第2話 道標
畑葉が部分的にしおれ黄変していて、葉の端が上側に巻いている。それは、どの畑も同じで、しんなりとした葉が地面の下に向いていた。
大人は、首を横に振った。もう秋がせまっている。この時期に畑が全滅しているということは村全体に危機がせまっていた。
「おとう……」
声がして、はっと振り返った。
「おらたち、これからどうなるん」
まだ幼い子供にも直感的に、ただならぬ事態を察知しているようであった。その言葉が村集の大人に重くのしかかる。
ただただ、その問いに答えられず、口をつぐむばかりであった。
その夜、長老を囲んで村の男たちが集まっていた。村の年老いた者、若い者、そして継ぎの長になる青年、頼邑よりさとである。長老の世話役の女が湯飲みを運び終わり、去ると、
「長老、このままでは村が危うい」
と、無精髭を生やした男が話を切り出した。
村の畑に異変が起きたのは半月前ほどである。 初めは、一部の葉が枯れていただけであって、それほど気にもしていなかったのだが、半月もしないうちにそれは、村全体の畑に広がっていったのだ。
「何とかなりませぬか長老」
その男の顔には、悲痛な表情が浮かんでいる。 誰もが、その男の問いに答える者はいなく、重苦しい空気が漂う。
「口減らし」
その声にいっせいに皆の視線が呟いた男に向けられた。口減らしとは、飢饉時の農村などで、圧殺・絞殺・生き埋めなどの方法により、乳幼児の殺生であった。
男は下をうつむき、もう無理だ、と言った。
「子らを犠牲にするというのか!」
無精髭の男が口を挟むと、
「こうするしかあるまい。我らが飢え死にするよりかは……」
そう言って眼をつむった。
「仕方のないことだ。いずれにしろ、子らの分まで飯はない。いや、我らの分すらないかもしれないのに情けをしておる場合ではなかろう」
別の男が険しい顔で言った。
「何を言うか。子らを守るのが我らの務めではないのか」
男たちは、いっせいに双方の意見によって言い争いが始まった。若い者は、その間に入れず困惑した表情で見ている。
どうしていいか分からないらしい。
「静まらぬか」
それまで口を開かなかった長老の言葉に、しんと静みかえる。
「争いは何の種にもならぬ。我らがまた、一から種を植え、育てるのじゃ」
ゆっくりと話す言葉に皆の耳が傾いていき、さらにそれは続いていく。
「これよりはるか地では、作物が豊富で豊かな国だという。そこでは、冬でも作物が育つ環境だと聞いたことがある。まだ、そこには我らには足らぬ何かがあるやもしれない。それを確かめてみるというのはどうじゃ」
そう言い、皆を見渡した。ここにいる全員が長老と意見に納得したが、誰が確かめに行くのかと男たちは胸がざわついていた。互いに顔を見返すばかりで、いつまで経っても返事をしない。肯定するでも否定するわけでもなく、咽喉につまったような呻き声が洩れただけが聞こえる。
無理もない。過酷な旅になることを皆、承知だ。この時代の旅というと街道も宿場も整備されておらず、食料の調達な困難で、およそ、一般の者が容易に旅を行えるものでなかった。旅の途中で死ぬよりかはここで死んでいく方がまだいいと考える者までいた。
「そのお役目、私に任せていただけませぬか」
凜とした声で言ったのは頼邑(よりさと)だ。瞳に強い光を宿した、端整な顔立ちの持ち主だった。その言葉に“おお、頼邑なら安心だ”と賛同する者が多かったが、中には、“次期の長となる身を旅に出すわけにはいかない”と、言う者もいた。
「ご心配なさらず。必ず皆の元に戻って参ります」
頼邑の強い眼差しを見た長老はため息をつき、
「頼邑よ。やはり、そなたはわしの思いとは裏腹じゃ」
長老も、次期の長となる頼邑を行かせたくはなかった。だが、強い正義感を持つ頼邑なら行くだろうと分かっていた。
「…………」
頼邑は、眼をそらすことなく、全てを覚悟した。数少ない若い者は、顔をしかめていた。
「頼邑よ、物事を見据えてきなさい」
馬蹄の音が力強く地面と一緒になっていく。寒月が皓々とかがやいている。まるで、数奇な運命がこれから先、せまっているような予兆であった。
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