学生時代から個人の車両で通学していた。今日もそれは変わらない。


 運転席に乗り込みハンドルを握ったニーナはサイドウィンドウを下げ、さも何事もなかったかのような凛とした表情で、一輝たちを見た。「基地西端せいたんの研究棟エリアまで移動するので追走して」とだけ言い残して、愛車のアクセルを踏み込んだ。


 一番近くに愛車を止めていたみつほは、慌てて車を出して、全員に乗るよう促したが、一輝と達也がトイレに行きたいと言い出したため、仕方なく彼ら二人をその場に残し、ニーナの車を追いかけるように走り出した。


「こんな大事な時にトイレだなんてよお」後部座席の中央に、守護神のように腕組みをして座った巨体の平太が大口を開けて笑った。「あいつら、バカだな」


「生理現象ですからね……」平太の左隣で縮こまっている千草が、肩を竦めて苦笑いした。


「そういやあいつら、研究棟エリアの行き方知ってるのか?」助手席に乗った巧が、誰にともなく聞く。


「タッちゃん、航空祭の時に行ったことあるって。一輝の車で来るんじゃない?」百メートルほど離れた前方を激走するニーナの車を目で追ったまま、みつほが答えた。アクセルを踏み込む度に、ぬるっとした加速感が五人の躰を引っ張る。


 航空祭とは、年に一度、この北部中央基地で行われる祭りのことで、基地を一般にも解放して、格納庫の見学会や戦闘機の飛行ショーを行ったりするイベントのことだ。


「ならいいが」巧は納得した様子でひと言だけ頷き、左手でピラの手すりを掴んだ。


 ニーナの車は基地中央部の施設群を抜け、軽快なハンドリングで研究棟エリアに向かう直線道路に出た。かなりのスピードで飛ばしている。五人を乗せたみつほの車のエンジンもかなり息苦しそうだが、唸りを上げて必死に加速する。


「教官、あれ飛ばしすぎだろ」巧が冷や汗をかきながら微かな笑い声をあげた。


「高嶋さんは、この速度が偉い人に見つかったらきっと懲戒免職ね」エミリが珍しく口元を上げて言った。


「入隊初日に懲戒か、おもしれえな」平太は天井に両手をつっぱりながら笑った。


「冗談やめてよ」みつほは苦笑いしながらハンドルを強く握り直した。心なしか、アクセルが緩められたようにも感じる。「それ、全然笑えないし……」


 二台の車が駆け抜ける基地は、とにかく広い。


 三百六十度、どこを見回しても、当然外壁などは見えない。


 きめ細かいアスファルトの道路の左右には、幾つもの倉庫や格納庫が不等間隔で立ち並んでいる。かまぼこのような形をした格納庫、古びて苔むした外壁の機械棟、茶色く尖った三角屋根の弾薬庫、趣のある煉瓦建ての倉庫など、どの建物も、ぱっとみは小さく見えるが、どれだけ前へと走ってもなかなか視界から消え去らないくらいに大きい。


 車の左側、つまり南側の遥か先には、地平線が見えそうになるくらいの滑走路が、陽炎を浮かべて揺らいでいた。


「それにしてもよ、マジでさっきはすっきりしたなあ」平太は、食堂での出来事を思い出しながら、満足げな声を放った。「教官が現れたときの、あいつらの顔ときたらなかったぜ」


