永久少女機関

噎せ返るような臭いが漂っていた。

白と、陽光と、緑が相まってとても清々しいその家には不似合な、何かが焼け焦げるような臭い。

人里を避けるように何もない野原にぽつりと立つ白い家。

中を覗いてみれば、美しい少女が一人、台所に立っている。

白金に近い綺麗なブロンドの髪を腰まで垂らし、日焼けなどしたことがないのではないかと思うほど透き通った白い肌。

年は十くらいであろうか、台所に立つにはまだ少し早いような年だが、手慣れた手つきで大きなオーブンから焼き目のついた肉を取り出した。

鼻歌など歌いながら、その悍ましい物体を切り分けていると、奥の部屋から、髪こそ肩までしかないものの、少女をそのまま小さくしたような女の子が眠そうな目を擦りながら現れた。


「おはよう、お姉様」


それに気付いた様子で少女は手を止め、女の子に近寄り、優しく額にキスをした。


「おはようメアリー。もう朝食の準備が出来るわよ、顔を洗っていらっしゃい」


「お姉様、何か臭うわ。今日のご飯は何?」


「今日は黒人の子供のお肉、良い香辛料が手に入ったから、一層美味しく出来たのよ」


「私ヤだわ、菜食主義者のお肉が良い。雑食のお肉って、生臭いんだもの」


「好き嫌い言わないの。わがまま言う子はお肉にしちゃうわよ?」


 二人はきゃっきゃと笑いながらじゃれあう。

その様はまるで一点の濁りもない透明の水を見るようで、とても人間のそれとは思えない無垢な姿は、同時にある種の恐怖を内包しているようにも見えた。

食卓についた二人が銀食器をカチャカチャと鳴らす。

会話もなく上品に、柔らかそうなステーキと、臓物らしきものが入ったスープがゆっくりと片づけられる。

メインディッシュが終わると、凝った彫刻の入った硝子細工の器に綺麗なピンク色をしたゼリーが食卓へ運ばれてきた。

メアリーは美味しそうにそれを口に入れ、ふと思いついたように口を開いた。


「ねえ、お姉様。私お姉様にだったら食べられてもいいわ」


少女はその言葉にはにっこりと微笑むだけで、何も返事をしなかった。

彼女たちは二人きりで、とてもゆったりとした時間を片時も離れずに過ごした。

外からは鳥の声も、虫の声もせず、まるで世界に二人だけしかいないような時間が流れていた。日が昇り、日が沈む。

時々風が草を薙ぐ音しか聞こえない場所で、二人の声が小さくこだましていた。

 とっぷりと暗くなった頃には、小さいベッドの上に二人、少女がメアリーに本を読み聞かせていた。

しかしメアリーは興奮して眠れない様子で、きらきらと目を輝かせていた。


「ねえ、お姉様、明日は何の日?」


「明日はあなたの誕生日ね。でもメアリー、寝ないと明日は来ないわよ」


「ねえ、お姉様、明日は何をしてくれるの? 私お姉様みたいな髪飾りが欲しいわ」


「明日のお楽しみよ。さあ、もう一度読んだら寝るのよ、いい?」


 メアリーは満面の笑みで頷いた。

さすがにはしゃぎ疲れたのか少女が本を読み進める内にうつらうつらとし始めたメアリーは、少女の胸の中ですやすやと寝息を立て始めた。

その姿を愛しげに見つめながら、「愛してるわ。メアリー」と囁き、ランプの灯を吹き消した。

翌朝、メアリーが目を覚ましたのはいつもより少し遅かった。

彼女の眠りを妨げる肉の焼ける臭いも、寝坊すると起こしに来る少女の姿も声も、その家にはなかったからだ。

メアリーは何が起こったのかわからず混乱したまま、髪飾りを重し代わりに食卓の上に置かれた手紙を手に取った。


 『私の愛しいメアリーへ

  私が祝える誕生日は今日で最後なの

  あなたが欲しがっていた髪飾りと

  最高のプレゼントを用意したわ

  オーブンの中を見て!』


 不安げな顔で髪飾りと手紙を握りしめ、恐る恐るオーブンを開けた。

そこには彼女の予想通り、見覚えのある少女が丸焦げになって横たわっていた。

思わず叫び声をあげ、髪飾りも手紙も床に落としてしまい、その亡骸に抱きついた。

わあんわあんと大きな声で大粒の涙を流しながらメアリーは、お姉様、お姉様、と何度も声を上げた。

やっとのことで聞こえる風の音も掻き消して、彼女の泣き声はうるさすぎるほどに響き渡る。

三日三晩、止むことのなかったその声だったが、その声が止む頃には、彼女は少女から渡されたその最高のプレゼントを、色味の消えた遠い目をして、食べ終わっていた。


 世界の何処か、広い広い野原に一軒だけ、白い家がある。

そこは日は優しく射し込み、風はゆっくりと草を薙ぐ。

時間はゆったりと流れ、何も急ぐもののない自然が、時が進むのを知らせるだけであった。

その白い家に、綺麗なブロンドの髪を胸まで垂らした女の子が、一人で住んでいる。


「もうすぐ会えるわね、メアリー」


大きくなったお腹を愛しそうに擦りながら、少女が呟いた。

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