第一章 煙る初春
00. 資本という名の悪魔
2099年。
人類は大きな転換点を迎えていた。
事の発端は、2066年に起きた、世界的経済大国『キルジア合衆国』の経済破綻である。
長きに渡り君臨し続けてきた大国破綻の衝撃と余波は、一夜のうちに世界に広がり、大規模な金融恐慌を引き起こした。
長きに渡り、世界の均衡を保った資本主義が崩れ去った瞬間である。
この世界における資本主義とは、無限の成長と過剰な生産を原動力とし、架空の価値と幻の信用を想像する人工システムのことである。
有限な自然資源を無尽蔵に吸い上げ、永遠且つ無限の成長と増幅を前提とする資本主義。その絶対的な自己矛盾を抱えたシステムは、誕生の瞬間から、崩壊の運命を背負っていたのかもしれない。
資本主義は、誕生から僅か数百年で、目を見張る成長を遂げた。
有限な自然資源をしゃぶり尽くす、一種の生命体のように肥大しながら、高度な文明社会を構築した。
そして生まれたのが、
資本を使って支配する側と、資本に使われ支配される側。
国家と国民。
資本家と奴隷。
強者と弱者である。
これら、人と人との格差も資本主義を支える重要な要素であった。
支配する側は、支配される側を追い立てる。
もっと大きく、
もっと沢山、
もっと早く。
もっと従順に。
気付かぬうちに、人々は、目には見えない資本の鎖に繋がれたいた。
己の生と思考を精査し、選別する時間と自由を失った。
労働という名の終わりなき生産活動に投入され、奴隷的な生活に陥るようになる。
世界は、日を追うごとに進化し、発展し、豊かになった。
あらゆるモノが効率化され、
あらゆるモノが利便化され、
あらゆるモノが満ち溢れた。
支配と資源の代償として、一定の富と豊かさを得たのである。
しかし人は、それらが、自由の皮を被った見せかけの安楽に過ぎないことを思い知る。
無限の成長を欲する資本主義は留まる事を知らなかった。
過剰な要求は、加速度的に増大していった。
無限とも思えるほど、
使っても有り余る程に豊かだったはずのこの星の自然は、
資本という名のシロアリに食い尽くされ、見るも無残な姿に成り果てた。
自然を恐れ、
自然を敬い、
自然と共生し、
季節の移ろいと共に生き、
生、本来の自由を謳歌していたはずの人類は、
いつの間にか、
自由も、
時間も、
思考も、
価値観も、
すべてを奪われた。
やがて、
憎しみ合い、
いがみ合い、
与えられた見せかけの自由という幻想を追うだけの奴隷と化した。
支配されなければ、食べる事さえままならない、脆弱な家畜に堕落したのである。
それでも尚、資本は、
無限の欲望を絶やす事なく、弱者から収奪った養分によって力を強めていく。
ついには、資本や国家という強者の名分のために、
弱者の命さえもが消費、消耗されるようになる。
戦争の始まりだった。
弱者と弱者がぶつかり合う血みどろの戦場では、
死、
殺戮、
略奪、
憎悪、
迫害、
悲しみ……。
これまでの地上には存在しなかった大きな負の連鎖が生まれた。
飽和しきった負のエネルギィは、世界を席巻し、蔓延し、
弱者の間にさえ格差を生み出した。
そして、荒み切った人々の心を、更に蝕んでいく。
これらはすべて、戦争の副産物といってもいい。
資本は、それさえも、まるで血肉を貪る野獣の如く食い荒らし、飲み干した。
人々の屍の上に立ち、歓喜の咆哮を上げ、獰猛な姿を醜く変化させていく。
やがて、この地上は、
争いに満ちた、弱肉強食の地獄となった。
資本という名の悪魔が我が物顔で跋扈する混沌へと足を踏み入れたのである。
しかし、栄えたものは、いつか必ず衰える。
この絶対的な自然の
資本という悪魔だけを取り逃すことはなかった。
芽吹き、花咲き、実を付け栄えた草木は、いずれは枯れ果て土に還る。
それと同じく、永遠に続くかと思われた悪魔の支配にもやがて
その兆候が、経済強国キルジアの経済崩壊……、世界恐慌。
その悪魔が、自らの醜さと、溜め込んだ負のエネルギィに耐えきれなくなり、崩落を始めたのだ。
しかし、悪魔も、黙って朽ちてはいかなかった。
巨大な悪魔は、自らの死に
聞く者の脳髄を狂気で満たす絶叫、咆哮。
全身の穴という穴から滴り落ちる、汚泥のような
鼻腔を溶け焦がす、常軌を逸した腐敗臭。
見る者を吸い込むように、うっすらと開いた漆黒の口。
そこから垣間見える針山のような黄色い牙。
本性を現した悪魔は、最後の暴走を始める。
それによって、世界は、人類史上最悪の戦争に引きずり込まれた。
その戦争は、
自らの野望を果たすため。
自らの欲望を満たすため。
支配の炎を絶やさぬため。
資本の欲望を満たし、
悪魔の支配を維持するための争いが起こされ、
大勢の人が死んでいく。
人間の死と血は、悪魔にとって、最大の養分だった。
弱体化したはずの悪魔は、想像以上に強大な力を振るった。
戦いは過激化し、長期化の一途を辿った。
戦火は恐慌の波を追うかの様に、破滅の渦となって世界に広がった。
罪なき無数の命が、死の淵に追いやられた。
やがて、狂気に焼き焦がされた人類は、我を忘却したかのように、
争いの火に自らの魂まで
それは、資本主義の生んだ、最大にして最後の狂気。
核兵器の使用だった。
人類が再び、母なる星に牙を剥き、天に唾した瞬間だった。
大地が裂けた。
空間が歪んだ。
野は焼け、
水は死に、
大気は猛毒と化した。
母なる海は、死に湧き踊る、黒色の血池となるまで汚された。
多くの地域が、草も生ない命の墓場と化した。
あらゆる自然が、悪魔の作り出した狂気の力に蹂躙された。
世界は次第に、闇深い死霊の世界へと堕ちていく。
人々は泣き叫んだ。
慟哭した。
狂乱した。
売り渡した自由を切望した。
投げ渡した命を掴むように、天に手をかざした。
毒を吸い込み、身悶えた。
自らの首に繋げられた見えない鎖を、
血みどろの両手で掴みながら、懺悔し、神に祈りを捧げた。
けれどもその哀れな努力は、空に虚しく響くばかり。
首元に克明に刻まれた、長きにわたる支配の証が、
一度壊した自然は、もう二度と人々の方へ振り向く事はなかった。
しかし、希望はあった。
『千年花』
二度と取り返しのつかない、泥沼と化した、混迷深まる死の大地の上で、
人々の間で、まことしやかに語られるようになった花の名である。
この世が壊れかけたとき、
人知れず咲き、
神の力によって世界を救う。
そう言い伝えられるようになった。
だが、多くの人は口々に嘲笑った。
『そんなくだらないおとぎ話がある訳ない』
しかし、荒れ狂う絶望の中でも希望を捨てず、最後まで僅かな光を手繰り寄せようとする人間がいた事も事実である。
これは、聖戦が始まってから19年後の、2099年。
資本という名の悪魔の力が荒れ狂い、多くの人々が希望を捨てかけた時代に、
最後の希望、幻の千年花を追い求め、戦いに身を投じた若者たちの物語である。
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