極道戦記(ゴクドーサーガ)

@Otherone

第1話異世界召喚

 ――――これは死んだな、と夜刀 やと宿儺 すくなは思った。

 アスファルトの地面に身体を預け、ぼんやりと考える。

 銃弾を食らった事は今まで何度か有ったが、立てなくなった事は無かった。足を撃たれたのと血が流れ過ぎた事が原因だろう。


(あーあ、組の連中には悪いなぁ。親父はどうでも良いけど他の若い衆には迷惑掛ける事になるか。まぁ呉羽 くれはが居るから何とかなるだろうとは思うが)

 自分に似て性格は悪いが優秀な妹の顔が脳裏に浮かび、次いでこれまでの記憶が甦る。走馬灯だと気付きながらも、スクナは静かな気持ちでそれを眺めた。


 段々と彼の身体から熱が抜け、感覚が薄れて行く。

(意外と死ぬのも何て事ぁ無いな。……詰まらねえもんだ)

 スクナは齢十八の若者にしては達観した思考で自分の死を受け入れた。


( 眼が霞んで来やがった。俺は死んだらどうなんのかね、地獄行きか、それともあの世なんて無くて、単に死ぬだけか)

 彼が死に掛けているのは悪い偶然だ。大学入学前の春休みに偽造パスポートで諸国漫遊中、女性がチンピラに強姦されそうになっている場面に遭遇してそれを助けてしまったのである。

 身分を隠して旅行中でもなければ、或いは襲われていた女性が前日に つたない外国語を汲み取って道案内してくれた人でもなければ、スクナは義侠心 ぎきょうしんを発揮しようとはしなかっただろう。


 そして、追い払ったチンピラがジャンキーの仲間達を連れて来て、しかもそいつらが銀行強盗をする為に短機関銃を持っていると言うタイミングでなければ……。

(まぁ、どうだって、良いか。寒いし……、眠い……)

 失血性のショック症状により彼の意識は朦朧として来た。身を横たえたまま、目を閉じる。


 ――――からから……。ころころ……――――

 スクナは何処 どこかでダイスが転がる音を聞いた。


《ようこそ、来訪者 ヴィジター様。単刀直入に聞きます。『生きたい』ですか?》

 太陽の光にも似た暖かさを感じると共に、甘やかな女性の声が脳内に直接響く。

 彼は質問に対して『YES』と答えた。



「……成程、つまり俺はこの国の王様を目覚めさせる為に召喚されたって訳か」

 スクナは清潔な白い服を着てベッドに腰掛けたまま相槌を打つ。包帯一つ巻いていないその身体は銃弾を受けた怪我人には到底見えず、そして事実として過去に受けた傷以外は一切無い健康体となっていた。


 彼が説明を受けた所によると『此方 こちらが勝手に召喚したのだから治療するのは当然』との事であり、今も目の前で話している美女の外見もあって、丸一日眠り続け目が覚めた直後には天国にでも来たのかと勘違いした程である。


「ご理解頂けて誠に結構です。とは言っても目的に一致した『ギフト』かどうかは『運命の女神 フウ=トネル』に祈るしか有りませんでしたが」

 スクナに説明をしている女性の豊かな金の髪には宝石を散りばめたティアラが飾られ、琥珀の瞳には知性の輝きが携えられている。その天使然とした美女は華美な装いながらも、不相応さを感じさせない品位と清廉さを持っていた。


「完治させる為には『奇跡CLARM=CIERU』のギフトが必要なんだろ? で、俺のギフトは『増幅PALFYIM』と。どうやって調べたか知らんが、ご期待に添えなかったか?」

 服装や周囲に控えた護衛から見て一目で高貴な身分と分かる相手にも関わらず、スクナは全く かしこまる事をせずに話している。当然護衛達の視線は厳しい物となっているが、そんな事をこの男が気にする筈も無い。


「いえ、可能性としましては『増幅PALFYIM』で治療魔術の効果を上げれば治療が可能かもしれませんので、スクナ様にはどうかご協力をお願いします。……調べ方については召喚時に流されていた血液を採取して検査に掛けさせて頂きました。ご不快でしたら謝罪致します」

