壊された私たちの世界

 ガタ・・・ゴト・・・

 バスが粗い路面をゆっくりと走る。

 車内は窓を全て鉄板で塞がれ、運転席と客席はフェンスで隔絶されていた。

 僅かな車内灯に照らされる客席に座っているのは皆、10代の少女達だった。

 皆、暗い顔で静かにしていた。そして、その手には手錠がされている。

 バスは静かに停車した。

 運転席の隣に座っていた一人の女性が立ち上がる。

 「降車する。準備しろ」

 バスの扉が開いて、別の女性が入ってきた。

 「ご苦労様です」

 女性達は互いに挨拶を交わすと、車内を隔絶するフェンスの扉にある鍵を外す。

 「降りろ」

 女性達に言われて、少女達はバスから降りる。そこはどこかの運動場のような場所だった。

 「さっさと並べ」

 少女達を囲むように制服姿の女性達が居た。彼女達に命じられて、少女達はその場に並べられた。

 「手錠を外せ」

 少女達の前に立った中年女性が険しい表情で他の女性達に指示する。それに従い、彼女達は少女達の手錠を外した。

 「良いか。ここは厳重な警備が施されていると同時に・・・無人島だ。逃げ出せば、死ぬしか無いからな」

 中年女性は少女達に絶望を与えるように告げる。

 「お前たちが生きて、元の社会に戻る為には義務を果たすしか無い。これまで、お前らが果たさなかった事だ。それをしっかりと果たして、生きて戻って来れた時、再び、元の社会へと戻れる。良いな」

 中年女性の冷徹な言葉に誰もがただ、聞いているしかなかった。

 「所長の挨拶は終わった。全員、教室へと移動しろ」

 女性に指示され、少女達は建物へと入った。

 ここには幾つかの建物がある。その一つが校舎と呼ばれる建物だ。

 この中には教室と呼ばれる部屋が幾つかあり、少女達はそこで様々な教育を受ける。その教育は全て、この先、少女達が果たさねばならぬ義務の為である。

 少女達は整然と並べられた席に座る。彼女達を見張るように前後に制服姿の女性達が立っている。彼女達の手には警棒が握られている。

 「全員、立て」

 突如、一人の女性が入ってきた。その指示に従って、少女達は立ち上がる。

 「姿勢を正せ。礼・・・着席」

 女性の指示に従って、少女達は礼をして着席した。

 「ふむ・・・まぁまぁだな。お前たちは屑だ。どうしようも無い屑だ。社会の屑である。まともに税金も払わず、労働も勉学もしない。国民としての義務を一切、果たさない屑だ。だから、ここに集められた。それは解っているな?」

 女性の言葉に少女達は暗い顔になる。

 国家義務違反法

 それは納税、労働など、国民として果たさねばならぬ義務を果たさない物を処罰する法律だった。その処罰方法は身柄を拘束した上で、強制的に義務を果たさせる事だった。

 集められた少女達の多くは犯罪者や引き籠りなどだった。犯罪者と言っても禁固刑以上の重い罪では無く、大抵は万引きなどの常習犯である。

 皆、ここに至るまでに教育と称する厳しい指導を受けている為に、誰も暴れたり、悪態をつくなどの行為はしない。酷い体罰もこの法律で収容された者には許されているからだ。

 「お前らのような屑でもやれる事は、命を捨てる覚悟で戦う事だ。これがその道具である」

 女性はそう告げると、一丁の自動小銃を掲げた。


 豊和工業製 六四式小銃


 1964年に自衛隊に正式採用された自動小銃である。戦後初の国産自動小銃であるが、開発に関しては戦前に試作された四式自動小銃の影響も受けているとされるが定かでは無い。

 経緯としては米軍から貸与されていたM1ガーランドや戦後に大量に余っていた九九式短小銃が旧式化してきた事から次期主力小銃の選定が始まった事である。すでに世界中では自動小銃が一般的となり、アメリカでは小口径高速弾を用いる時期主力小銃の選定にすら入っている時期であり、この手の自動小銃の開発としては一歩、後れを取る形であった。しかしながら、手本とすべき物が多く存在する為、開発は様々な要素を考慮する事が出来た。しかしながら初の国産自動小銃となる為に大幅な設計変更などを超え、開発がされた。

