志願兵

 コロナ禍で仕事を失った。

 元自衛官の渡辺聡は退官後に就職した会社が潰れた。

 体力には自信があったので、配達員をやってみたが、思った程には稼げない。

 現実はこんなもんだ。

 仕事も無く、退屈な日々が過ぎている。

 そんな時だった。

 ロシアがウクライナに進軍した。

 ネットニュースで見て、凄い事が起きたと思った。

 だが、所詮は外国の話だった。

 毎日、流れる戦争。

 思ったよりもウクライナは善戦をしている。

 どこか他人事でありながら、元自衛官として、興味は惹かれた。

 

 在日ウクライナ大使館のSNSが志願兵を募集していた。

 暇を持て余していた渡辺は何気にスマホでそれを見ていた。

 志願兵なんて、まともな奴がする事じゃない。

 生きて帰れない可能性は高いし、生きてたとしても負け戦なら報酬さえ得られないかもしれれない。

 だが・・・惹かれた。


 家も私物も処分して、ポーランドに渡辺は居た。

 親や兄弟にも友人にだって、内緒で日本を出た。

 ウクライナ軍の関係者が集まった志願兵に説明をしていた。

 英語であったが、大卒とは言え、左程、英語が得意では無かった渡辺は何とか聞き取るので精一杯だった。

 説明が終わり、契約書が渡される。

 これが最後の一線だった。契約書を交わせば、もう、ウクライナ軍の兵士である。

 逃げる事は即座に逮捕される。

 渡辺は緊張しながら、安物のボールペンで契約書にサインをした。

 契約書を受け取った係官は笑顔で「ようこそウクライナへ」と英語で言ってくれた。

 契約書の代わりに手渡されたのが銃器以外の装備一式だ。

 着替えを終えて、渡辺達はウクライナ行きの列車に乗り込んだ。

 幸いにも同じ日本人が何人か居た。

 どれも自衛隊上がりだ。自衛隊どころか傭兵の経験もある連中だった。

 間島と言う男はチェチェン紛争にも行っていたと言う。

 「傭兵経験は無いのか。言葉は最低限、喋れた方が良い。ここに集まった連中は経歴がどれも違う。自衛隊とは違って、同じ動きをしてくれるわけじゃないからな。ウカウカしていると置いていかれるぞ」

 間島に傭兵のイロハを教えられる。今更、大変な所に来てしまったと渡辺は思った。

 だが、列車は国境を越えて、ウクライナへと入った。

 向かう場所の詳細は知らされていない。情報漏洩を避ける為だろう。

 一個中隊程度の志願兵部隊は何も解らないまま、到着した駅で降ろされた。

 そこには指揮官となるウクライナ軍の将校が居た。

 「君らはキーフ防衛の為に作戦に従事して貰う」

 その言葉にここがキーフに近い場所だと解った。

 すでに包囲網が築かれようとしているキーフにそのまま、入れるわけも無い。

 作戦はキーフ包囲網を築こうとするロシア軍への攻撃であった。

 「武器を渡す。慣れるまでに3時間を与える。使い方が解らない奴は指導を受けろ」

 ウクライナ軍の兵士から銃器が渡される。

 適当に分けられた部隊で、適当に分けられた職種。

 与えられたのはマリュークであった。

 

 マリュークはウクライナ軍が採用したブルパップ式自動小銃で、基本的な構造は旧ソ連が開発したAK74である。

 新型銃として開発が進められ、ヴェープルが開発された。AK74をベースにしているだけあり、全体的に面影が残っている。そこから更に開発が進められたのが、マリュークである。ただし、配備が始まったのが、最近の為、ウクライナ侵攻時ではまだ、ウクライナ軍の大半はAKー74やAKMを装備している。


 本来なら志願兵に渡されるような代物では無いが、多分、配備前の倉庫で眠っていた物を慌てて避難させたのだろう。使える物をどんどん、渡しているに過ぎない。

 自衛隊ではブルパップ式銃は無いので、渡辺は初めて、触れる。構えた感じは独特な感じだった。

 弾に余分は無い為、試射は数発。

 顔の真横で撃発が起きて、空薬莢が飛ぶのは正直、慣れないと嫌な感じだった。しかし、コンパクトなスタイルは携帯に適しており、使った事のある64式、89式自動小銃に比べても軽かった。

 部隊は小規模に抑えるべく、10人程度の分隊に分けられた。

 志願兵の役割は長距離偵察である。

 対戦車兵器はほとんどない為、車両への攻撃はしないが、敵地深く入り込み、ドローンの支援をしたり、敵情を確認するのが役割だ。

 目立って戦闘をする事は求められて無いが、危険な任務だと言える。

 指揮官はウクライナ軍の下士官。

 かなり若い感じで不安だった。

 集められた兵士は雑多な感じだが、皆、血気盛んだった。

 特にフィンランド人のオポコネンはロシア人を皆殺しにすると息巻いている。

 

