少女アルセストの嘆き

木遥

1.俗人とは違いますの



 賑やかな教室で、嫌味なくらいに真っ直ぐ伸ばされたブレザーの背中が一つ。男と見間違うほど短く切られた真っ黒な髪、本だけを見つめて伏せられた切れ長の目。


「ワタクシはオマエラのようなゾクジンとはチガイマスノ」


 喧騒を遠ざけて孤立するアイツの後ろ姿はそんな風に言っているように見えて、俺はアイツが視界に入るたびに心の中で舌打ちをした。ずっとアイツが目障りだった。


 千切ったノートを丸めたボールでキャッチボールをしているバカなクラスメイトが、アイツの背中にドンとぶつかった。かなりの衝撃だったはずだが、アイツは微動だにせず、何事も起こっていないかのように本を読み続けている。ぶつかった奴はもごもごと謝罪の言葉を述べたけれど、アイツは返事をしない。無視された奴は首を傾げ、キャッチボールの相手に何かをヒソヒソと囁いて、笑った。


 この教室の中に、アイツの居場所は机一つ分しかない。先人のラクガキだらけの錆びて汚いガタガタの机。俺なら耐えられない。


 上手いことやれよ。俺みたいにさ。


 俺の目の前にはホクロだらけの顔をした不細工なアシンメトリーな髪型をした男子と、耳の横で二つに結んだ髪を縦に巻いた派手な顔立ちの女子がいる。二人とも品の無い声でケラケラと笑っているが、何について話しているのかはわからない。話を聞かずに適当に相槌を打っていたものだから。

 俺は二人の笑い声に合わせて、二人の真似をして手を叩いていただけだ。シンバルを持ったイカれた顔した猿のオモチャみたいに、パンパンとリズミカルに手を叩く。俺はお前らとの会話をこんなにも楽しんでいますよ、と伝わればいい。これは一種のパフォーマンスだ。


 俺の居場所は、ここにある。


 使い古された汚い机なんかにしがみつかなくても、俺の周りには人がいる。


 俺は上手いこと社会に溶け込んでいる。


 だから、俺は手を叩き続ける。


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