ゆりコメ!~第二話~

ひな+たま

第二話(1)

第二話「うらら×ハル」


 見せてやりましょうか、必殺起床術!

 目覚ましが鳴り響くせつ、ふとんを蹴り飛ばして即座に直立、からの倒立!

 身体さえ強引に起こしさえすれば、ほら、頭もすぐに覚醒してきたぁあ!

 という夢を見て、設定時刻の二十分後に起きた。

 ダメすぎる。

 わたし、がわうららは人間的にダメすぎるんです――


 高校卒業前の冬、わたしは決めた。

 自立した大人になるのだ、と。

 大学生活をはじめるにあたって、住む場所をわざわざ街のど真ん中に決めたのも人生修行のため。

 あえて身を置く戦場、それで人はする成長。

 そんないんを踏みながら決意を固め、街へ旅立ったわたし。

 だけど、都会は強かった。表ボス撃破直後に現れる裏ボス並みだった。

 田舎の最大戦闘力である祭りですら雑魚ざこキャラ扱いの、繁華街の殺人的人混み。

 初日にぶつかって怒られて、怖くて以後三日の外出は早朝と深夜のみ。

 しかし、わたしはあきらめなかった。

 一日一日、繁華街の人混みに滞在できる時間を延ばし、一週間が経過した入学式の前日には、ついに街を自在に歩けるほどの進化をげたのだ。

 はい、これ都会の小学生レベルですね。

 こんなことが大変に思えるほど、社会的な経験値がわたしには足りないのです。

 ああ、もう絶望的なまでに。


 わたしが十八年間住んでいたのは、一日にバスが四本しか走っていない山奥の田舎町――から、さらに三十分ほど自転車で山道を抜けたところにある、人口三十名あまりの村落。

 通っていた小学校の全生徒数は多い年で五人、少ない年は二人。

 地域一帯で統合した中学校でも全校生徒四十名。

 高校は生徒数が百名だったから、まともな授業が受けられると思いきや、わたしが選んでしまった商業科はよりによって廃止寸前のコースだった。

 そこで行われたのは、クラスメイトが女子四人という超少人数制授業。

 しかも、他の三名は同じりように暮らす仲良しだったけど、わたしだけ実家から往復三時間掛けての通学だった。

 みんな親しくしてくれたが、結果できあがったのは「三人の親友&チビのマスコット珍獣うらら」みたいな関係である。

 家が遠すぎたせいで彼女たちと一緒に出かけたのも、修学旅行しかない。

 こんな経歴だから社会的な経験値、とくに同世代の人間関係の経験値が低すぎるわけなのです、わたしは。


 しかも、中学高校どちらも帰宅部だったのも問題だ。

 帰宅部だったのは、放課後に残ってしまうと、家路が死へといざなしつこくの闇に包まれるから。

 死へと誘う漆黒の闇。

 それは中二病的表現でなく、逃れられぬ事実。

 うつそうはんする木々に月光がさえぎられれば、眼前の手すら目視できぬ真の闇だ。

 その真なる闇を知りたければ、うん、窓のない狭いトイレで電気を消すがよい。

 いやもう、目の前の数センチ先でさえ何も見えないのですよ。

 だから、超強力ライトつきヘルメットを装備しても、帰りのとうげみちは命がけ。

 真っ暗な中、頼りになるのは前を照らす明かりだけ。

 不意に現れる石や木の枝、さらにはタヌキ。

 ハンドルを切り間違えると即座にがけしたに落下してリアルゲームオーバー。

 そして、ライト目指して飛んでくる巨大昆虫が痛い。刺さる。

 電車に一本でも乗り遅れれば、そんな惨劇の帰宅が待っていたから、放課後はすぐに帰らなければならなかったのだ。

