町民の婚礼(四)

「あら、よく来たわねえ」

 奥の台所から補充用のグラスを籠いっぱいに入れて出てきた花嫁の母が姿を現す。

「マリア、ちょっと見ない内にまた背が伸びたのね」

 急速に我に返った顔つきで近づいてきた花婿に空グラスで満たした籠を手渡しながら、花嫁の母こと大工の女将はしみじみとした声で述べた。

「はい」

 背筋を伸ばして答えるマリアの小さな顔にこぼれるような笑いが広がる。

 しかし、この年頃の少女としても華奢な体を包む茜色のブラウスは、木綿の生地が既に毛羽立っており、襟は手首の所で大きく余ってだぶついていた。一瞥すれば、誰の目にもこれはお下がりの衣装と知れる。

「お宅は二人とも器量がいいから、将来が楽しみね」

「将来」の部分にさりげなく力のこもった女将の言い掛けに、マルタは固まった笑顔のまま二、三度頷くと、濃く長い睫毛を伏せた。

「わざわざ来てくれて、どうもありがとう」

 テーブルの向こうから、酔いが回ってすっかり顔の赤らんだ花嫁がマルタに声を掛ける。

「あんた、毎日忙しいから、あたしたちの結婚式も顔出ししてくれないかと思ってた」

 エルザは吹き出すと同時に、おくびの出た口を押さえた。

 そうすると、真新しい黒の花嫁衣裳の、肥った胸元が余計にはち切れそうになる。

「友達の結婚式、すっぽかすほどじゃないわ」

 マルタは抑えた声でそう応じつつ、俯いた目も、手も、細腕に提げた籠の中を既に探り出していた。

「これ、私たちからのお祝い」

 黒衣に赤い顔をした花嫁の前で、マルタは取り出した四つ折の白い布をふわりと広げる。

「テーブル掛けにでも使って」

 純白というより半ば透明に見える布には、一面に雪の結晶の模様が織り込まれていた。

「どうもありがとう」

 エルザは厚ぼったい手を出して受け取りながら、小首を傾げて笑う。

「雪模様ねえ」

 ゆったりした旋律から急速に浮かれた調子に転じたリュートの音色に合わせて、花冠の頭を振りながら、エルザは白い布を両手で引っ張るようにして広げた。

「そろそろ夏なんだし、薔薇(ばら)模様の方があたしは好きなんだけど」

 規則正しく織り込まれた編み目の一つ一つを検分するかのように、エルザは手にしたレースにどんぐり眼をちかりと光らす。

「あれ、あたしも一度やってみたけど、難しいのよね」

 布地を裏返して破れも解(ほつ)れもないのを認めると、エルザは急に興味を失った風にパサリと膝の上に重ねた。

「それじゃ、お二人の子の出産祝いは薔薇模様の織物にするわ」

 マルタの薄青の目は、花嫁の冠の上で凍り付いている。

「無理しなくていいのよ」

 弾んでいたリュートの音がそこで止まって、切れ目のように一瞬生じた沈黙の中、花嫁の声だけが刺すように響いた。

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