第15夜 4・4 四年で天才になった話

4・4 四年で天才になった話


 柾木は、書く人になりたかった。

 好きな小説家がいたとか、ある作品を読んで衝撃が走ったとか、そういうことは、なにも無かった。ただ、柾木は焦っていた。彼は、何者かになりたかった。

 たまたま国語ができたから、国文科に入った。小説など、まともに読んだこともなかった。必修科目だから、勉強した。だが大学生には、時間が余っていた。その時間の使い方は、自分で考えねばならなかった。流されて生きてきた柾木は、そこではじめて自分で考えた。ひどい自意識が、彼を焦らせた。

 柾木には、何の才能もなかった。大学ではじめて、小説を読んだ。作品は、みんなつまらなかった。これならおれにも出来る、と思った。自分じゃなにも出来ないくせに、文句を言うのだけは、一人前だった。それで、安直に書きはじめた。小説家にならなれる、と思った。それで百枚のゴミを作った。彼は、文学の革命だと思った。あたらしい文学を作った、と思った。文芸誌に投稿して、音沙汰が無かった。

 柾木は、自分は天才だと思った。人間は馬鹿だから天才は死ななきゃ理解されない。ひとりほくそ笑んで、また書いた。今度は二五〇枚のゴミを作った。そしてまた出して、また消えた。

 彼の天才病は、慢性になった。

 天才だから、ものを書く勉強などしなかった。毎日書き続けることもしなかった。天才は、文章が降って来たときしか書かなかった。「未完成」「断片」という表題のゴミが増えた。増えるたび、天才は悪化した。気づいたら、大学も四年になっていた。彼は、何者にもなれなかった。天才は何にも縛られないから、何者でもないことを誇りに思った。

 それが、柾木の四年間だった。(了)

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