第34話 小兵の生きる道

 椅子や机を軽く片して、ある程度のスペースを作った。

「フラン。手裏剣にパスを出せ」

 フランのインサイドキック。手裏剣がボールを止めようと右足を出す。

「ほい~!」

 俺は奇声を発して、手裏剣の足に当たりに行った。手裏剣は驚くほど華奢きゃしゃで、こびとかな? と思った。手裏剣はボールを止められず、ボールは大きく前に転がった。


 手裏剣は振り返った。おかっぱに左右に一つずつ団子を作った髪はまだ乾ききっていない。

「ねえ、今何か変なものが手に当たったんだけど!」

 手裏剣の声がやたら低くなる。

「どうでもいい」

 エロスはこともなげに言った。お前が小さすぎるのが悪い。 

「最悪……」

 この男は何かにつけてセクハラをする。きっと頭ん中はエロいことでいっぱいなんだろう。あたしが来ていなかったらきっとフランはこの男に丸かじりされていたに違いない。手裏剣はため息をつく。油断しないようにしないと。この前は刀が狙われていたし、今はあたし……見境がない男だ。そりゃあたしは可愛いからちょっかい出したくなるだろうけどさ。ああもうホントキモ過ぎ。


「もう一回だ」

 こうなったらあれだ。あたしのスピードで。

 フランのパス。足に薄く当てボールの転がる方向を変え、トラップと同時に反転、この男を抜き去る!

 つもりだった。あたしは床に派手に転がっていた。

「手裏剣ちゃん、パンツ見えてる……」

「ドスケベ」

 と手裏剣は立ち上がり俺に誹謗中傷。

「大体アンタみたいな大男に当たられて、かなうわけないじゃん」

「お前この前の試合でどんだけボールロストしたと思ってんだ? 自分で取り返せもしないくせに」

 ぶわっと手裏剣の目から涙があふれる。

「物言いがひどすぎます」

 すかさずフランが割って入る。

「サッカーで最も選手が無防備になるのがボールを止めるときだ。ボールを止めるときは体の力を抜き、ボールの勢いを殺さなければならない。


 お前がどんなにスピードに自信があっても、ボールに触るときだけはそこにいなければならない。ディフェンス側は簡単だ。ボールに触れる瞬間を狙ってお前の足に触れればいい。お前みたいなチビがそんなことをされたらトラップはおろかワンタッチプレーすらできない。そうしてお前は何度もボールを失い、最終的にパスをくれる者はいなくなった」

 なんて残酷な男だろう。

 確かにそうだ。それは現実だ。でも。

 フランはうつむく手裏剣を眺めるのもはばかられて、不自然に歩き出した。

 そしてエロスが自分に対してどんな不満を抱いているか、と考えて怖くなった。

 わたくしは殺されるかもしれない。



「手裏剣はバイタルエリアに張ってそこから動こうとしなかった。vitalには『極めて重大な』って意味がある。サッカーにおいてキモになるエリアってことだ。重要なエリアなので多くのチームは二人以上を配してここを封鎖する。現代サッカーではそこを攻めようとしてここに張り付いて動かない一流選手などいない。最も直近でもユベントス時代のジネディーヌ・ジダンまでさかのぼらねばならない。彼はいわおのような肉体で相手をね返しゲームメークをしていた。手裏剣、お前に同じ真似ができるか?」


「あたしは競り合いは負けるしタックルなんてできない。じゃあ何? ピッチから出て行けって言うの!?」

「何をしたら生き残れるか、自分で考えろ」

 あたしだってそれくらい解ってる。この男はあたしの目の前でわざとフィジカルの重要性をしつこくしつこく話した。そう、この前に来た時もだ。あれはあたしのことを話していたようなものだ。あたしに向かって話していた。そしてこの前の横浜戦……。あたしは何にもできなかった。もう、チームメートはあたしが視界に入っているはずなのにあたしを見ようとしない。

 あたしを使えない奴だと思っている。


「トップ下がやりたいの!」

「実に日本人らしい考えだ。だがその考えは相手チームがお前をマークするのを簡単にするだけだ。動き回れ。マーカーを混乱させろ」


 大体さ。そんなにバタバタと動き回っていたら肝心なところでスプリントするときにヘトヘトじゃないか。

「浦和の武藤を参考にしろ。小兵には小兵のやり方ってのがある。守備時には相手の最終ラインを追いかけ回せ。DFはそこでボールロストできない。1対1を挑めない。キーパーにバックパスさせたらお前の勝ちだ」

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