 銃としては当時のバトルライフルと分類される自動小銃の中では小型である。連射速度も低い。それは用いられる弾薬の装薬量を減らしている事で反動も下げている事もあり、命中精度も高くなっている。ただし、当然ながら、弾丸の威力は下がっている。そして、レギュレーターの変更によって、NATO軍規格の弾丸も用いる事が出来たが、暴発の恐れがあるという欠点を抱えている。

 すでに一線部隊では89式小銃と交換されている。後方部隊において、一部、残されているがこれも順次、交換されていく予定である。老朽化した本銃は訓練の為に多くの分解、組立が行われた結果、部品の結合が甘くなり、部品が脱落しやすくなっている個体もあるとされ、ガムテープで固定される物もあるとされる。

 

 「お前らに与えられるのはコレと弾倉が3本である。そして、これが銃剣だ。弾が無くなれば、これを銃に装着して、敵陣に突撃する。良いな。お前らに後退は許されない。もし、生きて帰りたければ、目の前の敵を殲滅しろ。敵が死に絶え、それでも生きている者が居れば、帰る事が出来る」

 教官の厳しい言葉が教室に響き渡る。誰もこの言葉に抗えない。ただ、目の前に無残に晒された現実を受け入れるしか無かった。

 机の上にはボロボロの小銃が教官によって置かれていく。それはこれまでの歴史を感じさせるように傷付いている。

 「分解手順の紙を渡す。これを確認しながら、各自、分解を始めろ。教官が見て回るから、間違っている者はその場で罰を与える。間違えるなよ。大事に扱え。それがお前らの身を守る唯一の道具なんだからなぁ」

 教官の指示を聞きながら黙々と作業をするしか無かった。

 

 日本は5年前から戦争をしている。嫌、正確には国連軍として、戦争に参加している。日本は戦場になっていないので、あまり実感が湧かない者が多い。だけど、多くの自衛官が命を落としている。世界が亡ぶとまで言われている戦争だけに日本も総力を挙げて戦争に参加しているからだ。

 敵は異世界から現れたザイフトと呼ばれる軍勢。体を捨て、脳だけの存在となった知的生命体だった。彼らは資源などを求め、異世界への移動手段を開発したのだ。そして、奪う為にこの世界に侵攻を始めた。

 

 「敵はザイフトである。奴らは身体の全てを機械にしている。その為、撃たれても簡単には機能を停止しない。ヤルなら強固な保護容器に入った脳である。ここだけは奴らは機械化せずに生体である。こいつを潰せば勝てる」

 連日、教官達による戦闘知識が叩き込まれる。私たちは僅か1カ月で戦場へと放り出される。単なる捨て駒だが、捨て駒なりに使えるように叩き込まれている。ここにいる教官達はどのような気持ちで私たちに教えているのか解らないが、かなり熱心で、厳しかった。

 誰もがこれまで味わった事の無い日々。

 毎日、走らされ、何かある度に腕立てやスクワットをさせられ、知識を叩き込まれる。クタクタになった頭と体は、全てが終わるとただ、眠るだけしか無かった。

 

 苦しい1カ月が過ぎた。

 途中で倒れた者も何人か居た。彼女達は決してこの地獄から解放されたわけじゃない。早々に戦場に投じられただけだった。それが合法的な処刑である事は誰もが理解していた。

 たった一カ月ではあるが、残った者達は精悍な顔つきになっていた。社会不適合者ばかりだった集団は徹底した訓練の中で、集団生活などを手に入れていた。

 彼女達は自衛隊が使っていた旧式の迷彩服や装備が渡された。それらは当然ながら、コストを下げる為の配慮である。

 「全員、乗り込め」

 島からバスと船を乗り継ぎ、飛行場へと連れて来られた少女達は軍用輸送機に乗せられた。それから何度か給油の為の着陸はあったが、飛行機は無事に目的地の飛行場へと到着した。

 降ろされる少女達。

 「お前ら、これを装着する」

 教官達は少女達の首に犬が着けるような首輪を装着した。

 「それは爆薬が仕込まれている。命令違反や敵前逃亡したら、爆発して首が無くなる。そういう仕組みだ。無駄に死にたく無かったら、しっかりと働け」

 冷徹な教官の言葉に全員が彼女を睨みつける。この程度でショックを受ける事など、今の彼女達には無かった。ただ、怒りがこみ上げるだけだ。

 首に爆薬を装着した少女達はそのまま、トラックに乗せられる。

 このまま、最前線へと送り込まれるのだ。


 青島

 かつての大国は経済の急速な悪化が民主化革命へと繋がり、内戦の切っ掛けとなった。アジア全域を巻き込むように戦火は拡大していた。これと同時に世界経済も崩壊へと進み。現状では世界中が戦禍に巻き込まれている。

