第60話 S波 ①

「明日、二十四日と二十五日は練習を休みにする。わずかだが羽を伸ばしてくれ」

 

「女だ」

 だってクリスマスだもの。

 ぱちーんとスタッフの大きな胸をはたいて手裏剣は断定した。きのいいおっぱいは弾性があって手裏剣の手をねる。スタッフは小さく悲鳴を上げた。

「男じゃないの」

 シャワーを終えて戻ってきたモーニングスターが手裏剣の悪い手を押さえた。

 フランがいなくなって、ドレッシングルームに流れる空気がぬるくなった。

「いや、コーチがホモってのは嘘だね。ああやってさ、あたし達を油断させて、かぶりつくチャンスをうかがってるんだよ!」

 だとしたら、いつでも準備はできてるのになあぁ。そして弓はまたもや空想に身を投げた。

「今までのあの男の言動を考えてみてよ。妙にベタベタ触ってきてさ!」

 そう……かな? カットラスはさっと着替えを終えると椅子に座ってうつらうつらしながら考える。それとも、オレ以外の可愛い子はみんなセクハラされてんの?


「実は……」たわわなバストを制服に仕舞い込むとスタッフは切り出した。「この前、夜のグラウンドでコーチがフランを襲ってた……」

 一瞬でドレッシングルームが凍り付く。

「ほら、ね」

 震える声を抑えながら、手裏剣は威張った。

「いやそんな小さな胸を張られても……」

 と言うモーニングスターにチョップを食らわしながら手裏剣は「異議はある?」と水を向けた。

「だからフランは出て行ったのかのう」

 ランスが言葉を挟む。


それがしも、実は……」

 まだあるのか……皆の目が刀に向く。

「指南役に、LOVEラアブだと言われたのじゃ」

 刀はうつむく。その瞳孔がせわしなくさまよった。

 ドレッシングルームに電撃が落ちた。

 ビリビリと、震撼する。

「マジ、かよ……」

 カットラスが椅子から転げ落ちる。

「何その照れ臭いからちょっと英語で婉曲えんきょくにしてみましたって感じ……」

 ククリが呆然とつぶやく。

 弓が床に膝をつく。

 クリスは笑い出した。

「決定的だね」

 手裏剣がゆっくりと頷いた。

詰問きつもんたぁぁいむ!」 


 スーツを着た男には大概ネクタイとかいうハーネスが結ってある。これは男を捕獲するのに大変便利。手裏剣はエロスのネクタイをひっ掴んで戻ってきた。


「コーチさ、刀ちゃんのこと好きなの?」

 手裏剣の語気は強い。

「好き……? うーん」

 照れているのかな、とククリは見た。

「告ったんでしょ?」

「そうだな」

 臆面もなく。

 エロスの言葉が弓の体をぶしぶし刺していく。

「つまり、ホモだというのは嘘だった、ってことでしょ?」

「いや……実は、俺は常々ホモを直そうと思っていてな、試しに刀と付き合って、自分を矯正きょうせいしようと考えたんだ」

「鼻毛カッター」

「どうして刀ちゃんだったの?」

 検察官は追及を続ける。

「いや」エロスは微笑して言った。「誰でも良かったんだ」

 弓は小さく深呼吸した。

 手裏剣の顔が歪む。

 刀がふらついた。ショーテルがあわててその体を支える。

「スタッフ、ちょっとこっち来て」

 手裏剣の顔はなぜか真っ赤だ。

 そして手裏剣はスタッフのセーラー服に手を掛けた。

「ちょっっ!? 何すんの?」

「脱いで」

「え!?」

「あんた言ってたでしょ。コーチの大胸筋に触れてみたいって」

「それは確かに言ったけど……」

「だいじょうぶ。ホモかもしれないから!」

 手裏剣は手際よくスタッフの上着をずらし、ブラも取ってぐいぐいエロスに押しつけた。

「何をしてるんだ」

 エロスは涼しげな顔で受け止める。

 手裏剣は舌打ちをした。

 どう見ても反応がない。


 モーニングスターが口を開く。

「手裏剣さ、思ったんだがコーチはセクハラをしようとしてるんじゃなくて、異性に対する意識が希薄すぎるんじゃないだろうか。フランの件も何かの誤解だと思うわ」

 手裏剣は唇を結んだ。

「は!? 俺はお前らを女だと意識しなきゃいけねえのか?」

 あちこちでため息の嵐。

 

 喜んでいいのかなぁ。

 悲しんだ方がいいのかなぁ。

 弓はいつまでも悩んでいた。

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