第71話 沙羅双樹の花の色 ④

 線審は旗を上げのうこざった。

 皆が欣喜雀躍し、それがしに駆け寄り首級ごおる寿ことほぐ。面映おもはゆいが喜んでいる場合ではござらん。

 まだ負けておる。

 そして何より、今までろくに首級を挙げられなかったことの方が不名誉で居たたまれぬ。

 さて、肩身が狭い思いをせぬよう、八面六臂の働きをして見せようぞ。

 

 今度気持ちが落ちたのはプランツだった。思考が受け身になっていく。意識がリードを守ろうと傾く。プランツが全面的に後退するとボールは自然とヴァッフェの足下に転がった。沙羅双樹は次第に存在感が薄れていく。


 カットラスの前に長いボールが出た。ラインぎりぎりでボールを止めるとゴール前に切り込む。SBとSHが御丁寧に迎えに来てくれた。突破をはかるも上手くいかず、困って選手の位置も見ず、間隙を縫い地を這うクロスを放った。

 手裏剣は独活ウドの背中に張り付いていた。ひょいと独活の前に身をおどらせるとボールにちょいと触れてゴールを陥れた。

「え!? どこにいたの? ああんもう嫌だぁ~! うあああああああん!」

 独活は頭を抱え身をよじった。

「同点!」

 手裏剣がカットラスに抱きつく。 

「さ、勝ちに行こうぜ」

 カットラスが手裏剣の頭を撫でる。


 沙羅双樹の目尻が下がり、口角が上がる。

 効いてない。私には効いてない。余裕だよ。

 カットラスがそんな沙羅双樹をいぶかしげに眺める。


 プランツは前に出る。ヴァッフェはいい形でボールが奪えればショートカウンターのチャンス。

 大特価セールだ。

 ククリは気が重くなった。こう、殺気立つと自然と肉弾戦が増える。体の小さなククリはこういうのはちょっと苦手だ。

 ヴァッフェは売られたケンカを全部買う。削り合いになった。

 カットラスが手を挙げたのでエロスは交替を決めなければならなかった。ここは応援団に配慮してレイピアを呼ぶ。

 

 効いてない。効いてない。

 足がひどく重い。ふくらはぎに乳酸が溜まっている。

 沙羅双樹だけではない。度重なるハイテンポの殴り合いの末、みんな活力を失っている。

 沙羅双樹は動かずに、大きく口を開けて息をしていた。

 どうやら疲れたようだ。モーニングスターはこのまま沙羅双樹の付き人をしていようか迷った。ボールを取りに行きたい。

 右サイドはやはりセリ山葵ワサビが威張っていた。そこにヘルプに行く。

 その瞬間に沙羅双樹は手を挙げた。

 ぶわっとプランツが両サイドに寄った。


 いや。


 モーニングスターが反転して猛然と駆け出す。

 奴がゴール前にいる。広大なスペースが生まれた。奴はそこを使うつもりだ。

 

 沙羅双樹がボールを受け取る。

 そのドリブルは独特だ。足よりもむしろ手の方が良く動く。そして左右にもよく動く。


「なるほど。どうやらジンガではなさそうだ」

 ヴァッフェも疲労が激しい。エロスはサブメンバー全員にアップを命じる。

 エロスは鎖鎌を羽交い締めにしながらベンチに座っていた。時折、弓の視線を感じる。弓め、集中を切らしていやしないだろうな。

 

 ボックスに入れると面倒だ。その前に止める。

 ランスが沙羅双樹に向かった。

 まるでダンスのようだった。しなやかに身を躍らせ、細かいステップで抜き去る。

 嘘だらけのドリブル。虚虚虚実。無駄な動きが多くて情報過多になる。フェイントの渦。いつ、前進するか読めない。

 沙羅双樹は錫杖の脚を視ていた。左右に動きながら錫杖の両の足の重心が一方に傾くのを待つ。そのときが来たら、逆の方にドリブルすればいい。

 そのまま、錫杖とティンベーを抜き去った。背後からモーニングスターが迫る。スライディングに行こうとしたが脳裏からさっき貰ったイエローカードが飛び出すとモーニングスターの顔面を殴りつけた。足が引っ込む。

 

 残り十五分。3-4。再びプランツがリード。

 負傷したカットラスに替わってレイピアが、ククリに替わってクリスが入った。



 あれ?

 息が苦しい。

 喉が、胸が焼ける。

 脚ももう感覚がない。

 仕方がないので沙羅双樹は笑った。

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