 政府は自国防衛を掲げ、大国へと侵攻した。青島はその橋頭保となる場所だった。多くの自衛官がこの地に投じられているが、これ以上の侵攻は出来ずにいた。大国は人海戦術にて、休む間もなく押し寄せるからだ。最新鋭の防衛機材によって、戦局は圧倒的に有利ではあったが、敵を後退させるに至ってはいない。

 この地に少女達は送り込まれた。誰もが、ここが何処かなど知らされていない。彼女達に何かを知る権利など無い。ただ、言われた事をやればいいのだけだから。

 「銃を渡す。実弾と銃剣は作戦直前に渡す。全員、トラックに乗れ」

 教官が厳しい口調で彼女達に指示を与える。その様子を周囲で見ていた自衛官達はどこか悲し気な目で見ている。

 少女達は不安そうにトラックの荷台に乗り込む。その時、一人の自衛官が近付いていた来た。

 「これでも飲みなさい」

 それは段ボールに詰められたペットボトルのジュースだった。

 「すいません。彼女達に差し入れはちょっと・・・」

 困惑気味の教官が彼にそう告げる。

 「良いじゃないか・・・これぐらい。私にも彼女達ぐらいの子どもが居る。他人事じゃないような気がするんだ。もし、何か問題があるなら、私が責任を取ろう。それで良いだろう?」

 「し、しかし・・・解りました。全員、二佐からの有難い差し入れだ。受け取れ」

 冷えてはいなかったが、久しぶりの甘いジュースに皆が嬉しそうにトラックの中で飲んだ。


 数時間、トラックに揺られた。

 トラックの荷台から外を覗く事を許されない少女達はただ、暗がりで揺られているしかなかった。

 突然、銃声が聞こえた。少女達の緊張感が高まる。

 トラックが急ブレーキを踏むので、全員が前へと倒れ込む。

 「到着したぞ!全員、降車しろ!」

 教官がトラックの外で大声を張り上げる。それですべてを理解した。

 

 ここは戦場なんだ


 少女達は慌てて、トラックの荷台から飛び降りた。

 そこは何処かの平原だった。

 「全員、整列をしろ!」

 教官に怒鳴られて、少女達はいつものように整列をする。

 「これより弾を配布する。大切な弾だ。無駄にするなよ」

 教官から実弾の詰められた弾倉が配布される。ズシリと重い箱型のそれを受け取った時、少女達の心は沈んだ。

 「作戦は簡単だ。これより、前方1キロ先にある村を占領する。そこには敵が1個小隊程度、存在している事が確認されている。我々、本部はここで占領の報告を待つので、お前たちだけで占領をして来るように」

 教官は冷たく言い放った。すぐに分かる事だった。教官が危険な作戦を直接、指揮を執る事などあり得ない。彼女達はあくまでも少女達の監視が任務なのだから。

 

 作戦の指揮は少女達の中から選ばれた級長が行う事になっている。

 皆が知っている。一人でも勝手をすれば、全滅する。だから、指揮に従うしかなかった。それは生き残るための当たり前の事となっていた。

 「1班と2班は街の南側へ残りは東側から攻める。攻撃開始は0615時」

 少女達は歩き出した。

 「全員、着剣しろ。敵の歩哨や偵察に出会う可能性があるから、見付けたら・・・殺して」

 班長の少女がそう告げる。淡々とした口調でそこに殺意とかそんな事は感じなかった。ただ、皆、与えられた仕事をやるだけの感じだった。

 銃剣の刃を砥石で研ぐ。元々、自衛隊の使う銃剣の刃は通常、切れないようにされている。直前に刃を入れる形を取っているからだ。そして、銃身にリングを通すようにして着剣装置に固定する。

 最近では銃剣を装着しての戦闘は想定されていないが、そもそも訓練に不足のある彼女達は最終手段として、銃剣突撃を徹底的に叩き込まれている。その為に彼女達の戦闘では必ず、着剣をしている。


