6.崩壊の兆し


「有瀬」


 職員室から出てきた有瀬を呼び止める。普段は真っ直ぐに伸ばされている背筋が、少しだけ丸まっているように見えた。


 教師なんてひどく蒙昧もうまいなものだ。目に見える分かりやすい形で壊れて初めて口を揃えて言うんだ。「急にどうしたんだ」「悩みがあるなら先生に言いなさい」「それでも暴力はいけない」「一人で溜め込んでいないで、誰かに……」こういう手合いは崩壊の兆しを見逃しておいて、己の鈍さを顧みることはない。上に立つ大人がこれだから、学校社会の鬱屈は止まらないんだ。自分達も学生を通って大人になったくせに、そんな感慨はすっかり忘れているらしい。


 有瀬を呼び止めたはいいが、何を話すかは決めあぐねていた。待ち伏せまでして、俺は有瀬に何が言いたいんだろう。先に口を開いたのは有瀬だった。


「いい加減ああいうの、やめたら?」


 普段の掠れた声とはちがい、耳の中をよく通る声だった。切れ長の目は、俺ではなく床を見つめているけれど。


「あんな低俗な奴らと付き合うくらいなら、一人でいる方がよっぽど有意義だと思うけど」


 一人で本を読む。それだけで上靴を汚される。それは尊厳を侵されるようなものだ。中学校の教室って、そんな世界だ。狭くて窮屈で息苦しい。孤立を選ばなければ、俺のように上手く立ち回れば、理不尽な目には合わずに済むのに、それなのに、有瀬は一人が良いと言う。


 俺は、なんだか泣き出したい気持ちになった。

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