タイプトーカー

風祭繍

第1話

 私は、タイプライター。


 今では、直接見た事のある人も少ないだろう。


 キーを打つと、文字が紙に印字される仕組みの機械。ワードプロセッサーの一つ前の段階のあれだ。


 何でその機械が話しているか、というのは気にしないでくれ。長い間仕舞い込まれていれば話してみたくもなるさ。実は私は、ある魔法使いが作った特殊なタイプライターなのだ。作られたのは19世紀の中頃だったと思う。


 その魔法使いは、魔法の力を世のために生かすべきか、それとも己一人の秘密として生涯隠していくかどうか悩んでいた。そこでわずかに力を行使して、世の中の反応を見てみようとしたわけだ。そんなわけで私が生まれた。ダイアトニック・ダイアモンド社というメーカーより、わずか10台のみ販売された。


 この私に隠された魔法の力、特殊な仕掛けは、人の指が触れるキーボードの部分にある。このタイプライターの各キーには、超微細な凹凸が仕込まれており、なおかつそこに魔法の力が込められている。


 どんなものかというと、その凹凸に指が触れると、指先から手、肩、首、そして脳へと快感が伝わり、文書作成において非常に強い集中力を発揮する、というものだ。


 なんでまたそんな仕掛けにしたかと言うと、その魔法使いが、その当時の人々の会話に辟易していたからだ。掻い摘んで言うと、誰かが何か新しい事をやってみようと人前で発表する。そうすると賛同する者は殆どおらず、出来ない理由ばかりが周りから発せられる。散々に言われたのち、うまくいかなかった場合、さらにけなされる。思いつきでやるからそうなるんだ、と。


 だが、その魔法使いは、こう考えていた。人が行動する理由は、大抵その時の思いつきだ、と。無茶苦茶な発想でも、出鱈目なイメージでも、自分でやっていて面白いと思えば長続きする。


 楽しみながら続けていると、何だかんだ言っても成果となるものが出来上がる。世間の評価がどうであれ、自分でそれを行った経験は何にも代えがたい財産であり、眠って起きた朝には次の仕事に向かうやる気が出る。それを促す何かを作ってみようとしたわけだ。


 ちなみに、この魔法は、文書を作成する者に負担を与え過ぎないように調整されている。あまりにも集中しすぎると、腕、肩、首が痛み出し、自然と休憩をとるように仕向けられる。もしかしたら、今でも残っているかもしれないな。この魔法。


 実は仕掛けはもう一つある。それはインクだ。


 魔法使いは考えた。人がある事柄について判断する場合、その人の生まれや育ち、その環境によって得たものが基準となるものの、最も大きな要素はその時の気分である、というものだ。


 そんなわけで、このタイプライターで印字された文字は、読む者を良い気分にさせる匂いを発している。ほんのわずかにだがね。その文書を手にして読む者は、気分が落ち着き、書かれた文章をしっかりと最後まで読む、ということになる。


 ちなみに、この魔法は読む者の基準となるものを揺り動かすまでの力は無い。どうしても相容れない場合は、読む者自身が防御手段として、眼を疲れさせ、視界を霞ませる。瞬きが多くなり、目頭を押さえる、という行為を誘発されることになる。そんな時には、日を改めるか、別の人間に見せてみるのが良いかもしれない、という仕掛けだろう。もしかしたら、今も残っているかもしれないな。この魔法。


 その後、世に出回ったタイプライターの効果を見届けた魔法使いは、自分の力をひっそりと世の中に紛れ込ませることにしたようだ。タイプライターの他にも様々なものに力を使ったらしい。まあ、いずれそいつらも語り出すかもしれないな。それはそいつら自身に任せよう。


 君たちと私が出会うのは難しいだろうが、どこかで会う事もあるだろう。


 私も書くばかりじゃないからね。


(終わり)

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タイプトーカー 風祭繍 @rise_and_dive

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