 地の利を活かして、道なき道を徒歩で移動する。

 雪解けの大地は泥沼と化し、まともに歩く事さえ難しい場所が多い。

 指揮官の下士官は道を知っているようで、それらを回避しながら、キエフ郊外へと移動した。

 久しぶりの行軍に渡辺の体力は限界に近かった。

 「だらしないぞ」

 笑いながら同じく息を切らすイギリス人のロイ。

 25キロの行軍を終えて、我々は目的地へと到着した。

 キエフ郊外だけあり、携帯電話が使える。下手に無線機を使うより、敵に悟られ難いという事から、連絡は携帯電話で行われた。

 道路には軍用車両が多く停車している。

 「ロシア軍は何故、動かないんだ?」

 渡辺は同僚に尋ねる。

 「さぁな。だけど、故障している車も多いみたい。あれなんか、完全にパンクしている」

 整備の悪いロシア軍の車両が故障するのは当たり前だったが、それでも全体で言えば、数パーセント。行軍の妨げになる程ではない。

 「座標を知らせた。これから攻撃が始まる。戦果の確認をしろ」

 指揮官の命令で全員が目を凝らす。

 攻撃の多くはドローンか砲撃による物だ。

 低空で攻撃型ドローンが侵入して来て、対戦車ミサイルを放つ。

 一瞬にして、装甲車が吹き飛ぶ。

 燃え上がるトラックの車列。

 「ロシア軍は対空防御をしないのか?」

 渡辺は不思議そうに同僚に尋ねる。

 「奴等は練度が足りないな。逃げるので精一杯だ」

 ロシア軍の兵士達はまるで烏合の衆のようだった。

 士気、練度の低さは目に見えた。

 

 渡辺達は戦果を確認して、報告を終える。

 敵の大まかな情報はドローンや人工衛星から得られている。

 我々にそれに従って、敵に近付き、更に詳細な情報を得るだけだ。

 ロシア軍は周囲に警戒を怠っている。思ったよりも容易く近付けた。

 だとしてもこちらも警戒を怠ってはいけない。

 どこに敵が現れるか解らない。

 本来ならば、敵が車列の周囲をパトロールするのは当然なのだから。

 そして、それは唐突に起きた。

 敵のパトロール隊の遭遇。

 起きるべくして起きたと言える。

 ロシア軍の兵力も10人程度。手には光学照準器を載せたAK74やRPK。

 互いに出会い頭だったので、互いに慌てる。

 向こうの練度は低いと言ってもこっちも寄せ集め。

 動きは似たようなものだ。

 自衛隊で学んだ通りに動く渡辺だが、他の奴も同じでは無かった。

 だが、それでもやらねばやられる。

 「撃て!撃て!」

 指揮官が叫ぶ。そうでなくても撃つ気は満々であった。

 構える。ブルパップ独特の構え方はまだ馴染めなかったが、光学照準器の中に敵兵が見える。自衛隊時代はアイアンサイトしか無かったから、敵をこれだけクリアに見て撃つなんて考えなかった。

 セミオートにて、発砲を始める。空薬莢が顔の真横から飛び散る。

 数発の後、照準から敵兵が消えた。

 撃ったのだ。

 初めて、人を撃った。

 戦争だった。

 銃弾が頭の上を飛び越す時の空気を切り裂く音。

 激しい銃声は演習の時程には五月蠅くなかった。

 気持ちが上がる。

 逃げ出すロシア兵の背中が見える。狙う。撃つ。

 一瞬で彼はその場に倒れた。

 数分の戦闘。

 全てが終わった時、ロシア兵の大半は倒れ、2人の兵士が泣きながら、両手を上げている。こちらの損害は無い。

 圧倒的な勝利だった。

 「銃声で敵の本隊が来る可能性がある。捕虜を連れて、撤退するぞ」

 指揮官が叫ぶ。

 渡辺は後方を確認しながら、2人の捕虜を連れて、その場から立ち去った。


 長距離偵察任務を終えて、駐屯地へと戻った。

 捕虜を本部に引き渡し、弾薬の補給と食料を得るためだ。

 初めての戦闘。

 指揮官もこれほど、上手くいったのは初めてだと言っていた。

 戦闘になれば、双方に損害が出るのが普通だ。相手だって死にたくないのだから。

 「よう、戦闘処女は卒業したな」

 とロイが笑いながら言う。

 「俺が撃った奴は死んだのかな?」

 「死んだと思うのが普通さ。だけど、簡単に人は死なないからな。確認したわけじゃないなら、生きてるかもな」

 そんなものかと渡辺は思った。生きていようが死んでいようが、俺は人を撃ったと渡辺は思いながら、出されたキャベツとジャガイモのスープを啜った。

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