「ニーナ教官、すごくカッコよかったですね」片手でメガネの位置を整えながら、満面の笑みで千草が答える。「あの新しい制服もとても素敵ですし」


「あの軍服、派手だったけどめっちゃ可愛かったよねえ」みつほが少しだけ後部座席の千草に目をやって言った。「私もあんな制服着たいなあ」


「今期からの新しいデザインなのでしょうか……?」普段大人しい千草も、珍しく目を輝かせて興味津々に言った。


「千草があれ着たら、ちょー似合いそう」とみつほは、フロントガラスに向かって高い声を上げた。


「いえいえ、私はニーナ教官みたいに背も高くないし、体型だって……」


「そんなことないって、絶対似合うよ」


「自信ないです……」


 二十分少々走った頃、二台の車はようやく基地西端の研究棟エリアに到達した。


 周囲には、明らかに倉庫ではない研究棟らしい建物が増えてきて、景色は一変した。


 中央棟付近では、無機質で人間味のない景色が続いていたが、研究棟エリアに入ってからは、所々に緑も見える。建物同士の距離も短く、新興住宅のような景色にも見えた。


「そういえばよ、さっきエミリが、岸たちに、ニーナ教官は司令官だって言ってたけど、あれってどういう意味なんだ?」平太が思い出したよう、右隣のエミリを見た。


「私、そんなこと言ったかしら……?」エミリは、平太の視線を避けるように窓ガラスの外を見て、そのままとぼけた。


「お前、さっき言ってたじゃんかよ」


「そうかしら」


「そう、それ、私も気になった」みつほが後ろを一瞬だけ振り返る。


「あの新しい制服となにか関係でも?」千草も、エミリを見据えて聞く。


「さあ……」複数の視線が集中しても尚、エミリは表情ひとつ変えず、窓の外を見つめたままである。うっすらと埃で汚れたガラス面に、彼女の大きな瞳が写り込んでいた。


「エミリ、お前、知ってたのか……」巧も、後部座席を振り返ってが、しげな表情で問いかけた。


「あなたよりも先かもね……」エミリは、少しだけ自慢げに、けれども端的に答えた。


 巧は、エミリの意図がわかったらしく、軽く舌打ちした。口をすぼめてなにか言いたげな表情になったが、心の中で何かを納得したのか、何も言わずに軽く頷いただけだった。


「え、なになに、どういうこと?」と、みつほはバックミラに視線を移して聞いた。「二人はなにか知ってるわけ?」


「いいから、前見て運転して。怖いから」エミリはぶっきらぼうに冷たく答えた。「もうすぐ全部分かるわよ」


 基地の最西端さいせいたん。車を降りた五人の目の前には、周囲のどの建物よりも遥かに大きな建物が待ち構えていた。



「すごーい、大っきい……!」みつほは、あんぐりと口を開け放ったまま言った。


「こんなでけえ建物があったんだな……」平太がみつほに同意した。



 『国立自然能力開発科学研究所』である。



 ここでは、水力や火力、風力などの自然エネルギィを軍事利用する為の研究開発を主な任務としている他、量子エネルギィやクリーンエネルギィの開発、バイオテクノロジィ技術、素粒子と原子核の研究などにも積極的に取り組んでいる。新世代の技術を、軍事に限らず、あらゆる方面に平和的利用することを目的として設立された場所である。


 名称こそ国立と銘打たれているが、この研究所の設立には、環境エネルギィ省大臣の大隈太一が大きく関わっていた。それというのも、設立に至るまでには、様々な障壁を乗り越える必要があったのである。国内の軍事的な研究開発に対する世論の賛否、同盟国軍部からの圧力、政治的な対立構造など、反対は多岐に渡った。それでもこの研究所が竣工にまで至ったのは、大隈を影で支援する大隈財団の圧倒的な資金力と政治的な後押しの存在があったからに他ならない。


 そういった経緯からこの研究所は、国防省ではなく環境エネルギィ省の管轄となっており、大隈太一の環境エネルギィ省長官としての管理権限が行き届いているのである。これは、士官学校を卒業した者なら、誰もが知る公然の事実であった。


 全員が建物に向かって歩き出そうとした時、「かの愛咲誠一も、海外にその身を移す前は、ここで様々な研究を重ねていたらしい」とエミリが付け加えた。



 研究棟は、車を停めた駐車場よりも上、小高い丘のような場所に建てられていることが分かる。周囲は背の高い木々で囲まれ、物静かだった。遠くの滑走路から聞こえる戦闘機のエンジン以外に、物音は存在しない。


 駐車場から建物までの空間は、丁寧に刈り込まれて管理され尽くした芝生の丘。研究棟のある頂上に向かって真っ直ぐに、コンクリートの階段が刻み込まれていた。その階段を上りきったエントランス付近では、白い天使がこちらを向いて、若き隊員たちを天国に誘い向けるかのように、優雅に片手を振っている。


