第32話 手倉森誠
「入って、どうぞ」
「失礼します」
そして性懲りもなく二人はミーティングルームにやってきた。
「サッカーの話、しよう」
そして手裏剣は勝手に椅子に座る。
「お前さ、スカート短すぎねえか?」
「あ、そういうのセクハラだよ。チクっちゃおうかな」
手裏剣のあまりの声の高さに頭を千枚通しで貫かれたような気分。
俺は寝ぼけ眼をこすって机から上半身を起こした。
……。これも仕事のうちなのか。仕方ない。フランに座るように促した。
「日本代表の話が聞きたいです」
「月の涙はどこ? ここ?」
また外で誰かが叫んでいる。スタッフは夜になり、漆黒の外套に身を包むと春先の雄猫みたいに騒がしい。
「ザックJAPANはアジアレベルでは強大な力を誇った。W杯アジア最終予選も最終戦が消化試合になるぐらい
「確かにアジアレベルではザック流の方が良いかもしれません。しかしW杯本戦ではハリル流の方が良いでしょう」
「ザックJAPANだっていつもラインを高くしてたわけじゃない。強豪相手にはリトリートしてたさ。ただし、リトリートに向いている国とそうじゃない国がある。例えばイタリア。DFが尊敬される国で守備戦術が洗練されている。そして平均身長が高い国。攻められてクロスを入れられても
フランは微笑を
「リオ五輪で日本が戦ったのはナイジェリア、コロンビア、スウェーデン。戦績は4-5、2-2、1-0。もしA代表でハリルJAPANがこの国々と対戦したらどうなるか。俺は全敗とみる。やはり、手倉森は日本人の中では優れた監督だと思う。ハリルJAPANにコーチとして入閣したのは単純にハリルを
「昔、仙台を率いていたとき、手倉森監督は武藤をレギュラーとして使いませんでした。後に浦和に移籍し、堂々レギュラーとして活躍しています。強豪である浦和でレギュラーになるのは大変です。これは手倉森監督に見る目がなかったと言うことになりませんか?」
「フラン。やっぱりお前は俺の言うことを理解していないな」
まあこの世にそんなことまですらすら自説を唱える中学生なんて存在するかどうか。
「浦和は確かに強豪だ。日本で最も選手層が厚い。だから大抵の試合で優位に試合を進める」
あっ……という顔をフランはした。
「だから浦和で武藤は活きる。下がって守備をする機会が少ないからな。
強豪浦和はJリーグでは相手を押し込むことが多い。すると必然的に武藤はフォアチェックの機会が増える」
「フォアチェックって何だっけ?」
手裏剣は椅子の上であぐらをかく。
「foreで『前の』って意味。リトリートせずに前線の選手が積極的にプレッシングに行くことだね」
とフランが解説を入れる。
「押し込んだ状態なので武藤は相手の最終ラインにチェックに行くことが多くなる。すると、この前、俺がした話に繋がってくる」
「相手はリスクを負えない、ということですか」
「そうだ。最終ラインでボールを奪われたら大ピンチだ。武藤はフィジカルは弱いので競り合いに弱いが、敵チームのDFはドリブルで持ち上がって武藤を抜き去ろうと
ところが、仙台ではどうだったろう。仙台はJ1ではさほど資金力があるわけではない。端的に言って低い方だ。ゆえに優れた選手を集めるのが難しい。どうしても受け身になる試合が多い。仙台はリトリートする場面が多くなる。すると、今度は武藤は苦手な競り合いをしなければならない。だから手倉森は仙台を率いていたとき武藤を重用しなかった。それでも仙台で優勝争いを演じて見せたのだから大したものだ。ともかく武藤は浦和に移籍してきて大正解だったな」
「浦和の関根を五輪の日本代表として選出すべきだったという意見もあります」
「日本から見るとナイジェリアもコロンビアもスウェーデンも格上だ。やはり押し込まれる展開が予想される。体をぶつける競り合いからは逃れられない。関根は更に軽量級だ。スピードはあるがやはり選べない。やはり浦和だからこそ活躍できる選手だ。
さて、そろそろ結論と行こう。『強大なチームと戦うときほどフィジカルが重要になる』
リオネル・メッシという世界最高の料理人はバルセロナというメガクラブにいるからこそ活かされる。一時期のアルゼンチン代表のように肉も魚も捕れないチームではメッシですら活躍できない。ダビド・シルバも同様だ。素材がないのに料理人だけ厨房に待機、いつまで
「手倉森JAPANは効果的にカウンターを仕掛けていたように思います」
「そうだな。中でもAFC U-23選手権準決勝イラク戦の先取点は
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