モテない君へ!

青樹加奈

本編

 友人のケイが、また女の子にふられた。

 これで何度目だろう。

 ケイの欠点は、自分がモテないくんだと自覚してない点だ。好みの女の子を見つけると突撃とばかりに声をかけまくる。相手にとっては迷惑千万だろう。

 そういえば、一度うまく行った事があったなあ。

 高校の時だったか、一年、いや二年の時だった。ケイが声をかけた彼女が付き合ってもいいと言ったのだ。ケイは彼女を喜ばせる為にはなんだってやっていたな。彼女も満更じゃあなさそうだった。


「あと、二回デートしたら告るんだ。なんといっても僕にはこの恋愛マニュアルがついている!」


 そんなもんに頼ったってうまく行った試しはないぞと俺は忠告したよな。

 だけど、おまえはきかなかった。そして、案の定失敗した。

 あれは夏だった。祭りのお化け屋敷に誘えとマニュアルに書いてあるからって、そのまんま実行したんだよな。


「お化け屋敷に行って彼女が怖がった所を慰めてやるんだ。怖くないよ、僕がついてるって言ってさ」


 おまえは夢みたいな話をしていたな。吊り橋効果を狙ったのだろうけれど、忘れているだろうから思い出させてやるが、おまえ、怪談話苦手だったよな。

 案の定、悲鳴を上げて抱きついたのはおまえの方だったよな。彼女から何すんのよって平手打ちくらってさ。お化け役の人達から失笑が洩れたのを知っているか? いくらマニュアルに書いてあるからって、お化けが嫌いなくせにお化け屋敷に入るって、どういう神経してるんだ?

 おまえの彼女、お化け屋敷から出た途端に「別れる! 二度と話かけないで!」って言って走って逃げたんだよな。卒業するまで彼女に無視されまくってさ。

 大学では、年上のOLに弄ばれていたな。

 大学出たら結婚するんだって言うのが、おまえの口癖だった。

 結局、いいようにあしらわれてさ、狙っていた男をゲットする為の当て馬に使われたんだよな。あのOL、課長補佐の男と婚約したら、さっさとおまえを捨てたんだったよな。

 あの時も、俺は忠告したよな。あの女は胡散臭いからやめとけって。

「彼女の事を何も知らないくせに! 悪くいうな!」っておまえ、怒ってたよな。

 おまえは彼女に夢中だった。大学の講義そっちのけで、バイトに精出してさ、クリスマスにエルメスのスカーフをプレゼントしてたよな。


「それもマニュアル通りなのか?」と俺が聞いたら、そうだと言っていた。

「おまえの恋愛マニュアル、どこで買ったんだ?」

「昔から家にあったんだ。親父の本じゃないかな?」

「なんだって?! その本が発行されたのはいつだ?」


 俺はケイからマニュアルを取り上げて本の奥付けを見た。1990年とある。


「おまえ、何やってるんだよ。30年以上前の恋愛マニュアル使って成功するわけないだろう? 今はバブルじゃないんだぞ」

「あ! やっぱり!」と言っておまえは笑った。

「でも、頼子さん(彼女の名前)が嬉しそうにしてたからいいんだ」


 おそらく、あのスカーフは速攻で買取専門店に流れただろうに。

 あの時の失恋は、よほど痛かったのか、おまえはしばらく引きずってたよな。引き蘢りになっちまってよ。俺は彼女を忘れたかったら勉学に打ち込めと言っておまえを大学に向わせた。おかげで留年しなかっただろうが。俺のおかげだぞ、感謝しろよな。

 あれ以来、おまえはやたら研究に打ち込んだよな。素晴らしい卒業論文を書き上げてさ、教授が大学院に行くよう勧めていたっけ。だけど、おまえは両親を早く安心させたいからといって、就職を希望した。おまえが第一志望の超一流商社に就職出来た時はおまえ自身が驚いていた。

 だけど、知らなかったよ。おまえが就職した会社、頼子さんが務めていた会社だったなんてさ。結局引きずってるのか? おまえと頼子さんは終わったんだよ。さっさと忘れればいいのに。


