第54話 奇襲

 先日の入れ替え戦の後、目に見えてフランへの取材が増えた。

 ヴァッフェU-18はプリンセスリーグ以外にも毎週土日には何らかの試合を行う事が多い。今日は新設されたばかりの女子校と対戦したが、ケーキ食べ放題みたいな試合だった。

 俺はやはりフランに出場機会を与えなかった。


 試合が終わったのは午後四時だったがもう外は真っ暗だった。今日もまたフランが居残り練習をしており、エロスはミーティングルームでどうしたものか思案していた。

 ノックの音がした。

「入って、どうぞ」

「率爾ながら……参上つかまつそうろう

 ドアを開けおずおず入ってきたのは紅色の半着に薄紫のはかまを履いた刀だった。


 俺は刀に椅子に座るよううながした。俺も隣の椅子に腰掛ける。

「ねえ今日練習きつかったねー」

「ん? ああ……」

「まあ大会近いからね。しょうがないね」

もありなん」 

「今日タイムはどう? 伸びた? 伸びない?」

 この男は何を言っておるのだろう。今日何か時間を計測するようなことがあったか?

「緊張すると力でないからねー」

「緊張などしておらぬ」

「ベスト出せるようにね」

 刀は『アイアイって歌を聴いたんだけどさぞ可愛い生き物に違いない! え? こんなにキモいの? ありえねー!』みたいな目で俺を見つめた。

「まず、うちさ、屋上、あんだけどぉ……焼いてかない?」

「焼く??? ……それにしてもこの屋敷に屋上があるなどとは初耳じゃ」

 ああ、そうだ。もう太陽は大地に隠れてしまった。ざんねん。俺はスマホをいじって蝉の鳴き声をダウンロード。ミーティングルームは騒々しい夏と化した。

「喉渇いたな。喉渇かない?」

「いや先刻水物を頂戴した」

「なんか飲み物持ってくるわ。ちょっと待って」


 ミーティングルームを出て給湯室に入った。

 やかんを火にかけ、沸騰するとティーポットに注ぎ紅茶を淹れる。そして速く冷えるようにとティーポットを冷凍庫に入れる。

「あの……それがし、今日は申し上げたき儀があって参ったのじゃが……」

「大丈夫でしょ。まあ、多少はね?」

 もう。ああもうこれでいいや。コップに紅茶を注ぐ。刀は首をひねりながら部屋に戻っていった。

 ああ、そうだ。睡眠薬がないと! 俺は覚醒剤を求める廃人の目で周辺を捜索した。ああ、これでいいや。ネイチャーメイド(マルチビタミン)をコップに投入。

「サーッ!」

 よし。


「お待たせ。アイスティーしかなかったけどいいかな?」

 俺は手をやけどしながら素早く刀に紅茶を渡した。刀はびくっとした。熱くて持てないのだろう。コップを机に置く。

「あの……この茶には何か丸薬のような物が入っているのじゃが……」

「気にするな」

斯様かような物は飲めぬ」

「どうぞー」

 俺はスーツを脱いだ。続いてワイシャツとネクタイも。

「焼けたかな?」

 パン1になった俺はブリーフをずらした。刀は目をそらす。俺の体はまっちろだった。 

「これもうわかんねぇな……。お前どう?」

 俺は刀の袴に手を伸ばす。

「何をする!」

 刀は後ずさりした。

 その長い黒髪が和紙で縛ってある。そして、刀の揺れる目が見えた。それがふっと一つに定まる。

「指南役はそれがしさきがけを命ぜられたが、それがし技倆ぎりょうからいって過分な役儀、指南役の御念は解さぬもやはり魁にはフランベルジュ殿がしかきかと」

 やべえ、何言ってるかよくわかんねえ。

 刀はアドリブが多すぎる。話がまとまらねえよこんなん。

「暴れんな。暴れんなよ……」

 俺は立ち上がった。刀は甲鱗のワーム/Scaled Wurmに追い詰められたハリマーの潮呼び/Halimar Tidecallerの目で俺を見上げる。

「お前のことが好きだったんだよ!」

「好き? 好みと言うことか?」

「いや違うんだ」

「某のような居合抜きが得意な侍を起用したいのじゃな? まあそれしか取り柄はないがの」

「いや違う。選手のタイプとして好きと言う意味ではなく……。LOVEラアブだ!」

 口だけは威勢が良かった。体も、準じて言うことを聞いた。だけど心が反抗していた。

 俺は刀に襲いかかった。しかし体がまだ迷っている。刀の瞳孔がすっと広がり、そして身をひるがえして俺の手をかわす。俺は追撃に移ろうと自分に言い聞かせながら右足に力を込める。

「乱心致したか……」

 刀は両手を体の前に突き出し、構えた。

 そのとき、ドアの外で物音がした。俺はドアを開け、廊下に出た。足音は遠のいていく。俺は駆け出した。


 どういうことじゃ!? 指南役が某に懸想けそうを!? じゃから某を用いておったということか? 

 迷っている暇はなかった。今度こそ本当に手籠めにされる。ミーティングルームを出ると、駆けだした。呆然と立ち尽くすエロスのそばを駆け抜ける。 

「某は帰るぞ」


 一体、誰だったのか。

 俺は頭をひねった。まあ、しゃーない。なるようになれ。


 フラれた。

 東の空、オリオンが食い入るようにエロスをにらんでいた。目が回る。

 なら、いいさ。

 フランを使って俺は勝ちまくってやる。

 

 刀が去って、どうしてか俺はほっとしていた。

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