 少女達は村へと近づいた。破壊された村には確かに銃を携帯した武装勢力が集まっている。相手の詳細な情報は彼女達には無い。ただ、作戦に従って戦うだけだった。

 「村の周囲にレンガ造りの壁があるから中を確認が出来ない。入り口は南側に大きな入り口、東側に少し小さな入り口、北側に破壊された壁の穴がある」

 偵察に行った少女達が報告をする。級長の少女はそれらをメモ用紙に書き込む。

 「いい。作戦通りに行くわ。合図は私が2発を発砲するから、それを聞いたら、全員、村に突入して。ビビって立ち止まったらダメよ。そこで生き残っても敵の残党捜索で必ず殺されるわ」

 級長の真剣な言葉に全員が息を飲む。

 少女達は動き出した。二手に分かれた少女達は突入準備を始める。


 弾倉を叩き込み、銃上面に排莢口にある爪を引く。

 右側にあるセレクターレバーを動かす「ア」「タ」「レ」の表示を「ア」から「レ」に変える。これで連発が可能になる。

「みんな・・・良い?」

 級長は目の前に居る少女達に尋ねる。そこにいる少女達は緑と黒のドウランを顔に塗りたくり、まだ、あどけなさの残る顔を隠している。だが、その瞳はギラついていた。

 級長は銃を構える。その先には南の門を守るように立つ男に向けられる。

 級長は静かに引き金を絞った。

 銃声が鳴り響く。予定通り、二発の銃声が続けざまに響き渡った。

 男は一発の銃弾を胸に受けて、弾かれたように吹き飛ぶ。大口径のライフル弾は大の男でも吹き飛ぶ威力だった。


 掛け声が上がる。

 少女達は一斉に茂みから飛び出した。手にした小銃を振りかざし、門へと近づく。銃声に気付いた敵も姿を見せる。何人かの少女が伏せて、銃を構える。そして発砲した。大口径のライフル弾の反動は減装弾でも強い。少女の肩に強い衝撃を与えるが、それでも彼女達は冷静に狙いを定め、敵の腹や胸板に銃弾を叩き込む。

 級長は門へと飛び込んだ。多くの敵兵がそこにいた。少女達は銃を撃ちながら飛び込む。村の中は混乱状態だった。突然の敵襲に武器も持たずに飛び出す男に飛び掛かり、銃剣で貫く少女。貫いた銃剣を抜いた時に飛び散った血が少女の顔を汚す。

 地獄のようだった。飛び交う銃弾は少女達も掠める。

 「431番が撃たれた!」

 銃弾に倒れた少女を庇う少女。

 「後回しだ!撃て!撃て!」

 仲間を助ける間すら無い。彼女達はとくかく撃ち、刺すしかなかった。

 級長は村の中心まで進んだ。

 「なっ」

 彼女は驚愕した。その時、爆発が起きて、彼女の体は四散した。

 彼女が最期に見たのは戦車だった。すでに旧式化した戦車だったが、対戦車兵器を持たぬ彼女達にとって、それは脅威以外、何者でも無かった。

 「戦車!戦車!級長と3人がやられた!」

 被害を免れた少女が叫ぶ。

 誰もが解っていた。戦車に小銃だけで挑むなど無謀だと。

 だが、やるしかなかった。無謀でも生き残る為にやるしか無いのだと、短いながら厳しい訓練で彼女達は躾られていた。

 「手りゅう弾をみんな、貸して、私があいつの足回りを爆破する」

 一人の少女が手りゅう弾を集めて、補修用のテープで纏める。

 「大丈夫?」

 他の少女達は心配そうだった。

 「援護・・・お願い」

 そう言い残して、少女は駆け出した。元陸上部だった彼女は足に自信があった。快速を活かして、一気に戦車に迫る。他の少女達は必死に銃を撃って、戦車や敵の歩兵を牽制する。

 あと少しで戦車に近付けるかと思った時、戦車の主砲基部にある同軸機銃が彼女の足を千切った。大口径の機関銃弾は軽々と少女の右足を切断する。血を噴き出しながら地面に転がる少女。痛みで意識を失いそうだった。

 あああああああ!

 悲鳴は銃声に掻き消される。

 誰もがダメだと思った。だが、脚を吹き飛ばされた少女は片腕を伸ばし、進んだ。転がるように戦車に近付いた彼女は身体ごと、戦車のキャタピラへと飛び込んだ。身体は転輪に巻き込まれ、その華奢な身体を轢き潰す。その瞬間、爆発が起きた。

 吹き飛ぶ転輪と履帯。

 戦車は動きを止めた。

 少女達の頬に涙が流れた。

 「突撃!」

 誰かが叫んだ。全員が渾身の力で立上り、駆け出した。

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