第44話 悩める高等遊民
大型バスが洋々と駐車場に乗り入れる。おっさんAが駆けていく。フランが声を上げ、うちの生徒達がピッチに飛び出していく。
挨拶を終えたおっさんAがデジカメを構え、選手達の様子を取っているのがエロスの目に留まった。
「試合を動画で撮ってもらえないだろうか」
「ああ、構いませんよ」
「巨人だ」
カットラスはつぶやいた。
ジャージ姿でバスから降りてきたFC不労人間の面々は大柄だった。180センチ台がゴロゴロしている。
「つまんね。乙女ロードってさあ、もっとこう……キラキラしてるのかと思ってた。蝶々が飛んでたりフリルの海が広がってたりしてさ」
「いや、世界は私が思ってたより素晴らしいものだってことを知ったよ。どれだけの時間があってもあれだけのコミックを読み尽くせはしない。同人誌も星の数ほどある、イカれてるわ」
「乙ゲー買ったんだ。早くおわらして帰ろう」
どやどやと選手達が荷物を抱えドレッシングルームに歩いて行く。おや、とエロスは目を見張った。
「Where are you from?」
「私は日本人ですわ」
「お前が、高等遊民?」
腰まで伸びた黒髪を真っ赤なリボンで蝶結びに束ねている。目つきが鋭い。どこかで見た、目だ。
ああ、昨日だ。俺の家だ。刺身を狙う猫の目だ。
「
東アジア人っぽい奴がいるなと思って尋ねてみた。
オランダに留学したのは、特に
わたしは、本場のサッカーを体験しようと、FC不労人間ユースのインターホンを押した。
そこは、想像していたのとはまるで違っていた。
そこの面子は向上心ってものが皆無だった。何事に対しても
東洋人に対する偏見は大したものではなかった。そんなの、プレーの質で跳ね返した。確かに、彼女たちは体が大きい。足が長い。でも技術を磨いて十分に貢献できた。
わたしの体が、ピッチを突き抜けて。
だんだん、練習が、物足りなくなる。チームメートは緩慢で闘争心すら乏しい。ネズミが走っていても一顧だにしない猫だった。監督もアマチュア。わたしとて別にサッカーで食べていこうと思ってるわけではない。でも。
「せっかく試合するんだから、勝ちたいとは思わない?」
「勝って何になるのさ。楽しめればそれでいいじゃない」
「負けちゃ楽しくないわ」
「勝つためにアホほど走るのなんて勘弁」
「サッカーは好きだよ。PS4 で死ぬほどやってるからね。そっちに還元できるものを探しにやってるだけだし」
「私は健康目的だなあ。ただ走るよかサッカーのがましだしね」
「サッカーって、女が本気出してやるスポーツじゃないし」
彼女たちにはプライドがないのだ。
負けても悔しいと思わないのだ。
わたしには、ある。
もったいないなあ、と思う。オランダはそんなに大きな国じゃないけど、スポーツ文化と環境は素晴らしいものがあった。様々な種目に優秀なアスリートを送り出す。ヴァイキングの血筋を継ぐ人々は生まれながらにアスリートだった。外国人に対して寛容で、ここを選んだことは正解だったと今でも思う。
わたしは、押しつけられるようにキャプテンマークを巻くことになった。
わたしは、日本人が少しずつ受け入れようとしている女子サッカーを見てもらいたくて日本遠征を企画した。思いの外、チームメートたちは乗り気だった。
シーズンオフになり次第、不労人間ユースは日本に飛んだ。
わたしが、甘かった。彼女たちの目的は、日本観光>サッカーだった。わたしはガイドを仰せつかり、通訳までこなした。昨日はアキバ、今日は池袋を巡った。
不労人間の入ったお隣のドレッシングルームは騒がしかった。負けずにエロスは声を張り上げる。
「今までやってきたスルーパスとフリーランニングの練習の成果を実らせよう。今日のテーマだ。
同じ絵を描けるよう、感覚を一つに
弓の様子をうかがう。
おとといは元気がなかったが、今日は大丈夫に見えた。
選手入場。
ピッチに立ってみると思いの外、風が強かった。スカートがぺちぺち選手達の太ももを叩く。
観客が、わずかに増えてる。
エロスにも欲が出てきた。こいつらの試合を観たいと思う人がいるんだ!
もっともっと、観客席を埋めたい。
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