第20夜 4・9 北へ

4・9 北へ



 ゆく春を追いかけて列車に乗った。新宿発の新白河行き、北へ向かう鈍行は空いていた。

 柾木は、車窓の外を見ていた。ロングシートの、隣に少年がいた。柾木と同じ名を持つ彼は、じっと景色に見入っていた。その目は地平線の彼方を眼差し、柾木はこのごろ雰囲気の変ってきた少年の横顔に、よろこびと少しの罪悪感を覚えた。少年は無意識のうちに柾木に影響されているようで、ちょっとした癖や言動が伝染していた。少年は彼に似て少しアンニュイな空気を纏った。だんだん柾木を取り入れているように見えた。

 窓の外には春が広がっていた。鈍行列車はゆっくりと北上し、たしかな春を踏みしめるように、ひと駅ひと駅に停車していった。北へ行くごとに春は薄まり、まだ最後の冷たさを残している冬とせめぎ合った。その中を桜は少しずつ北進した。列車が線路を進むごとに、車窓の桜は時を遡る。彼等を乗せた列車はいつしか、桜前線を追い越そうとしていた。

「詩を作るより田を作れ」

 彼等は、農村に降り立った。東北の春は遅く、まだ緑のない田んぼのあぜ道は、それでも果敢ない新緑が萌えていた。彼等は明日、稲の種を蒔く。秋の終わりの豊穣を祈りつつ、生命の込められた原点の種を蒔く。

「詩を作りつつ田を作れ」

 柾木はこの方がいい、と思った。かつて賢治がそうしたように、それを彼の藝術にしたかった。そう生きるのも、悪くないと思えた。少なくとも、昨日より、生きている気がした。


  北帰行 まだ咲き初めの 桜かな  (了)

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