第47話 動物に寄せて

「可愛くない」

 とマン・ゴーシュは切り出した。


「あたしがニートの前進を阻んだとき、ニートは一度も右を確認しなかった。どうしてあいつは寄生虫が上がって来るタイミングがわかったの?」

「おそらく、わかっちゃいなかった」エロスがドレッシングルームの低い入り口を頭を下げくぐるようにして入ってきた。「誰か来ててくれ! ってお祈りしながら出すパスだ」

「何それ」

 憮然とマン・ゴーシュが吐き捨てる。


「そう馬鹿にしたもんじゃない。おかげでお前はパスを警戒できず、パスコースを閉められなかった。ノールックパスにはそんな効用もある。視野を確保しようと首を振ったそのコンマ何秒かのせいでDFが追いつき、パスコースが塞がれてしまうこともある。カウンター時は拙速で構わない。速さが重要だ。不労人間は、ボールを奪う度に雑だが速い攻撃を仕掛けてきた。それが奏功した。彼女たちは失敗を恐れなかった。うちも見習うところがある。


 冒険的なパスがつながらなかったとき、失敗したパスの出し手は他の選手達にどう思われるかを気にする。だから、パスの出し手を守る必要がある。


 繰り返して言うぞ。アタッキングサードでのミスパスを恐れるな。そこでボールを奪われてもボールの出所でどころを抑えればカウンターは防げる。不労人間は爪を隠していた。足の速いFWがいた。いくら点が欲しくても最終ラインは上げすぎるな」


 イメージを伝えるのは本当に難しい。

「受け手が走り出すのを確認してからではもう遅い。それだとDFに攻撃の意図を読まれてしまう。

 受け手がどう動いているかを考えてパスするよりも、敵DFがギリギリ取れないパスを考えた方がいいかもしれない。そのパスを取れなかったら、受け手が悪いんだ。そう考えろ」




「どうやら不労人間に、風の精霊使いがいるわ」

 ベンチに戻ったスタッフの外套がバタバタと風になびいている。彼女の目は真剣だ。

「風向きが、変わった?」

 俺はため息をついた。後半になったらきれいに風向きが逆になってる。また風下だ。


「円陣を組もう」

 ランスの呼びかけにマン・ゴーシュを除いた十人が集まった。

「コーチさ、おんなじ絵を描けみたいなこと言ってたよね」

 ククリが口を開く。

「うん」

「出し手と受け手で動物の絵でも描いてみようか」

「いいねぁ」


 不労人間からボールをぶんどると、写生大会が始まった。

手裏剣「ぞう」

ショーテル「かば」

手裏剣「惜しい……」

モーニングスター「惜しいのか……」


ショーテル「にわとり」

刀「きつね」


モーニングスター「へび」

錫杖「かえる」

モーニングスター「食われそうだな」


カットラス「くじら」

ランス「うま」


弓「スローロリスぁ」

ククリ「キンシコウ」

モーニングスター「レア過ぎィ!」


 何か変だ。

 高等遊民は目を丸くした。ヴァッフェのパスのリズムは一定だった。前半は。

 後半に入ると、テンポが不規則になった。読みづらい。

 パス回ししているヴァッフェに悲壮感がない。でもなんだか楽しそうだ。

 

 ちょっと動いた方がいい。不労人間ボールになると好奇心も手伝って高等遊民は中盤の底アンカーから飛び出した。ニートと寄生虫も駆け出す。ニートが落としたボールを高等遊民が引き取る。


 やはりお前だ。高等遊民。

 モーニングスターが腰の入ったタックルをぶちかます。

 狙われていた……? モーニングスターのパワーはえげつないものだった。吹っ飛ばされる。しかしすぐにモーニングスターに向かう。

 モーニングスターはリスクを考え、一旦、ティンベーにバックパスを送った。


ティンベー「鼻毛カッター」

弓「うさぎぁ」

モーニングスター「ないわー」

 

 弓はカットラスにパス。

 前半はイレ込み気味だったカットラスだが、動物の絵を描いているうちにだんだんと気分がやわらいだ。ククリに目を向ける。

 

 そろそろいくぜ?

 わかってる。

 ククリは左サイドに寄った。

 カットラスとククリはぐいっと接近した。

 

 失敗を恐れるな。

 そうだよ。サッカーはなかなか点が入らない。

 駄目で元々じゃないか。

 ククリがボックスに入ってゴールに背を向けた。カットラスがククリにパス。背中にDFを感じてククリはダイレクトにカットラスにパスを返し、前を向く。ククリに二人、DFがついていた。


 ここだよね。

 そこだな。


 逆風は確かにシュートを邪魔する。

 カットラスは柔らかく膝を使って右足を振るった。ボールをこすりあげるようにして順回転トップスピンをかける。DFのプレッシャーが来ないので時間をかけ慎重なキックを試みた。

 でも、こんなパスにはかえって好都合だぜ?


カットラス「かえる」

ククリ「かえる」


 山なりのふんわりしたボールがDFラインの頭上を抜け、風に殴られ走り込んだククリの目の前にすとんと差し出された。いつもならすっ飛んで来る高等遊民は今は前線だ。


 GK食客が両腕を広げ、大きな体で威圧するように迫る。

 いいね。それだけ大きいとさ、体のどこかにシュートが当たってしまうんじゃないかってさ。こちらとしては震えるよね。

「♪鬼さん こちら

  手の鳴る方へ」

 ククリは口ずさみながらキュキュっとフェイントを入れた。びくっびくっと食客の腕と足が暴れる。

 情熱を感じない対応だ。ククリは思った。これなら怖くない。本気でサッカーしてない。

 決心して突如、シュートを放った。

 まあ難しいよね。飛び込まないとシュートされたとき止める確率が減る。飛び込んだ時、相手がシュートを撃ってなかったら倒れた状態でその後を対応しなきゃなんない。結局さ、時間的余裕のある1対1は圧倒的にGKが不利なんだよ。同情はしないけど。

 ククリのシュートは食客の足下を抜けた。同点。


「うん……」

 エロスは立ち上がった。

「ようやく、芽が出たな。他のじゃ駄目なんだ。この花じゃなきゃ」

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