「いや僕はただ、あの人の旦那さんより出世したいなって。それだけさ」


 おれはため息をついた。それを引きずってるって言うんだと大声で言いたかったが、言ったからといってどうなるものでもない。人の心を動かす事など出来ないのだ。

 おまえは営業に回され、誰よりもよく働いたよな。驚いたのは、おまえが会社や取引先の人事に同期の人間の誰よりも詳しかった事だ。

 何故そんなに詳しい?と俺が聞いたら、「頼子さんは人事課だったんだ」と言って、にやっと笑っていたな。

 つまり、おまえは頼子さんの言った事を一字一句覚えていたっていうわけだ。

 なんて奴だ。

 おまえは彼女が漏らした情報で、営業成績を伸ばしていったよな。エルメスのスカーフ分くらいは十分取り戻したろうよ。

 しかし、だ。俺は一抹の不安覚えていた。頼子さんの情報というのがどうしても引っ掛かった。

 案の定、おまえは失敗した。

 頼子さんが言っていた通りに、取引先の部長へ手土産にロースハムを贈ったんだよな。

「昔はこのハムが好きだったんだがね、今は、健康の為に塩気の多いものは食べてないんだよ」とあからさまにいやな顔をされたそうだな。

 頼子さんの情報は古くなってたんだよ。おまえはそんなに頭がいいのに、何故、同じミスをする? バブル時代の恋愛マニュアル使って女の子に振られた経験を忘れたのか?

 おまえは平謝りに謝って、許して貰ったんだよな。だけど、契約はとれなかった。


「大丈夫、もう同じミスはしないよ。やっぱり、情報はフレッシュじゃないとね」

「ああ、そうだ。それとだな、ちゃんと裏をとれ。人伝えに聞いた話は鵜呑みにしないほうがいいぞ」

「ふふ、よっちゃん(俺の名前)は相変わらずだな」


 とにかくだ。失敗はあったものの、おまえは順調に営業成績を伸ばして行った。相変わらず女の子に声をかけちゃあ、振られていたが。

 そんなおまえが見初められるとはな。取引先の社長のお嬢さんだそうだな。

 え? お嬢さんじゃなく、社長がおまえを気に入ったんだって? すぐ、結婚?

 まあ、いいじゃないか、お嬢さんも承知したんだろう?

 これから愛を育んでいけばいいさ。

 まさか、おまえの結婚式に出席する日が来るなんて思いもしなかったよ。




 結婚式場に併設された小さな教会には大勢の人が集まっていた。俺は新郎側のベンチに座って式が始まるのを待っていた。緊張した面持ちのケイが神父と共に、祭壇の前に立っている。

 やはり、間に合わなかったのだろうか?

 ワグナーの結婚行進曲が響きわたった。花嫁の入場だ。しずしずと進んで行く花嫁。とうとう神父の前に来た。緊張しているケイの横に並ぶ。いよいよ結婚の誓いだ。

 が、しかし。

「美香(花嫁の名前)さん! 美香さーん!」と教会に男の声が鳴り響く。

 それから先は、まさに映画「卒業」のワンシーンだった。花嫁はウェディングドレスを着たまま、「ごめんなさい!」と言って駆け出したのだ。ケイに花嫁を引き留める力はなかった。

 花嫁が男の腕の中に飛び込む。二人は手を取り合って、教会から出て行った。

 その後、すったもんだしたが、結局、美香さんの両親が集まった人々に頭を下げて幕は降りた。

 つまり、ケイはまた振られたわけだ。

 



 すまんな、ケイ。おまえに結婚されると困るんだ。

 今回の花嫁逃走事件、実は俺が仕組んだんだ。美香さんには恋人がいた。生活能力のない貧乏学生だ。社長はむりやり学生と別れさせて仕事熱心なおまえに白羽の矢を立てたというわけさ。俺は興信所を使って恋人を突き止め、恋人を唆して美香さんをさらうように仕向けた。結婚式が始まって、もう無理だと思っていたんだが、なんとか間に合った。

 実はな、俺の務めている会社である薬を開発している。動物実験は済んでいるんだが、人間ではまだ実験していないんだ。適当な人間がいなくてな。被験者を探している時、おまえを思い出したのさ。おまえほどこの実験にぴったりな人間はいないんだ。なんといってもモテない君だからな。

 開発しているのは、一種の惚れ薬なんだ。

 この薬を飲めば、おまえはモテ放題になるぞ。何をやっても女性に好かれるんだぜ。おまえにとっては夢のような薬だろう。これを量産出来るようになれば、少子化問題も解決出来るんだぞ。

 多少副作用がでるかもしれないが、我慢してくれ、人類の為だ。君は人類の為にその命を捧げられるんだ。これ以上、名誉な事はないだろう?

 と思っていたのだが……。

 モテない筈のケイがモテ始めた。何故だ。

 結婚式で花嫁に逃げられた話をしたら、女の子が同情して寄って来ただと!

 入れ食い状態だと!

 そんなばかな!

 それじゃあ、被験者にならないじゃないか!

 誰が惚れ薬の実験体になるんだ?!

 俺は仕方なく上司に相談した。


「それは、残念だったね。日程も押していることだし、そうだな、どうしようかな」


 上司がちらりと俺の顔を見上げた。


「君、君もモテなかったよね?」


 俺の前にコップ一杯の水とピンクの錠剤が差し出された。



 (終)

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