 王族の謝罪は極めて重い。酷く軽い調子で言っているが、もし本当にスクナが『謝れ』などと言えば不敬罪で周囲の衛兵があっという間に監獄へご招待してくれる事だろう。


「なぁに、血液検査が必要だってんなら手間が省けた。命を救って貰ったんだ、そんな事に一々文句を付けるような奴は おとこじゃねえ。当然、協力もするさ」

「オトコ、ですか……?」

 不思議そうな表情で女性はスクナの言った言葉を繰り返した。その唇は日本語を話している様には見えず、また聞こえる音も聞いた事の無い言語だが、それを問う事はせずに軽く誤魔化す。


「ああ、気にしないで良い。……そう言えば名を名乗って無かったな。俺は宿儺、姓は夜刀、生まれは東京、しがねえ極道者さ」

 さらりと自分がヤクザである事を告白するが、この文化レベルにおける警察機構としての役割を持つ筈の兵士達に反応は無かった。

「スクナ様ですね。ゴクドウモン、と言うのは良く分かりませんがご職業でしょうか? どうやら此方の世界には無い概念のようで、上手く翻訳魔術が働いておりませんの」


 目上の相手に様付けされたからか、或いは単純にそう呼ばれるのが嫌いだからか、スクナは軽く頬を歪めて あざけるように苦笑する。

「はっ、呼び捨てで構やしねえがな。まぁそんな所さ。で、お名前をお伺いしても? お姫様?」

 挑発的な口調に周囲の近衛からの視線が一層厳しい物となるが、スクナもお姫様と呼ばれた女性もそのプレッシャーを気にしようとはしない。


「あら、申し遅れました。私はソーマ王国第一王女、ソーマ・アンジェ・ノゥ・レトース・ソーシャー。どうぞソーシャとお呼び下さい」

 左手を胸の上に当て、ソーシャは優雅にお辞儀をした。

「おっとっと、こいつはどうもご丁寧に」

 スクナも同じ様に左手を胸に当て、ソーシャが頭を上げるまできっちり四十五度の角度で頭を下げる。


 郷に入っては郷に従えと言う言葉がスクナの脳裏をぎった。

 本当にそう返礼するのが正しいかは分からないが、相手に誠意を示す事にはなる。一見するとスクナは傍若無人な態度に見えるが、その振る舞いは目の前に居る相手を意識した物であり、彼の矜持 きょうじに裏打ちされた物である。

「俺もきっちり仁義 じんぎを切りてえ所だが、この病院服じゃあ様にならんしな。どうせこの後、王様の所に行くんだろ? 俺の服を返して貰えるかい?」

 洒脱な笑みを浮かべ、スクナはそう言った。



此方 こちらが陛下の寝所に御座います。くれぐれも失礼の無き様……」

 自らが守る扉を開き、立派な鎧に身を包んだ衛兵はスクナを睨み付けながら低く脅す様な声で忠告をする。


「ご苦労さん、心配要らねえよ。っと、おお……」

 それを意に介する事なく部屋の中へと進むと、 きらびやかな装飾と白亜の壁に刻まれた幻想的な彫刻がスクナの目に飛び込んで来た。

 イスラム美術のアラベスクにも似たその精緻 せいちな紋様は単なる観賞用の物ではない事が素人目にも察せられる。薄絹で作られた御簾 みすを潜り、王の眠るベッドへスクナとソーシャは近寄った。


 柔らかな寝台の上に横たわっているのは齢四十と言った壮年の男性。これまでの人生が皺として刻まれた いかめしい顔立ちと立派な体躯、それが眠ったままでも王としての貫禄を示している。

「……我が父、ネイソナ王は一ヶ月前に落馬して頭を打たれたのです。それ以来、如何なる魔術や薬でも目を覚ます事が無くなってしまいました」

 ソーシャはそう言って瞼を閉じたまま微動だにしない王の髪を整えた。娘にも受け継がれている美しい金色が揺れ、今にも目覚めそうな様に見える。


「植物状態って訳か。だが一ヶ月も眠りっ放しの割りには随分と健康そうな見た目だな?」

「魔力回復のポーションを点滴に使っています。父上は『再生ETEGARERNE』のギフトを授かっているので魔力さえ有れば四肢欠損すら修復してしまいますから」

 さらりと吐かれた異世界の非常識加減にスクナも思わず苦笑した。


「とんでもねえな。この世界にはそんなのがゴロゴロ居るのか?」

「いえ、ギフトの発現は王族など極僅かに限られています。突然変異的にギフト持ちの子が生まれる場合も有りますが滅多に御座いません。ですから、確実にギフトを持ってこの世界に現れる『ヴィジター』様は貴重なのですよ」

