第135話 やせ我慢

「アップを始めろ」

 剣はベンチメンバー全員に告げた。鎖鎌が食い入るように剣を見つめる。剣は気づいていないふりをした。

「これは……車懸くるまがかりの陣か?」

 刀が立ち上がる。エレメントの戦いぶりに嘆声を漏らす。

「ちっと違うかな。フランはすっかりCB化してるしクラウンエーテルと辰砂はずっと真ん中。あとはみんな即興で動いてる」

 ベンチに戻ってきたカットラスが応える。


 64分。横浜はヴェンティラトゥールに替わって、ナントカ還元水を投入。

 ここ最近、ヴァッフェは能動的な守備に取り組んでいる。わざと隙を見せて相手を誘い、注文通りのパスを出させてカット。2週間前の浜松戦でも何度か成功させている。

 しかしこの試合ではそのような罠を張っていない。剣が控えるように言ったのだ。一方で横浜は何度か東京に罠を張った。しかし剣に用心するよう指示を受けており、ヴァッフェは慎重なプレーを心がけていた。


 ここははすかいダイアゴナルに行きまひょ。

 金閣寺は左サイドからスプリント。ククリは誰かにマークを受け渡そうかと迷ったが、やっぱりついていく。

 笛が鳴った。ククリは息をきらしながら止まる。

 !?

 驚いたのはヴァッフェだ。突然ククリが金閣寺のマークをやめてしまった。

 金閣寺がボックス内でボールを受ける。慌てて錫杖が併走。

 

 南無三!

 

 錫杖は身を躍らせるとスライディングタックル。その勢いに躊躇した金閣寺が足を止める。マン・ゴーシュも追いついて金閣寺にバックパスを選択させる。事なきを得た。金閣寺の対応次第ではPKになっていただろう。剣は荒く息をつく。

「ああ、ゴメン……」

 笛は横浜を応援する観客がダミーとして吹いたものだったのだろう。ククリは謝った。

「……ご油断召されるな」

 錫杖は最近、ぐっと頼もしくなった選手だ。多少のことでは動じない。 


 エレメントはぐいぐい首を絞めるように攻め立て、刃を顔面に突き立てるように何度もシュートを放った。しかしティンベーの壁が破れない。

 

 いや、ティンベーだけじゃない。

 クラウンエーテルは顔を曇らせる。

 今日のヴァッフェの選手には、何か奇妙な迫力を感じた。目つきが違う。必死に体を張り、反則になりそうな、時には怪我をさせられそうなギリギリのタックルを繰り出す。その顔には、悲壮感すら漂っていた。

 余裕がなくなっていく。エレメントから笑顔が消えた。


 錫杖が顔を上げる。一時、エレメントのプレッシングにかんぬすむ。錫杖はロングボールを蹴った。

 センターライン手前でハルバードとフランが競る。

 

 そうだ。コーチの指示通り。

 悪く思うな。

 二人は跳躍。

 ハルバードはボールを見ていない。着地。ハルバードのスパイクがフランの右足を捉えた。


 フランはオー・ド・ヴィに告げた。

「ゴメンだけど、ハルバードのマークを替わって?」

「……うん」

 オー・ド・ヴィは元のポジションに戻った。フランは力なく歩いて行く。

「ねえ、今日のフランちゃん何か変やないです?」

「どういう意味?」

「いつものフランちゃんやったら、さすがやなあやっぱかないませんなあってプレーしはるんやけど、今日はやけに大人しなぁって」

「そういえば、前にフランが古巣ヴァッフェに戻りたがってるって話、記事になってたな」

「ほんまはそないなこと疑いたくはあらへんけどな。……今日の試合、もしかしたら手を抜いてるかもしれへん」

 くろがねはフランを眺める。

 確かに、やる気がなさそうに見える。笛が鳴る。

「集中切らさないで!」

 辰砂が叫ぶ。金閣寺と鐵はセットプレーの配置につく。

 銀将のCKコーナー。しかしボックスにはオー・ド・ヴィ、鐵、フランしか入っていない。しかも直接蹴らずショートコーナーにしてパスをつなぎ始めた。ボールを取られるとプレスラインは下がり、守勢に。


「あっ……」

 剣が声を上げた。

 フランが倒れた。クラウンエーテルがボールを外に蹴り出す。担架が運び込まれた。


 攻め時だ。

「よし! お前のファンタジーに賭けるぞ」

 剣はククリに換えてクリスを投入。同時にショーテルを右WGに上げた。やっぱりゲーゲンプレスは相手の守備まで圧力をかけてこそだ。

 本来、ショーテルはWGが適任の選手だ。クロスは絶品で脚力もある。しかし、ヴァッフェには右SBをやれそうな選手が見当たらなかった。コンバートする形でショーテルには我慢してもらっている。


 ショーテルを見ていると思い出す選手がいる。三都主アレサンドロだ。

 強烈なバネを持ち左サイドを切り裂くWGで、日本に帰化して日韓W杯に出場。決勝トーナメント1回戦でようやくスタメンに名を連ねた。

 トルコは三都主のドリブルについてこれなかった。三都主はバー直撃のFKまで放つ。

 しかし日本代表トルシエ監督は、先制されたにも関わらず後半頭から三都主を下げてしまう。まったくもって理解できない交代だった。

 三都主はジーコJapanで左SBにコンバートされる。やはり人材難が理由だろう。

 

 フランのもとに原子時計も駆けつけた。

「これはどう?」

 中性子がフランの膝を曲げる。

「痛くありません」

「じゃあこれは?」

「まったく」

 中性子が首をひねる。

「スプレーをお願いします。戻りますから」



「……ちょっと銀将について思うところがあるんですが」

 小野は剣に耳打ちした。

「面白い。早速伝えよう」

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