 おかげでわたしは、学校帰りに友達とガールズトークを交わした思い出も、部活動で血と汗と涙を流した記憶もなく、身体ばかり大きくなってしまったわけである。

 あ、訂正。

 小学六年生からピタリと成長が止まったから、身体も子供、頭脳も子供ですかね。

 それはともかく、そんな自分を変えたいと思ったから、都会という修行空間で独り暮らしを始めたというのに、ああもう、これで寝坊は何度目なのか。


 時刻は八時前。出発のリミットまでは三十分もない。

 予定していたお弁当作りの練習は、またまたまた延期だ。

 ため息をつきながらパジャマ用中学ジャージを脱いで、ワンピースに着替える。

 ワンピースは大好きですよ。

 なにがいいって、上下のコーディネートを考えなくていい。

 なので、わたしの外出時のしようぞくは常にワンピース。うん、便利。


 朝の支度をすませて部屋を出ると、窓の外には青の空が広がっていた。

 夏の底抜けの青には負けるけど、暖かな春が来たんだとハッキリ伝わる一面の青。

 我ながら安上がりな人間だと思う。

 快晴の空を見るだけで、ぼうして落ちこんだ気持ちが解けていく。

 住んでいるのは、周囲に高いビルのないマンションの五階。

 この部屋に住むと決めたのは、遠く空の青と山の緑が見渡せるこのながめのためだ。

 差しこむ朝日を浴びつつ両手を広げて背伸びをすると、体内で太陽光発電が起こせそうなぐらい心地いい。


 一階までエレベーターで降り、駐輪場からごうてんごうを取り出す。

 ごうてんごうとは我が愛用のママチャリの名前。

 中学生時代から乗り続けているので、もはや相棒といっても差し支えはない。

 ちなみにこの名は、お母さんが昔のマンガからつけたもの。

 うん、これが、実にダサカッコよくてテンションが上がるのです。

 ハンドルを握ったままの全力ダッシュ状態から颯爽と飛び乗る瞬間、

「轟天号、行っきます!」

 つい心の声を口に出してしまった。

 我ながら子供じみていたと反省するが、気持ちが弾んでしまうのは仕方ない。

 晴れ渡る空の下、ペダルを軽く踏み出す。

 目指すは学校ではなく、わたしがわうららと、ななハル君との、約束の地である。


 ちょうど一週間前、ハル君と友達になれた日に、わたしたちの家がすぐ近くであることが判明した。

 この街一番のにぎわいを見せるアーケード通り。わたしはそのすぐ隣の通りに住んでいるのだけれど、なんとハル君はそのアーケード通りに住んでいた。

 ハル君はそこから学校までバスで通うため、毎朝近くのバス停に向かう。

 実はわたしたちは毎朝そのバス停で会い、ハル君がバスに乗るまでおしゃべりをするという約束をしているのだ。

 ハル君は群れることを好まない孤高の女性。

 そのため、学校では言葉を交わすことはしない。

 ゲームセンターで話す以外は、この朝のわずかな秘密のひとときで話をするだけ。

 ん、待てよ。そう考えるとこの朝の時間は密会っぽい。

 密会。うん、密会かー。

 その響きになぜでしょうか、うへへ、ニヤけた半笑いが出てしまいますね。


 朝日を浴びながら、昨日見たアニメを鼻歌で歌いながら、だんだんと慣れてきた細道を轟天号で駆けていく。

 この街は歴史のある観光地。

 繁華街ではあるけれど、古い立派な日本家屋がいきなり現れたりする。

 静かな通りには学校へ向かう子供たち、散歩するおばあさんと犬、そして遠い前方の大通りを通り過ぎていくバス。

 目の前に広がるのんびりとした街の光景は、みんなしあわせに見え、て、ん――あれ、ハル君の乗るバスですかね……?