「……成程ね。他所の国に『助けて下さい』なんて言う訳にも行かないからこうして『ヴィジターくじ』を引いたって訳か」


 スクナは自分の存在を籤引 くじびきに例え、何故『召喚』と言う物が行われたのかを納得する。

 自分の世界、自分の国に異物を呼び込むと言うのは控え目に判断しても危険が過ぎる物だ。文化は? 人間性は? 危険物を所持していないか? コントロール不能の怪物が現れる可能性を考えれば、そう安易に召喚等と言うギャンブルは行われない筈である。


 とは言え瀕死の自分が召喚されて、それを予期していたかの様に魔術で回復させられた事を考えれば完全無作為抽出でも無いだろうが、とスクナは内心呟いた。

「ご理解頂けたようで何よりです。……それではそろそろ治療を行いましょうか。ギフトの使い方は先程説明しましたが、覚えてらっしゃいますか?」

「意識を集中させて呪文を唱えるんだろ、この短時間で忘れやしねえさ」

 スクナは着流しの袖をくり、指の骨を鳴らして身体をリラックスさせる。


 超常の術に挑戦しようと言うのに至って気楽な様子なのは無理解だからではなく、何とは無しに出来て当然と言う確信が有るからだ。ある種の天才が持つ傲慢にも等しい自信。スクナは召喚されて手に入れたと言うギフトの事を半ば感覚で捉えており、既に扱い方も分かっていた。

「心強いお言葉ですね。では私の手に触れて力を流して頂けますか?」

 差し出された細く華奢な左手を掌に乗せ、スクナは人差し指と中指を手の甲に当てる。


「……『増幅PALFYIM』」

 自らの中に有る力の流れをソーシャの中に有る力の流れへ繋げる事を意識し、スクナは精神を集束させて呪文を発した。

 ソーシャはそのたおやかな表情の下で余りにスムーズなギフトの発動へ驚きつつも、間を置く事はせずに用意していた構築へと魔力を通して治療魔術をネイソナ王に掛ける。


「『高位治療Rowng=Gidhuruk』」

 暖かな光が眠れる王に降り注ぐが、 しばらく待ってもその瞼が開かれる事は無かった。

「……駄目でしたか。増幅した高位治療でも無理となると打つ手は……」

 ソーシャは小さく溜息を吐き、その横でスクナは顎に手を当てて考えている。


「ちょいと気になったんだが、俺が召喚された時に耳じゃなくて頭の中に直接声が響いたような感じがした。あれも姫さんの魔術かい?」

「? はい、『念話Eltephaty』と言って短い距離なら喋らずとも言葉を伝えられる魔術です」

「それを増幅させる事は出来るか?」

 スクナの意図を理解し、ソーシャの眼が細められた。


「……可能です。ですが意識の無い相手に念話をしても意味なんて」

「意味が無いかは試してみないと分からねえだろ?」

 にやりと笑い、スクナは左手を差し出す。

「……分かりました」

 ほんの僅かに逡巡し、ソーシャは自分の左手をそっとその上に重ねた。


「『増幅PALFYIM』」

「『念話Eltephaty』」

 うねる程に猛る力の流れがソーシャの魔力回路に絡み付き、補強する。そして構築を走らせ、魔術を発動した。


《父上……! どうか、どうか目を覚まして下さい……!! 父上!》

 ソーシャはいとも容易く制御して見せているが、並みの術者では魔力の過充填で構築が弾け飛び兼ねない程に荒々しい力の膨れ上がり方だ。そしてその制御を可能としているのは『高速思考FEVSERATE』のギフト、意識すれば一秒間を七十五分割した一刹那すら捉える事が可能となる神からの授かり物 ギフトである。


 そして増幅した魔術を制御する為に普段であれば思考速度をセーブして行っている念話がネイソナ王へと届く。秒間百回のモーニングコール、それはまるで除細動器 AEDのように不要な脳波を遮断し、脳の機能を再起動させた。

「おっ」

「父上!」


 青い眼を開き、王が目覚める。であるがしかし、魔術を切っていない以上念話の効果はまだ続いており――――

「やっかましいわぁぁぁああああ!!」

 ネイソナ王は頭の中で鳴り響く騒音に激怒していた。




――――――――

全6話+エピローグ、午前十時と午後十時に投稿予定。

エピローグは6話と同時に投稿するので、纏めて読みたい方は25日の午後十時をお待ち下さい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る