第45話 報い

遠く離れて


夜の闇は暗く濃く、沖に追い詰められた東の空が不気味な赤みを帯びて明る始めていた。

伊助は、里で一番高い見張り門で鉄砲を片手に抱え、まだ闇に包まれている森を睨むように見つめている。伊助の脳裏に見えているのは森ではなく、昨日の獣たちとの血生臭い争いの光景であった。

闘うために備えはしてきた。だが、鉄砲で撃っても獣たちは次から襲ってくる。惨めなものだった。為す術も無いのである。

伊助の真下には、怪我人、死体が暗がりの中で灰色の石のように横たわっている。まだ、手傷が軽い者達は互いに身を寄せて寝ている。頼邑は、こうなることを見据えて、自分達を必死に説得させていた。

だが、自分も含め、里の者は頼邑を追い出した。これは、当然の報いなのだと伊助は自責の念が締め付けられらる。

そのとき、門出に男達の姿が見えた。すぐに使いの者だと分かった。頼邑も帰ってきたのかもしれないと思った。

「使いが帰ってきた!」

伊助が叫ぶと平八郎を含め、女、子供もバタバタと音を立て、出て来て駆け寄ってくる。使いの中に男たち、そして瀕死の傷を負った治兵衛もいた。だが、その中にいくら探しても頼邑の姿は見当たらない。

伊助と平八郎は、使いに、

「頼邑さまは、見つからなかったのか?」

と、すがるように訊いた。

使いの者は、首を振った。

「ここも酷いが、向こうはひでぇってもんじゃねぇ。人も獣もあちらこちら、死体で埋め尽くされちまってる。もう見分けもつかねぇさ」

そう言って、苦渋の顔をして言った。

皆の顔が強張っていた。息が凍るような恐ろしい情景が現実なのだと思い知らされたからだ。男たちが集まっている後ろで、お花が姿を見せた。

「お花……」

伊助たちは、言葉が見つからなかった。

慰めも今の自分たちには、できないと思ったのである。

「大丈夫です…。 頼邑さまは、お強い方ですもの。きっと無事にお帰りになるはず。きっと、そう……」

頭の中が白く溶け落ちるような衝撃がしたが、自分を保つために気丈にも涙は見せなかったが、全身は小刻みに震えていた。

「そう…。きっとそうです。うん」

お花は、ふたりから背を向けると高鳴る心臓の響きに追っかけられるように足早に歩いて行った。平八郎が呼び止めようとしたら、

「やめとけ……」

と、伊助が沈んだ声で言った。

ふたりは、お花の背を見送るように見つめた。そして、誰もいない場所に着くと、魂が抜けたみたいなかかって、悲しみの感情の動きに生気がなくなった。お花の眼から、ぽろぽろと大きい雨粒のような涙を落とした。

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