 全力はつくしたのだ。

 ペダルの回転数ケイデンスだって自己ベストを突破していた。

 しかし、運行時刻を三分も早く走るという極悪非道バスは、わたしが大通りに出ると同時にバス停から走り去り、到着したバス停には誰の姿も見えなかった。

 なんと非情で血も涙もないバスか。

 いや、悪いのは時刻を守らないバスではなく、わたし。

 寝坊なんてしなければ。

 そもそもの元凶が頭によみがえって、わたしは自分の未熟さにうなだれた――

 そのときだった。


「落ちこまなくて大丈夫だから。おはよう、うらら」

 声の聞こえた背後に振り返ると、そこにはハル君が。

 驚きとうれしさで、一気に心拍数が跳ね、なぜか顔まで火照ほてってしまう。

「な、なんで! 乗ったんじゃ!?」

「ん、まあ、そこのコンビニに寄ってて、バスを乗り逃しただけだよ」

 軽く応えて、ハル君は背後の店を指さした。けど――

 ね、それって、本当ですか。

 もしかして、わたしを待っていてくれたんじゃないですか。

 顔をじっと見つめて気持ちを読み取ってみる。

 けれど、何も見えてはこない。

 こんなとき、いつも願う。不可能だけれど、願ってしまう。

 気持ちが分かればいいのに、と。

 ハル君の目に、私はどう映っているのだろうか。

 どれだけ見つめても、心の中までは見えてこない。

 だけど目が離せなくて――そして、うん、今朝もやっぱり見とれてしまいますね、うっへへ。


 整った眉と目、小ぶりで形のいい鼻、つややかな桜色の唇。

 それに、朝の光を受けて輝くやわらかなくりいろの髪。

 すべてがきれいでかわいらしいのに、不思議なほど自己主張を感じさせない。

 うん、これはもはや魔法。地味かわいいの魔法。

 周囲に溶けて隠れてしまうのだけど、注意深く観察した人だけ電撃が走ったように気づかされる、驚くようなれんさ。

 そう。はじめて会った日、わたしはこれに打たれてしまったのですよ。

「ああ、よかったです。今日も孤高の女性と密会できました」

「……なんの話?」

「大好きなハル君とおしゃべりをする時間がうれしいってことです」

 そう言うとハル君は横を向いて、「そりゃどうも」と受け流す。

 ううーむ、素っ気ない。

 ほほえみながら、「私もだよ、うらら」とか言ってほしい。

 普段だってハル君はごくごくたまにしか笑ってくれないのだ。

 少しさみしいけど、まあ、クールなハル君もよいです。

 でも、できればまた顔とか近づけて、香りをがせてくれたら最高なんですが。


 それからわたしたちは次のバスが来るまでの十分あまり、のんびり話をした。

 話題は、大学のこととか、独り暮らしの料理とか、昨日見たアニメの感想とか。

 最近よく話すのは、わたしを取り巻く人間関係だ。

 孤高ぼっちのハル君は知人がゼロなので、この話題についてはわたしが一方的に話してハル君は聞き役に回ってくれる。

 ある意味、友人関係は非現実的な物語ぽくって面白いらしい。

 友達作りに慣れていないわたしも、まわりで飛び交う女子トークがファンタジック言語に聞こえるときがけっこうあるけれど、そこは見栄を張って隠しておく。

 ちなみに、先日、語学クラスで「仲良くなろう昼食会」が開かれたのだが、ハル君には連絡すらなかったそうだ。

 わたしからその存在を聞いたハル君は、みんなに呼ばれなかったことを悲しがる、なんて気配すらなく、クラス内での空気化を心底喜んでいた。

 堂々たる筋金入りのぼっち王である。ええ、そこが実にいいのですよ。


 あと、ハル君にはわたしの交友関係の情報収集も必要なのだ。

 それは厄介ごとに巻きこまれないよう距離を取るため。

 男の人のかつこうでいるのが好きなハル君が女性だと分かれば、まわりはうるさく聞いてくるだろうってことは、少々頭のか弱いわたしですら想像がつく。

 ハル君は大学内の人間関係をゼロにすることで、自己存在をステルス化していた。

 だが、わたしと友達になったことが問題だ。

 わたしを取り囲む人間関係からハル君のステルス能力が破られる可能性がある。

 そして実を言うと、わたしは今、大学生活であるトラブルを抱えていた。

 もしかしたら、それがハル君を巻きこんでしまうかもしれないのだ。

 だからこれは、最悪の事態を避けるための作戦会議。


 そして、わたしの使命はハル君を大学内のいざこざから守り切ることなのである。


   *


 わたしが通うのは地域で一番大きく、一番大勢の生徒が通う大学。

 ここの入学を目指したのもまた、人生経験値を積み重ねるため。

 だけど、大教室で講義を受けるときにいつも思う。

 過去のわたしさん、もう少し手加減しても良かったんじゃないですかね。

 今日の午前は二つの講義があるのだけど、一つ目は五十名ほどが入れる中教室で、そして今のわたしが受けている二つ目は、三百名単位で入れる学内最大級の超大教室での講義だ。