 彼らは、ニーナの姿を認めると、駆け上がるようにして階段をのぼっていく。


「光剣くんと、神代くんは?」頂上に到達した人数を数えて、ニーナがすぐに首を傾げた。


「……トイレに行っているので、すぐに後から追いついてくると思います……すみません、こんな時に……」


 巧の報告を聞いたニーナは、肩を竦めて小さくため息をついた。無言で建物に向き直る。新入隊員にとって、四年間指導を受け続けた教官の反応はネガティブだったものの、彼女の今の高貴な出で立ちでは、すべてが天使のように思えてしまう。全員がそれぞれ、気を引き締めなければと思いつつも、すべての元凶は、一輝と達也の小さく脆弱な膀胱である。巧は、二人の憎たらしい顔を思い浮かべながらため息を飲み込んだ。


 階段を上りきった正面にあるエントランスは、思った以上広く設けられており、メインの研究棟も見上げるほどの大きさ。遠くから見たときよりも大きな建物であることが分かった。


 二十年ほど前に建設されたと聞かされていたが、外観は、新築を思わせるくらいの真新しさを感じさせる六階建。ここに立っているだけではわからないが、パンフレットで見たことのある建物は綺麗な正四角形のサイコロ型だった。五辺すべてが透明なガラス張りで、シンプルかつ透明感のある潔い外観は、それ相応の予算が割かれていることを感じさせる。


 一階のロビィを覗く限り、建物内は清潔感のある白を基調にしたデザインで統一されており、三階スペースまでの吹き抜けになっているようだ。高い天井を中心に、内部空間を広く、大きく、開放的に見せる演出が施され、息苦しさを取り払う配慮が随所に行き届いている。間接照明の、オレンジがかった温白色おんぱくしょくの柔らかい光が、白い壁や天井をぼんやりと照らし上げ、無機質になりがちな研究空間を、洗練されたホテルのような空間に仕上げていた。


 巧は咄嗟に、パンフレットで見た、記憶の中にある建物の全形を頭に浮かべた。 


 今立っている南東の位置からは見えないが、確か、三階の西側には、ガラス張りの鉄筋組の細長い渡り廊下が渡されていた。奥で隣接している国家資源防衛特殊支隊NARDSFの本部棟に繋げる為だ。


 巧が思考を巡らせていると、案の定ニーナからも、建物に関する簡単な説明があった。


「ずっと奥に見える建物は、みんなも知っていると思うけどNARDSFの本部棟。こちらの研究棟を鏡に写したような対象デザインになっています。二つの建物は、常に迅速な連携が取れるよう同じ敷地内に隣接して建てられていて、三階の渡り廊下で繋がれているの。二つのサイコロが並んで、橋渡しにされているような感じになるわね」


 説明を終えたニーナは研究棟には入らず、建物に沿うように設けられた芝生の小径を行く。五人は一列になって彼女に続き、NARDSFの本部棟に入っていく。


 NARDSF本部棟のエントランスは、見回す限りは研究棟のそれと瓜二つ。空調が効いていて、心地が良い。本部棟の方が古いはずだが、出来たての建物が放つ建材独特の匂いが微かに漂っているような気がした。


 吹き抜けの玄関ホールは外から見るよりかなり広く、小さなテーブルとソファの応接セットが八組も置かれていた。しかし、今は誰もいない。見上げた二階から五階のエレベータテラスにも人影は見当たらなかった。


「静かですね」みつほが口にしたその声は、広い空間に反響してエコーがかかる。


「緊急待機要員の隊員たちがいるはずだけど、この時間は、訓練と巡回でいないかもしれない。ここはNARDの心臓部だから、常時多くの隊員がいる必要いないの。もちろん、常駐メンバは何人もいるはずよ」ニーナが、明るくさっぱりとした声で答えた。


 大きな瞳だけを動かし、エントランスを見回していたエミリは、上階のテラスが5階までしかないことに気づいた。建物は六階建のはず。つまり、最上階だけは、他階とは違う作りになっているのだろうと推測できる。


