結局俺は諦める
河條 てる
第1話
「雲一つない晴天!」
「心地よい春の風!」
「舞い散る桜の花!」
「なんて素晴らしい日だ!花粉症じゃない俺にとってこんなに素晴らしいクラス替えの日はない」
「だから、ね?唯落ち着いて。お願い。アメちゃんあげるから」
促す愁を無視して唯は愁に微笑みかける。
正座している愁は窓際に立つ唯がそうさせたわけじゃなく、自主的にしているのだから笑いものだ。
唯の表情はどす黒い笑顔のままだ。見上げる形になっている愁にはさぞ恐ろしく見えるだろう。
「ねえ愁、さっき楓と購買行くまではここに私のパンがあったはずなんだけど、知らない?」
愛輝は必死に笑いをこらえてはいるものの隠しきれていない。その様子を見た楓は肘で愛輝の脇腹を突く。呻き声がしたが、楓は無視した。
「あー、えーっとなー、さっき楓持ってってなかった?」
楓に話をふる。彼の顔には汗が見える。
愛輝は知っている。彼の口角には甘いホイップクリームがついていることを。大人しく吐けばいいのに。どの道バレてる。
愁の問いに対して、冗談じゃないと言った様子の楓は、唯に対して前科があるようだ。
「はあ?持ってくわけないじゃん!唯の持ってったら殺されっから!」
「愁、大人しく吐いた方が楽だぞ。」
愛輝はしゃがみ込んで首を振りながら彼の肩を叩く。
そして唯は気づいていたのであろう口角についたホイップクリームを指差した。
「美味しかった?ホイップクリームといちごのパン」
唯の可愛らしい笑顔がドス黒いのは一応珍しいことではある。
慌てて口の周りを触って、指に着いたホイップクリームを見て、愁の顔は真っ青になった。そして、どうやら愁は諦めたようだ。上を向き叫んだ。
「あーー!もう!そうだよ!!俺が食ったんだよ。唯のとは知らなかったんだよ!」
唯はまたあの笑顔で言う。そして愛輝はお腹を抱えて笑う。楓もたまらず笑い出した。
「購買にクリームパンとアンパンがあったよ?」
「行ってきます!」
「「「いってらっしゃーい」」」
見送ったあとの教室で3人は窓際に立って並んだ。愛輝と楓は一頻り笑ったあと、愁の事をディスる。
「いやーあいつも馬鹿だねー。今回はかなりマシな方だけど、唯の甘いもんなんて食ったら殺されんだから。精神的に。」
「いやー経験者は語るね?」
「まあな。あんな可愛い笑顔で問い詰められてみ?逆にめっちゃ怖ぇーから...って、何言わせんだよ!」
「のっかる楓が悪いんですー。いやしかし、ホントにやったことあるんだ。なにしたの?」
言う途中、愛輝は笑いを漏らした。楓はそれが気に食わないのかムスッとしている。
しかし、ムスッとした態度をとりながらも結局は答えてくれるのが彼女だ。良く言えば素直、悪く言えば馬鹿だ。
「一緒に遊びに行った時にパフェのイチゴつまんで食ったら怒られた。」
いやーあん時は怖かった。そんな事を言ってる楓は案外余裕そうに見えるが、彼女が未だにきちんと覚えていることから余程身にしみたのだろう。
馬鹿だなー。と言って笑うと先程までぶすくれて黙っていた唯が何を言うかと口を開く。
「そういう愛輝も小さい頃から何回も私の取ったでしょ!」
唯は愛輝の背中をひっぱたく。が唯の力は弱いのでさほど痛くはない。とは言え全く痛いわけでもなく
「はいはい。そんなに昔のこと引っ張り出さないのー。」
愛輝は言いながら唯の頭をぐしゃぐしゃにしてやった。唯は更に膨れたが愛輝は気にしなかった。
俺は知ってる。唯が愁の事が好きなことを。愁もまた、唯が好きなことを。
そして、俺の初恋が実らないことも。
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