雲外蒼天!!

蒼天の霹靂

第1話「日常⑴」


「あー……寒っ」


駅の改札を抜け、自身の吐く息が白く染まるのを眺めながら俺は、誰にともなくそう呟いて首に巻いたマフラーに顔を埋める。


真冬に比べ幾らか日が伸びたとは言え、三 月半ばのこの時期では、夕暮れ時の寒さはまだまだ身に堪える。


それに加え、先週に降った季節遅れの大雪がまだ街中の至る所に残っており、それらが視界に入り込むだけでこちらの体温が奪われていくような気もする。


今年は近年でも稀に見る程の暖冬だと言われていたのだが、この光景を見る限りではその予想は見事に的を外れたらしい。


まぁ、しょうがない。昔から天気予報なんて当てにならないものだ。そう自分に言い聞かせながら俺は、早くこの寒さから逃れようと普段より少し早い足取りで歩き出す。


足を前へと踏み出す度、寒さで感覚の殆どを失った爪先に凍てつくような痛みだけが小さく迸る。


爪先だけでは無い。 手先や耳先、それに顔等、肌の露出している部分は全て真っ赤に染まり、痛みだけの感覚が嫌に残る。


これだから冬場の営業周りは嫌なんだ。寒いとただそれだけで何もやる気が無くなるし、全ての事が億劫に感じてしまう。


本当ならこのまま家に帰って湯船に浸かって、この冷えきった身体をゆっくりと温めたい所だが、生憎、俺にはまだ会社に戻って一時間弱はかかる事務仕事が残っている。


残念だが、まだまだ帰ることは出来そうに無い。


会社までそう遠くない道程をコートのポケットに手を深く入れて、寒さに身を縮こませながら歩いていく。


まばらに行き交う人々も皆同じように背筋を丸め、早足で通り過ぎて行く。そんな人々の姿がやけに滑稽に見えた。


その中で、他の人達とは違う空気を放つ一組の家族の姿が俺の視線を奪っていく。



それは父親と母親、そして小さな男の子と、どこにでもいるようなごく普通の三人家族の姿だった。


男の子は父親に肩車をされながら、クリっとした子供らしい目をキラキラと輝かせ、満面の笑みで父親に話しかけている。


父親も同様に笑いながら我が子との会話を楽しんでいて、その二人の隣を母親がとても優しげな瞳で見つめながら、並んで歩いて行く。


まるで、この寒ささえも溶かしてしまうような暖かいその光景に、何故か俺の胸は小さな痛みで締め付けられていた。


それと同時にふと、自分の幼かった頃の記憶が脳裏に甦ってくる。


あぁ、俺にもあったけ。 ああやって笑って過ごしていた頃が。


あの頃は子供ながらにだが、確かに幸せだった。休みの日には遠出をしたり、近くの公園で遊んだり、夕飯の買い物について行ったり、みんなでご飯を食べたり......。


今ではそれが叶うことはもう無い。


二人はもう、どこにも居ないから。

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