第77夜 6・5 少年と鉱物を買いに行く話

6・5 少年と鉱物を買いに行く話


 朝から降っていた雨が上がると、柾木は鉱物展へ行こうと思った。この週末に開かれている、鉱物の展示即売会。所謂新宿ショーなる其処へ行くのは、彼にとっては二回目だった。

 彼はふと思い立つと、例の少年――フライデーに声を掛けた。二人は東口で落ち合うと、先ずアカシアでロールキャベツを食べた。それから西口の都庁のほうへ向った。

 少年にとっては初めての新宿ショーだった。彼は所狭ところせく並んだ無数の鉱物と、それを見る黒山の人集ひとだかりに、少し吃驚びっくりしたようだった。

 柾木は青い石が好きだった。星型に結晶するペンタゴン石や、直線定規めいた藍晶石を買った。随分と数学的な曲線を描く、琥珀化したアンモナイトのスライスも購った。それから、彼は少年とお揃いで、瑠璃玉のブレスレットを求めた。夜空の玻璃のようなその石の色は、どこまでも深く、そして青かった。連ねられた真球形の瑠璃玉は、微妙に青色の表情を変えた。地球みたいですね――少年はそう言いながら、細い手首に着けたその石を見つめた。

 それからフライデーは、水晶のジオード割り体験をやった。テニスボール大のジオードは、割るまで中身の分からない運試し。見た目の割に軽いのを選ぶんだよ――柾木のアドバイスを受けた彼は、平積みに積まれた山の中から、ずいぶん時間を掛けて選んだ。それから、石を割る為に目の前に立っている、教授めいた風貌の男に手渡した。教授は石を受け取って掌に乗せ、二度三度と手の上で転がした。

「選びなおし。もう一回人生やり直そう」

 少年はぎょっとしたようになって、返された石を山の中に置いた。それから慌てて適当なのをひとつ取ると、そのまま教授に手渡した。それは随分軽かったとみえ、教授は今度は無言で受け取ると、破砕機に掛けて二つに割った。

「ほらねえ、人生やり直してよかったねえ」

 教授は間延びした声で少年に言った。彼の手にしたのは、空洞にびっしりと微細な結晶のついた、見事な水晶の標本だった。人生やり直した幸福な少年は、手の上のそれを嬉しそうに見ていた。柾木は少年のその横顔を、これまた幸福そうに見ていた。(了)

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