第69話 沙羅双樹の花の色 ②

 おかしい。

 左SBマン・ゴーシュは目を凝らす。

 そうか。自分とマッチアップするポジションにいたSHセリとSB山葵ワサビが、セットで逆サイドに移っている。

 

 どうしよう。

 自分が助言するのは、何だかはばかられる。



 ヴァッフェは完全に押され始めた。

 気持ちが、落ちる。

 心がダウンすると視野が狭くなる。発想が貧困になる。プレーが消極的になる。

 ただ一人。鎖鎌は心が折れなかった。ボールを受けてはゴールに突進し……プランツにからめ取られた。


 さすがにヴァッフェほぼ全員でケアされるようになっては、沙羅双樹の快進撃も封じられた。

 ヴァッフェはプレスラインを下げ、負けていながら守備的に戦う。

 沙羅双樹はどこにでも現れた。仕方なくモーニングスターは持ち場を離れ、彼女のストーカーになる。沙羅双樹はするすると動いてボールを受けた。そこに体を当てようとするがダイレクトではたかれてしまう。沙羅双樹の背中に当たってイエローカードを貰う。

 倒した、というよりも倒れた、という感覚だった。カードが出ると沙羅双樹は「あー痛い痛い」と起き上がる。

 

 空間認識能力に優れている。

 沙羅双樹に対しモーニングスターはそんな感想を抱いた。常に誰がどこにいるか把握し、適切なタイミングで周囲を確認し、選手の位置を脳にアップデートしていく。要はサッカーIQが高い。


 モーニングスターは腰の入ったタックルに自信があった。だが沙羅双樹には通用していない。

 正直、お手上げだった。

 タックルに行けば、かわされる。かわされたら後ろに迷惑が掛かる。

 仕方ないので時間稼ぎディレイするしかない。


 自分に注目を集めるだけ集めると、沙羅双樹はボールをはたいた。左サイドに芹が走り込むとディフェンスラインを突破、駆け抜ける。錫杖が止めに掛かる。

 二段構えだ。

 セリ山葵ワサビの走り込むタイミングを見計らって中に入り込めるコースにパス。ヴァッフェはまさかのSBの攻め上がりに対応できず、山葵はフリーでボールを受けた。ランスがカバーに行くも間に合わず、至近距離からシュート。ボールは勢いよくゴールに飛び込んだ。


 1対3で前半終了。

 エロスはモウリーニョばりに急いでドレッシングルームに戻ると、ホワイトボードを手に突っ立って何を言うべきか考えていた。

 エロスを追い詰めるように選手達が戻って来る。


「鎖鎌、一点目はよくやったが、ボールロストも多かった。周囲の仲間との連携を考えろ」

 鎖鎌は口を開けたままエロスを見上げた。

 は? 

 使えったって雑魚しかいねーじゃねーか。弓は非力、モーニングスターはド下手、カットラスは馬鹿、ククリは消極的、刀は何一ついいところがない。こんなカス共と組んでどうしろと。


「前半途中から、プランツの右サイドと左サイドが入れ替わった。右サイドより左サイドの方が攻めやすいと見てショーテルを狙って攻めてきた。各自ケアを頼む。そしてやはり沙羅双樹だ。あいつから目を離すな。ボールを持たせるとジンガのリズムでドリブルを仕掛けてくる」

「アリ、ジンガでヤネーンドーはないよ。ブラジル音楽でヤネーンランタンはなかった

 珍しくティンベーが喋ったと思ったらまた妙なことを言い出した。

 

 まだ時間はあるが俺は部屋を出た。

 もう何も思い浮かばねえ。参った。無為無策。

 缶コーヒーを買いに自販機を探す。

「ちょっといいかな」

 振り向くとモーニングスターだった。


「さっきの言い方は、ない」

 モーニングスターは緑がかった青い瞳で俺の目を真正面で捉えると言った。俺は西洋人のこういった姿勢が苦手だ。あいつら遠慮というものを知らない。

「さっきの言い方って?」

「あの言い方じゃ、ショーテルが穴だって言ってるようなものだ」

「事実だから仕方ない。ショーテルは集中力が途切れがちだ。たびたび抜かれる。事実を認識し克服させるのも俺の役目だ」

「だったら! だとしたら、この試合の後だっていいはずだ。後半、ショーテルは落ち込んだまま、もやもやした気分で試合にのぞむだろう」

 まるで、フランみたいだ。


 そうか。みんなフランの背中を見てサッカーしてきたんだな。


 モーニングスターはピッチに駆けていく。

 フランだったら、ドレッシングルームでみんながいる前で剣を説き伏せたかもしれない。

 でも、自分にそんな資格があるとは思えない。

 みんなの目が怖い。 


 今までは、フランがいた。

 負けていても、フランがピッチに入ってくれば何とかしてくれる。そんな希望があった。

 つい、口が悪くなる。

「刀はさ、結局、剣が狙ってたから使われてただけなんだろ? もうふられたんだから使うことないだろうに。今日も何もしてないんだからさ」

「そうだねえ……」

 なんとわびしいことか。

 カットラスとククリの会話を聞くにつけ、刀はトイレから出られなくなってしまった。気配がなくなったのを確認して、駆け出す。エロスを見つけた。リノリウムの床を見つめて話し出す。


「指南役殿……。やはりそれがしは居る意味がござらぬ。一刻も早く交替を所望する」

 エロスは一旦いったん、刀から視線を外した。そして、コーヒーを飲みながら。

「ドイツ史上最高のストライカー、爆撃機Der Bomberとの異名を持つゲルト・ミュラーの言葉を教えよう。『動き過ぎないこと。周りが動いているときには止まり、周りが止まっているときに動くんだ』」



 



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