 一同は、鏡のように磨かれた黒大理石の床を歩き、エントランス奥のエレベータホールに立った。

 ホールには左右二台のエレベータ。正面の壁にも、左右の二台よりも小さめのドアを構えたエレベータが一台構えられている。ニーナは、その正面のエレベータのセンサに向かって、胸元から取り出したカードをかざした。すると、床と同様、鏡面加工された銀色の鉄製ドアが音もなく開いた。つまり、このエレベータは、あのカードを持っている人間専用、ということだろう。ニーナは、エレベータに乗り込むように合図する。


 千草は、エレベータに乗り込む際、ドアの左右にある奥まったスペースに、それぞれ、男女のWCマークがあることに気づいた。しかし、いまさら考えたところで仕方がない。この場にいない、残念で不憫な二人の男達の不甲斐なさをなるべく考えないように目を瞑った。


 全員が乗り込んだことを確認すると、ニーナは最上階、六階の行き先ボタンをそっとタッチした。墓石のような形をした細長い鉄の箱は、無言でドアを素早く閉じ、音もなく加速を始めた。照明セードに覆われた天井を除き、筐体内部の三辺は完全な鏡だった。


 みつほは、ふいに、正面の鏡に映った自分とニーナの姿を見比べてしまった。


 身長も高くて、ほっそりと長い脚。端正な純白の軍服姿。艶のある綺麗なブロンズの髪が正直羨ましかった。それに比べて自分は背も人並みだし、髪も最近艶が無いしでいいところが全然なし。


 エミリの頭に乗ったお団子状の黒髪を一瞥してから、千草を見て、どこかほっとしてしまう最低な自分。少しだけ、罪悪感。蛍の光のような。


(私と千草は、仲がいいんだから……)と、訳のわからない言い訳を唱えて、ぽっと灯った小さな罪悪感にそっと蓋をした。


 狭いエレベータ内には、ニーナのつけた甘い香水の香りが漂う。


 四年間、彼女の授業と指導を受ける際に、よく嗅ぎ慣れた香りだ。


 さっきまでは自分たちの配属先がどこかわからず気が気ではなかったものの、この香りを嗅ぐと、どこか安心するから不思議だ。


 皆、黙っている。 


 誰も、なにも聞かない。


 エレベータは音も立てずに最上階、六階に到着。重力変化でお尻の辺りに現れた少しの鳥肌を感じながらエレベータを降りた。


 出た先のエレベータホールは、洗練された外観とはまったく違い、茶色い木製の壁に囲まれた、少しばかり閉塞感のある窮屈なスペース。まるで、どこかのオフィスビルに来たようだ。目の前には、壁よりも高級そうな、まだら模様の木目が特徴的なドアが一枚。左右の壁にも、同じドアが一枚ずつ設けられていた。特に変哲のない一般的な内観ではあるが、普段見慣れている、簡素で無骨な軍事施設とは違う。どことなく、張り詰めた緊張感を感じさせるフロアだった。


 みつほはすぐに、この緊張感がどこで感じたものかを思い出した。


 既視感。


 そうだ。


 四年前。士官学校を受験する少し前、滑り止めで地元の大学を受験した際、面接を受けた場所に似ていた。


 結局、士官学校は受かって、あの大学は落ちたけれど、今は、この扉の奥に自分たちの求める答えがきっとある。


 みつほは、あからさまに緊張の表情を浮かべて、固唾を飲み込む。


 躰は、真冬のように悴んでいるようにさえ思えた。


 一番最後にエレベータを降りたニーナは、もうここへは何度も来ているのだろう。落ち着いた足取りで正面のドアに近づき、片手で軽くノックをした。すぐに、中からドアが引き開けられた。


 自動ドアかとも思ったが、違うようだ。


 部屋の奥、入り口のすぐ傍には、迷彩服姿の、見慣れぬスポーツ刈りの男性隊員がひとり立っていた。爽やかな笑顔でこちらを向いて、無言で右腕を伸ばして入室を促している。見た目は童顔だが、日に焼けた凛々りりしい顔つきと頑丈そうな体躯は、やはりベテラン軍人のそれである。かなり年上だろうか。ニーナは、その男性隊員に見習うようにして、背後の新人たちに、先に入室するよう促した。


