【表現】三十一文字

 わがみより

  ややこかわいか

 いききれず

  のにゆくははの

   べべのあかきよ


 先日「ミソヒトサジ」というゲームを遊んで、刹那の短歌ブームがコノハズクの中で起こっている。素人芸なので披露するのはどうにもあれだが。話題として消化するなら妥協だな。

 上の歌は人狼で遊んでいた際にランダムなお題「わやぃのべ」で詠めと言われて書いたものだ。自分の中ではなかなか良くできたので「ぃ→い」の変換くらいは見逃してほしい。


 ダブルミーニングは日本の伝統文化だと思う。いや、日本語の、か。コノハズクとしては、ヒトの言葉にはさほどこだわりがないものの、やはり日本に生まれたからには日本の言葉を使ってみたいという気持ちが多少あるらしい。

 昔作った短歌は、川柳から下の句を付け足して意味を大きく変えたものだった。川柳も私が作ったので自演ではあったが。一応某所で公開されている。


 という前置きをしておいて、じゃあ上の歌は二重に意味があるのかというと、

 漢字で書くと分かりやすい。


「我が身より稚児可愛か、生き切れず野に逝く母のべべの赤きよ」

 解釈一つ目。自分の命より赤ん坊の命の方が大切だというのか、子が死んで生きていられずに彷徨い逝く母親の服の赤いことよ。

 聞いた話、地域によって、もしくは家系によって、子どもがいないことで立場が弱くなり家にいられなくなる女性もいるそうな。まあそれを詠んだわけではないけども、子どもが亡くなって絶望する母親はいなくはないよなあと。

 それで自害するのは、決して善ではないとも思うし、そういうのは良くないという気持ちは少しこもっている。


「我が身より稚児可愛か、息切れず呑に行く母のべべの赤きよ」

 解釈二つ目。自分のことより赤ん坊のことを優先すべきじゃないのか、子を置いて息も切らさず呑みに行く母親の服の派手さよ。

 虐待は良くない。


 このように、たった三十一文字で多くのことを表現できるのが日本語の良いところだろう。二重に解釈を用意することで単純に二倍の意味を載せられるということでもある。それがコノハズクには面白い。

 とはいえ短歌を作った経験がほぼないので、これがどれほどの出来なのか自分では分からなかったりする。


 まあ何が言いたかったかというと、素人には上手な短歌なんて分かるわけないから、難しそうとか考えずに楽しんで作れば良いよね、ってことだ。

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