第131話 逸機
マン・ゴーシュは観客席を見回した。
敵陣奥に、ヴァッフェのユニホームを着た人達が手を叩き何か歌っている。が、人数が少ないのでどんな節かわからない。おそらく、ヴァッフェのサポーター。今日は観客が多く、雑音が大きかった。
そして、その他。
おそらく、コーチ目当てに来た人達。その中に、うちの応援を始める人が現れた。
変なの。
この人達は、今日もコーチにテニスに戻るよう声をかけていた。先月には署名運動にまで発展してコーチは露骨に嫌な顔一つしながら署名の束を受け取っている。
だから私達に負けてほしいはずだ。監督として失敗した方がその可能性は高まる。
正直に言えば、今日ホームにもかかわらず、居心地が悪かった。
でも。これはどういうことなんだろう。
辰砂が指示を出す。
「相手がリトリートしたとき、
「やりますねえ!」
剣は深く感心した。
芸術的なプレーよりも、こういった戦術的な判断ができることのほうが剣は価値があると感じる。自分の狙いに的確に対処してくる。
「ああ。……そうか」
ああいうスタイル、どこかで見たことあるなと思っていた。
9月10日、
彼女たちは実に明るく、楽しく、カーリングをする。
2つに共通しているのは、ミスのスポーツであることだ。
人間には手という非常に器用な部位がある。
しかしサッカーでは手を使える場面が限られている。思い通りにボールを操作できないケースが頻出する。
カーリングは40mほど石を滑らせおはじきをするスポーツだ。その名が示すとおり回転をかけ曲げる技術も重要で思い通りに石を投げるのは容易ではない。
カーリングは石を投げたらそれで終わりではなく、ブラシで氷を融かして石の進路やスピードを変えられる。どのように
石を投げ損なったとき、どのように修正するか。
そして何より、ダメージコントロールだ。
重要な試合。失敗して不利になったとき。対戦相手との衝突。心が乱れていたらプレーも乱れる。
心から楽しんでしまえば、
横浜はサイドを後退させ、ショーテルとマン・ゴーシュはマークから解放された。
試しにショーテルにパスを渡すと、横浜はマークを受け渡してヴェンティラトゥールがプレスに来る。なんだボール持ったらチェックにくるのか。
抜かりない。ショーテルは口を尖らせた。起点になろうにもこんな後ろの隅っこからでは効果的なパスが難しい。誰も彼もクリスマスのデートスポットみたいにマークがついて来る。仕方ないのでハルバードにハイボールを蹴る。ハルバードはオー・ド・ヴィに競り勝つも
「ふざけんな! 応援なんてやってられるかよ! ……お前らもやめろよ。悔しくないのか? まだまだ剣には未来があるはずなんだよ!」
グラディウスは顔を上げた。男は周囲の観客を説得して回る。
今日、観客はサッカーを
「今日は酔いたいんだよ……。酔わせてくれよ」
ビールをの容器を積み重ねてむせび泣く人。その向こうではケンカが始まった。感情の渦が幾重にも。
だけど。
「もう、B級ライセンス取っちゃうらしい」
「なんか、すっかり監督の顔だな」
「そうだね。……悔しいけど、もう剣は新しい道に進んでる」
テニスとの決別。
儀式を、見届ける。
そうだった。コーチが言ってたじゃないか。
ショーテルは得意の右足を振り抜く。ボールは急激に落ちて転々としながらセンターサークルに構えるハルバードに向かう。
ハルバードは背中にオー・ド・ヴィを感じながら右足を伸ばしボールを止めた。オー・ド・ヴィはハルバードの長い足を恨めしそうに眺める。まさか回り込んでボールを奪いに行くわけにもいかない。自分の後ろには
ハルバードに
このようにゴール前を横断するシュートほどむなしいものはない。
もう少し左側に飛んでいれば、サイドネットに収まったのに。
もう少し右側に飛んでいれば、味方が押し込めたのに。
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