とある吸血鬼の下っ端生活記

@save

第1話グラムは今日も無茶ぶりされる


とある春の夜半過ぎ。

俺はいつも通り、地味にカビ臭い部屋に押し込められていた。

仕事だとは言え、毎日毎日残業だと嫌になる。

一つため息を吐いて身体を伸ばす。

仕事が終わる気がしない。


「グラム、今暇かな?」


「見てわかりませんかね。超忙しいです」


「休憩してるじゃないか」


「今終わりましたよ」


能天気な上司に返事だけ返して、手元の羊皮紙から必要な情報を読み取っていく。

どうやら黄昏の森に住む吸血鬼の女性が、迷い込んできた人間の男性を眷属にしてしまったようだ。

お互いに一目惚れだったらしい……。

あほか、惚気は他所でやれ。

その羊皮紙は判子だけ押して処理済みの箱へ。

上にあげる必要もないだろう。

素性調査と戸籍だけ登録して終わりで良い。

さて、次だ。


「まぁまぁ、とりあえず話だけでも聞いてくれよ」


「……聞くだけなら」


「君に出張の話が来てるんだけど」


その言葉に、俺はようやく顔を上げた。

書類が山と置かれた机の向こうに、見た目はとても流麗な男性が座っている。

銀髪赤目の、言動からは想像もできないが、とても古い吸血鬼。

昔っからの俺の上司だ。

そんな彼は、いつも通り穏やかに微笑んでいる。

相変わらず何を考えているか解らない。


「出張? こんな忙しいのに?」


「あぁ、出張だね。いや、赴任かな?」


「はぁぁぁあ?」


「ちょっと。上司に向けるべきではない顔だよ?」


そう言って苦笑する上司を余所に、俺の頭は素早く回転する。

残業を増やしたとしても、いま手を付けている仕事を片付けるには二週間以上掛かる。

日々追加されていく仕事も考えれば一か月は欲しい。

最悪この部屋が書類に沈む。


「それ、いつからです?」


「あれ、行ってくれるの?」


「命令なら拒否権ありませんよね?」


「うん、ないよ。で、えー……いつからかな?」


「こっちで確認するんで書類ください」


「あぁ、ほら」


能天気な上司に任せるより、自分で確認したほうが早い。

そう思って書類を手に取った俺は、その書類の内容に頭を抱えざるを得なかった。

正直な話、くっそ面倒な仕事だ。



≪黄昏の魔王配下、吸血鬼グラム・エイリス。同盟国であるアルトハイム王国に於いて、彼の王室守護を命ずる≫



で、それが始まるのは一か月後、ね。

その後に続く長ったらしい署名は読み飛ばし、俺はため息を吐いた。

アルトハイム王国といえば、比較的最近同盟を結んだ記憶がある。

交易もそれなりに盛んだが、種族の違いからすれ違いのあるところでもあったはずだ。

それが、何をどうしてこうなったのか……信頼関係も薄っぺらい癖に、あちら側は余所者の俺を懐に迎え入れるつもりらしい。

あぁ、どう考えても厄介ごとだ。


「うちの上層部は何考えてんですかね? これって陰謀の匂いがするんですけど」


「さぁ? 種族の繁栄か、君を使った遊戯か。我々には推し量れない方々だからね」


「うわぁ、怖ぇー」


「まぁ頑張り給え。死にはしないだろうさ」


「痛いの嫌なんですよ……」


あぁ、憂鬱だ。

下っ端は従うしかないってのも辛い。

誰か労働基準法っぽいの作ってくれねぇかな。

絶対的独裁者の魔王様がいる限り無理だろうけど。


「まぁとりあえず、目の前の仕事だな……」


その前にコーヒーでも飲もう。

夜はまだまだ長い。


「あれ、そういえば任期は?」


「まぁ、五十年くらいかな」


俺は何も聞かなかったことにして、仕事に戻った。

やってられるか。







結局、仕事が終わったのは空が白み始めた頃だった。

俺の他には誰も居ない街はとても静かで、とても散歩に向いている。

正直な話、昼間は五月蠅くて仕方がないのがこの街だ。

交易に良く利用される上に、喧嘩っ早い魔族の連中が多いのが理由だ。

俺も何度叩き起こされた事か、分かったもんじゃない。


「っと、ただいまー」


誰もいない部屋の、魔力灯が照らす部屋は汚い。

ここも掃除しないといけないのか、嫌になるな。

ゴミ出しは昼間だしなぁ……。


思わず出そうになる溜息を堪え、手早く寝支度を整える。

その途中に見るこの身体・・・・の肌は相変わらず真っ白だ。

吸血鬼に転生して早20年、相変わらず慣れる事は無い。


「あー、憂鬱だなー」


アルトハイム王国ではゆっくり出来ればいいなー、と思いつつ。

厄介事に巻き込まれる予感しかしないのが嫌だった。

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