第13夜 4・2 私小説をやってみる話

4・2 私小説をやってみる話


 このご時世に、私小説などというものを書く。そう決めた。だが、どうもエッセイになった。今日は、私小説めいたことを書こう。彼は、二十代の青年。名前は、適当に柾木と決めた。

 柾木は、東京の大学院に通って一年。一応、文学の研究をしている。もっとも院生なんて肩書きは、働かない為の体のいい言い訳に過ぎない。大学には週一度のゼミにしか行かない。人の書いた作品を使って、毎週二十枚紙を無駄にする。それが、柾木の仕事だった。

 柾木は、書く人になりたかった。研究なんて、寄生虫に過ぎないと思った。他人の創作に取りすがって、あたかも何か深遠な真理でも発見したかのように装う。柾木は、それに嫌気が差した。だが柾木には、小説を書く才能はなかった。それを磨こうと努力する才能も、なかった。もう、研究と名のついた寄生には、耐えられなかった。何より、両親に顔向けできなかった。そうして一年が過ぎていった。

 大学の春休みは長い。二月は一ヶ月を費やして、誰も読みやしないゴミを書いた。内輪の院生しか読まない論集を編んだ。論文と名のついたひと月分のゴミは、そこに捨てた。

 三月は、全日休みだった。柾木は、毎日昼まで寝ていた。起きても一日を、布団で過ごした。柾木は世間には無用だった。何者かになりたい思いだけは、人一倍強かった。柾木は生きている痕跡を残したかった。

 彼は、文章を書くことにした。凡庸な彼には、それしかできなかった。どうにか、六百字だけは書いた。それ以上はもう、書けなかった。それもみんな駄文だった。それでも、柾木は毎日書いた。寝ていて過ぎていく毎日の中で、それだけが、彼の生の証だった。

 今日は、もうとっくに字余りだ。結局おれは何も書いちゃいない。(了)

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