 九十分の講義はもう終わりに近づいていたが、わたしの精神力も終わりが近い。

 映画館を思わせる高低差のついた座席は、めまいがしそうなほど人だらけ。

 この人数ならば、うちの村落なんか一瞬で攻め落とされる。

 しかも、講義開始前の過去のわたしさんが、「授業で修行、授業で修行!」と韻を踏みつつ勢いで飛びこんでいかれたのは、その群衆のど真ん中。

 思いついたまま衝動的に行動し、あとで反省するクセは直さなければならぬ。

 だが、今はこの鍛錬の機会を逃すわけにはならぬ。

 多くの人の存在にも精神を惑わされぬよう、うららよ、心を無にして講義に向かい続けるのだ。


 ポォオーンと気の抜けた時報がスピーカーから響き、講義の終わりを知らせる。

 瞬間、疲労で机にベチっと寝そべってしまった。

 心を無にした。ゆえに、理解できた講義内容もまた無。

 わたし、大学になにをしにきてるんでしょうかね……。

 ため息をついたわたしは、席に着いたまま周囲の人の流れに目を向ける。

 特大の教室の中を、話しながら、黙々と、笑い合って、いろんな人たちが行き交っていた。

 田舎だと特別な日しか見ない群衆が、何でもない日常の中にあふれている。

 その光景が、わたしは苦手だ。

 世界には無数の人がいるという当たり前の事実を、実感として突きつけるから。

 数え切れない人たちの中、なんとなく生きているだけの自分は、どれほどひどくちっぽけな存在なのだろう。

 そう思うと、ただ漠然とした不安と恐怖を覚えてしまう。


 いつの間にか、不統一に流れゆく群衆の中、視線を必死でめぐらせていた。

 どこかにハル君の姿はないだろうか、と。

 大学は講義の選択があるていどは自由で、わたしとハル君はだいたい半分ぐらいが同じ講義を受けている。この二コマ目の講義もそう。

 だからどこかにいたはず、なんだけど、探してもムダだ。

 終了後すぐに出て行っているだろうし、見つけても話をすることはできない。

 それでも、視線を周囲に投げて、ハル君の姿を求めて――


「なにをキョロキョロしてんの。私ならここよ」

 かけられた声に背後を向くと、そこには赤みがかった髪の女の子がいた。

 どうづきうさぎ、語学クラスでできた友達だ。その横にはもう二人の友達もいる。

 大学生になったわたしは積極的に友達を作ろうと試みたけれど、実のところあまりうまくいかなかった。高校のときのようにマスコットっぽくかわいがってくれる人は多くいたけど、友達はなかなかできない。