 全員が入室すると、ニーナも続き、ドアを閉める。


 一同はそれぞれ、回転するミラーボールのように室内を見回した。


 部屋は広々とした正四角形。建物の外観をモチーフにしているようにも思えた。


 天井中央の真四角な掘り込み部分が、淡い間接照明で均一に照らされており、正面に大きく構えられたガラスの出窓からも、空高く上り詰めた陽光がしっかりと取り込まれていた。


 毛足の長い綿花のようなベージュの絨毯に、靴がふんわりと埋もれていく。


 入り口左脇には、豪華な応接セットと木製のコートハンガ。左右の壁には、大きな木製の書棚。ぶ厚い本でぎっしりと埋められていた。


 五人の目前、出窓の手前には、教壇のように重々しいデザインの木製デスク。そこには、大きな黒革のチェアが一脚、野球グランドのように広々とし背もたれをこちらに向けて置いてある。


 デスクの横には、生きた巨大ゴリラの置物。


 否、そうではなかった。


 五人は、嫌というほどそのゴリラの顔を覚えている。


 士官学校時代、何度も厳しい肉体的、否、教育的指導を受けたことがある。


 言わずと知れた、後醍醐ごだいご蘭丸らんまる少将。NARDスペシャルフォースの支隊長でもある。


 彼は普段はにこやか且つ穏やかな性格で有名だったが、軍事や訓練、戒律や規律のことになると豹変することで有名だった。


 一度スイッチが入ると、誰にも止めることのできない、マグマのような感情を剥き出しにして、激しい檄を飛ばし、もはや人間とは思えぬ無限の体力と筋力を暴走させる。そして、二十歳そこそこの新入学生に、自分同等のそれを求める鬼教官でもあった。


 学生の間で囁かれていたあだ名は、鬼の蘭丸。


 鬼畜の蘭丸でなかったことだけは幸いだろうか。


 けれども、その鬼も、今日ばかりはいつもの迷彩服ではなかった。


 皺ひとつない紺色のブレザーにネクタイ、真っ白なワイシャツ姿。上着の胸部と腕部には、少将を表す小さくも輝かしい桜星が二つ。両肩には、三本の金のモールが丁寧に編み込まれ、やはりこちらにも少将を表す銀の桜星が二つあしらわれていた。制帽こそ被ってはいないものの(帽子は多分、彼の頭に会うサイズがないのだろう)、後醍醐の誇らしげな礼装姿は、新入隊員を圧倒するには十分すぎるほどだった。


 彼は今、はちきれんばかりの礼装でかすかな笑みを浮かべて立っていた。


「後醍醐少将!」平太は、後醍醐の姿を認めるや否や、驚嘆の声を上げた。


「よお、大槌」ゴリラのような暑い胸板に、ただでさえ悲鳴をあげているワイシャツ姿で、後醍醐は揚々と胸を張り言った。ボタンのひとつやふたつは千切れてもおかしくはない。


「馬子にも衣装だ……」つぶやく平太。


「黙っとけ」唾を飛ばして言い返す後醍醐。


「驚いたのはそこかよ……」巧は笑いを堪えて眉を潜めた。


 みつほは、周囲の誰にも悟られないように、平太の太ももを思い切りつねり上げた。すると平太は、「痛え」と顔を歪めて大人しくなった。


「長官、大変お待たせしました。光剣一輝、神代達也、両一等准尉も、遅れて後から到着致します。お待たせして申し訳ありません。」ニーナが力の込もった声で言い放った。


「いや、構わない。こちらこそ、長らく待たせてしまい申し訳なかった」

 すぐに、温かく深みのある声が、黒い背もたれの奥から返ってきた。


 それと同時に、先ほどまで背もたれを向けて外を眺めていた椅子が、ゆっくりとこちらを振り返った。


 背もたれが遮っていた外の光が一瞬、部屋に差し込む。逆光で暗く隠されたその姿は、初めはよく見えなかったが、徐々に顔の輪郭、表情が見えて来る。


 眩い後光に照らされた中、こちらを振り返ったのは、環境エネルギィ省長官、大隈太一、その人、本人であった。


「ようこそ、NARDSF本部へ」

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