第2話 俺はストーカー

 着ていた制服で、彼女の通う高校はすぐに判明した。そのサッカー部のサイトを開くと、名簿に刀の名前があった。

 私立勲立高校。それなりに名門。学業に力が入れられているが、運動部にもそれなりに注力していこうと模索中のようだ。

 Bloodborneみたいなゲームをやるとステータスにポイントを割り振ることになる。すべてが優秀なキャラなどできない。

 だがしかしかし、お前らの人生においていずれかのクラスに一人はいただろう。


 何でもそつなくこなす完璧超人。


 勉強ができて、真面目、人望あつく、体育までこなしてしまう。  

 勘違いしている人もいるかもしれないが、学業ができる連中の方がスポーツもできる割合は高い。学業で発揮される集中力、洞察力を要する駆け引き、判断力、メンタル……は、スポーツでも有用。

 そして部活動の歴史は浅いものの勲立の生徒もそれなりの成果を挙げ始めていた。


 さて。

「俺の刀は……」

 眼前、一面にのどかな草原が広がっている。若々しい羊たちがわたわたとボールを追う。そこに異質なものが一匹、忍び寄る。


 狼だ。


 背番号9番。長い足を利してボールを奪うと、しゃにむにゴール前に切り込んだ。ポニーテールに結われた純白の髪が揺れる。彫りの深い顔から伸びる視線はボールではなく、相手の足をとらえていた。動きを読む。駆け引きをしている。タイミングを見計らって鋭く身を翻し反転すると一人、二人とかわす。追いすがる相手を寄せ付けない膂力も大したもので、右足を振り抜くと顔を背けるキーパーの鼻先を悠然とすり抜け、ボールはネットに吸い込まれた。

「やっぱりフランベルジュだよ」

「アンダー世代じゃ相手にならんわ」

 観衆がつぶやく。


 ヴァッフェ東京はなでしこリーグ2部に所属している。で、今、観てるのがヴァッフェの下部組織の練習試合だ。刀の経歴を洗っていくと主にここで活動していることが判った。


 ざっと観たところ、ヴァッフェにはうまい選手は他にもいた。特に10番が目についた。小鼠こねずみみたいに動き回るテクニシャンだ。しかしどうしたことか攻めていても最終的にぐだぐだになってチャンスを作れない。観ているうちにまたも9番フランベルジュが独力で突破、ゴールを陥れた。


「ああ、いたいた」 

 刀はベンチに根を張っていた。試合を観ているのかいないのか。あご杖を突き大きなあくびをする。


 俺は買ったばかりのサングラスをかけると試合中のグラウンドを回り込みずかずかベンチに入っていった。

「これじゃフランベルジュのワンマンチームだ」

「やっぱりそう思われます?」

ネクタイをきっちり結んだ、背広を着たコーギーを思わせる男が応えた。つまり足が異様に短い。

「どんな練習をしているんだ?」

「いやですから僕は貧乏くじを引かされた格好でして……。半ば強制的に親会社から出向させられているわけなんですよ……」

「刀を出すべきだ」

「……ああ! そうしましょう。そうですね、フランベルジュは通用すると判ってますから、刀を試すべきですよね」

 おっさんは熟睡している刀に声をかけた。刀はベンチから転げ落ち、慌てて立ち上がると走り出した。しかし間もなく俺を認めて足を止めた。

「よお」

「おぬし、それがしを手籠めにしようとした物狂ひではないか……」

「交代みたいだぞ。アップしておけ」

 唇を結んだまま刀は走り出した。

 おっさんが審判に用紙を手渡すと審判は選手交代ボードに9と18の数字を並べ、そして掲げた。

「わたくしが!? まだ前半だぞ!? 何故なにゆえだ?」

「ちょ、ちょっと……」

 審判が止めるのも聞かずフランベルジュは猛然と駆け寄るとおっさんのワイシャツに手をかけた。えいやっと踏ん張って地面に叩きつける。

「サッカーが好きでもないくせにどうしてそこにふんぞり返って立っている!」

「いやもう立ってないだろ。お前にぶっ倒されて泡吹いてるわ」

 俺の間抜けなセリフにフランベルジュは呆れ、俺に目をくれ、審判にうながされベンチに座った。代わって刀がピッチに入る。


 フランベルジュが刀に代わって、ヴァッフェが少しずつ押され始めた。ボールを受ける技術も、ドリブルも明らかに劣っている。シュートは打てず、それどころかフランベルジュが前線でどんなにボールを追いかけ回して相手を困らせていたかが如実に見える結果になった。押し返され、一方的に攻められ、一度ゴールを奪われると総崩れとなって四点を奪われた。


「負け……ましたね」

 おっさんがつぶやいた。

「練習試合だろ? こんなところで本気出してもしょうがない」

「なるほど」

 ……まあ、刀の元気な姿が見られてよかった。

「あなたはサッカーについて確かな見識をお持ちだ。もしかして、サッカーのコーチのライセンスをお持ちでは?」

「当たり前だ」

「あの……後で少しお話をしたいのですが」

 来た! 動揺を隠しながら答える。

「わかった」

 もしかしたら。とは思っていたのだ。

「フランベルジュさん。後のことはお任せします」

 フランベルジュは黙ってピッチに向かうと、試合に出たメンバーで整理運動クールダウンを始めた。

「では、参りましょうか」


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