 そんなわたしを見つけて捕まえてくれたのが、この堂月卯とその幼なじみである二人の友達である。


「あ、おはようござっ、ほぁっ!」

「うーらーらんっ!」

 陽気な声をあげて横から飛びついてきた彼女は、ハーフの女の子、ありむらシャノン。

 お父さんが外国人であるシャノちゃんは、見事なまでにまばゆい金髪、鮮やかなあおい目をしている。

 顔立ちはおっとり優しげ、長い金髪はゆったりお下げ、やわらかい印象の垂れ目にメガネなんて姿からは、ほのぼののんびりオーラがそこはかとなく漂う。

 とくにメガネのセンスがいい。地味なふとぶちでやわらか丸い形状。それが彼女の純朴な雰囲気を最大限に高めてくれている。

 そんなシャノちゃんが、わたしの腕をつかんで澄み切った声で言った。

「うららんー、会いたかったで、ホンマ! ああ、今日もかわええ子やわ」

 きんぱつへきがんメガネのシャノちゃんがんだ声音で話すのは、コテコテの関西弁。

 母親の方言を受け継ぎ、さらに誇張したそうで、彼女によると「ギャップえ」を狙ったものらしい。

 外見から勝手に素朴でおとなしいなんて想像したヤツが、そのイメージとの落差にガッカリする顔を見るのが楽しい、のだそうだ。

「ほれ、抱きしめたる。どや、ここか? ここがええのんか?」

「シャノちゃんったら、ちょっとやめてくださっ? ほあッ! や、やめッ!」

 抱きつきながら首筋を指でツーッとなでてくる。変態だ。

 彼女はなぜかわたしのことを気に入ってくれていて、それはうれしいのだけれど、セクハラが激しいのはどうにかしてほしい。


「コラ、やめな。うららが困ってんだろ」

 そう言って強引にシャノンを引きはがしてくれたのは、モデルみたいな長身でアイドルみたいに美形のそう

 蒼さんは三人の中で最もまともで、最も頼りになる人。

 ハル君と同じような中性的な雰囲気を持っているが、違うのは華やかさ。

「あ、ありがとうございました!」

「いいよ。かわいい子が困っていたら助けるのは当然だしね」

 さらっとさわやかな発言をして、にこりと白い歯を見せる蒼さん。

 なんという男前っぷり。

 この前の語学クラスの食事会では、どの男子よりも多くの女子を周囲に集めていたほどだ。

 肩近くまでのサラサラの髪、くっきりとした瞳と長いまつげ、優しく甘い声。

 みんなが寄っていくのも当然の、常に背後に無数の星が飛んでそうな、少女漫画的に美形の女性である。


「もーっ、うらら! なんども呼んでいるのになんで応えないのよ?」

 そう言ったのは、腕を組んで怒り顔を見せる堂月卯。

「えっ? ウサギ、わたしのこと呼んでました?」

「携帯よ、携帯。あなた、もしかしてまた忘れてきたんじゃないでしょうね?」

「あっ! そういえば、家に置いたままですね……」

「携帯は携帯するから携帯って言うのよ。まったく何度目よ、もーっ!」

 大げさな動きでビシッとわたしに指を突きつけるウサギ。

 彼女の姿はまさにお嬢様。

 瞳も表情も姿勢も、外見すべてが堂々として自信にあふれている。

 中でもその赤っぽい髪はお嬢様要素が満点。

 なんと呼ぶのか分からないのだけど、ふわふわで上品なゆるめのドリルがついた髪型だ。いや、ドリルといっても攻撃的で大きいものではなく、強めに巻かれた赤髪のたばがいくつも上品に伸びて、それはパーマというのかウェーブというのかバネというのか――いや、もうドリルでいいや。

 そんなドリル髪をはじめとする外見通り、ウサギは実際にしやちようれいじようである。

 百年以上前から続くかまぼこの老舗「どうづき」のあとぎ娘。

 そんな将来責任を背負う立場だからか、

「もーっ! うららは本当に子供ね」

 なんて、まるで年上のように振る舞う――のだけど、それがわたしには納得いかない。

 なぜなら、彼女はどう見ても子供なのだ。

 私の声も子供っぽいのだけど、彼女のはどこから出しているのか不明なぐらい高音の幼稚園児ボイス。

 身長だって大学生に見えないほどの小ささ。いやまあ、背は少し負けたけど、わたしのことはさておき、年上なんて絶対に思えない幼女大学生。

 そんな彼女に子供扱いされるのは、とても気にくわないのですよ。


「誰にでも、忘れ物ぐらいあります。そんなので子供って言う方が子供です」

「な、なによ。子供だなんて、世間知らずでちびっ子のうららに言われたくないわ。私の方がお姉さんなんだからね」

 ギギギと視線をぶつけあうウサギとわたし。

 いやもう、すごく低レベルな争いだとは分かっていますよ。

 しかしこれは、わたしが破らねばならないグレートウォール。

 ウサギなんかには軽く打ち勝った先にこそ、大人の世界が広がるのです。

「ああ、なんてステキな光景だ。やされるな、シャノン」

「ホンマやで、蒼ちゃん。ウチ、これを見るために大学来たんやと思う」

「あんたたち、私の味方しなさいよ! 幼なじみでしょ!」

「そうやって助けを求めるの、子供っぽいです。ね、蒼さん、シャノちゃん」

「あなただって助けを求めてるじゃないの、もーっ!」

 頬をふくらませたウサギが、わたしにビシッと指を突きつける。

「いいわ。じゃあ、今日も格の違いを思い知らせてあげるために、お姉さんとしてレッスンをしてあげる」

 レッスン。ウサギの言葉に耳を傾けてしまう。

 ウサギはときどきレッスンという名の社会授業をしてくれて、くやしいことにこれがけっこう役立つのだ。

 あの電車のピッて鳴るカード、コンビニでも使えるんですよね。衝撃でしたね。

「……内容は、なんですか?」

 上目づかいでのぞき見ると、得意げに見下ろされた。負けた気分だ。

「ふふーん、知りたいの?」

「別に、ただ聞いてみただけです」

 横を向き、ハル君イメージで素っ気なく言う。

 わたしにだってプライドはあるのだ。

「うらら、たしか行ったことなかったのよね、牛丼屋」

「ええ、行きましょう」


   ***

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