異世界魔王の異世界征服

★634

第1話 魔王になって欲しいのです

「……、あー、あー、あー、あー、なんだこれっ!」


不満満点の声をあげたルシエル。

高校へ進学する前の春休み。

ルシエルは高校からいわれている宿題。歴史に出てくるような有名な人物たちの伝記を、自分の部屋で読んでいた。


「まったく、この世界の奴らは昔の偉人のようになれって、よく言うが、おかしすぎじゃねぇー」


再度、不満の声をつぶやくルシエル。

前から常に思っていたことだった。

なぜならば、過去の偉人たちは、たいてい新しい国を作ったりしている奴らなのだ。


(そんな奴らを尊敬しろと……、いや、世界を征服したいという気持ちはよくわかる。

じゃあ、本当に世界征服を目指してもいいのだろうか?

って、答えは『ノー』なはず。

だったら、世界征服をしたような偉人の伝記を読んだって仕方がないのだ)


本を持ちながら退屈そうにルシエルがしていると……、自室の床が急に光り出し、魔法陣ができ、金髪の白いドレスを着た少女があらわれる。


「私はこの世界ではない神に命じられてきたユリリィと申します。

異世界の魔王様にお願いがあって参りました。

少し、お話を聞いていただけますでしょうか?」

「……あ、あっ?」


だらけているときに、急に着た訪問者に対して不快な声をあげるルシエル。

誰だって前触れもなく、自分の部屋に入ってこられたらそうなるだろう。

ユリリィは申し訳なさそうな表情をして、


「急な訪問。申し訳ございません。

ですが、どうしてもお願いしたいことがあり、こちらに参ったので話だけでも聞いてもらえませんでしょうか?」

「……あ、あ、わかったよ」とぶっきらぼうに答えるルシエル。

「ありがとうございます」


と深々とお辞儀をしながらユリリィはいったあと、


「私はこの世界と別の世界で天使をしており、神から命じられた使命により、魔王様のお力が必要なのです」

「……んっ? なんじゃ、そりゃ?」

「その疑問はもっともです。神様が敵対するはずの魔王に力を求めるなんてと……、」

「まあ、そうだな。

神っていうのは敵対する魔王がいるから困るもんだからな」

「確かに、普通はそうなのですが、私がいる世界では、魔王がいなくて困っているのです」

「ってことは、神に反抗する勢力のまとめ役がいなくて、細々した勢力がたくさんありすぎて対応に困っているってか?」

「す、すみません。私の表現が悪かったです。

正確には、私の世界には神に反抗する勢力は一つもありません」

「どういうことだ? みんな神の考えに賛成しているってか?」


絶対にありえない、という表情でいうルシエル。

どんなものだって完璧なものなんてありえない。

どんな最善なシステムだって、不満を持つものはあらわれてくる。

ユリリィは、ルシエルの表情に対して、むしろルシエルの考えの方がおかしいという表情をする。


「ーー神が作ったルールですよ。賛成しているに決まっているじゃないですか?

むしろ、神が作ったルールに反抗するなんてありえません。

魔王という存在があるなんて初めて聞いたとき、理解に苦しみ、なかなか受け入れられませんでした……、っというより、今も信じられません」


ユリリィの言ったことは魔王に対して挑戦的な内容ともとれない。なぜならば、神に反抗し続け、神を殺したルシエルの行動を真っ向から否定したようなものだ。

だが、過去の経験からルシエルは一定数ユリリィのような考えがいるのも知っている。また、要件をなかなか言い出さないユリリィの話し方にだいぶ飽きてきてきてしまっていた。

なので、ルシエルは飽きたゲームの話題になったかのように興味なさげに、


「はぁ? じゃあ、なんでここに来たの?」

「そ、それは……、私の世界の魔王になって欲しいのです」


(また、唐突なことを言い出したな。

ただ、もう話を聞くのはやめて追い返すか考え出していたところに出てきた話題。もう少しは話を聞いてやってもいいか……)


と、ルシエルは思い、


「……はぁ? なんじゃ、そりゃ?」


と、話を促す疑問系で返す。


「はい、私の世界は神に反抗する勢力がないので、世界の変化、変革が起きません。

なので、魔王様に私の世界へ来てもらって、反抗勢力を作って欲しいのです」

「へぇ〜」

「ご興味はありませんか?」

「別にぃ。そもそも、俺の世界じゃない世界に興味なんてないし、」


実際にはとても興味があるが、はぐらかす、ルシエル。

だが、ユリリィの話にはルシエルにとってデメリットが話されていない。

すぐに食いつくのは、よくない、と思いユリリィの様子を見る。


「そこをなんとか……、」

「『なんとか』って言われたってなぁ〜。

そもそも、おまえはどういう立場なんだ?」

「私は神から『神に反抗する勢力を作るように』と命じられた、魔界創造局の局長になります」

「へぇ〜、じゃあ、おまえって偉いんだ?」

「そうなのです。と、言いたいのですが……、今の魔界創造局は私一人しかいなくて、偉いのかどうなのか……、今までずっとエリートコースを歩んで来たのに、今回の人事は栄転なのか、左遷なのか……、」

「大変だったなぁ」

「ええ、それはもう大変で。魔界なんてそもそもなんのことだかわからないのにまったくどうしたらいいのか……って、私の話よりも、現状をお話しますと。

一から魔界を作るのを手伝って欲しいのです」

「それは、現状じゃなくて、おまえの願いだな」

「確かにそうですが……、神様からの命令は絶対。なんとかしなければいけないにもかかわらず、どうにもできなくて。

あれや、これやと手を尽くしたのですが、八方ふさがりで……、あてられた予算は底を尽きかけていて。

どうかお願いします。協力してもらえませんでしょうか?」

「ふぅ〜ん」


どうやら、ユリリィの言っていることは嘘じゃなさそうだが、魔力を回復していない今の状態でまったく知らない別世界に行くのは危険だな、とルシエルは思うが、今の世界にいたって仕方がない。ユリリィの話に乗ってやるのも悪くはない。


「で、俺を別世界に連れて行こうとしてるんだ。なんかしらの『エサ』は用意してきてるんでしょ?」


人の悪い笑みを浮かべながら言うルシエル。悪魔だっただけのことはある。

自分自身でエリートだと言い、魔界という新しい世界を創るという大事な任務を与えらるということは、そこそこ、いや普通なら『エサ』を用意しているはず、と思っての質問。当然、待ってました、とユリリィが、ルシエルに答えてくれるものだと、ルシエルは思っていた。

が、ルシエルのあては、はずれる。

ユリリィは驚いた表情を見せて、


「えっ?」

「……んっ?」

「そ、その、用意してません」

「はぁ?」

「だって、私の世界では、神様の命令は絶対だから……」

「ま、そうか、じゃあ、手を出して、」

「……、え、ええっ」


このままではせっかく異世界にまで来たにもかかわらず、失敗に終わってしまう、と思い、気が動転していたのだろう、素直に手を出してしまうユリリィ。

魔王だった悪魔に……。


「ありがとう」


と、言いながら手を握り、ユリリィに細工するルシエル。ニヤリ、としながら。


「こ、これは?」


どうして握手されたのか分からないユリリィ。

ルシエルは、優しげな表情で、


「わかったよ。俺がおまえの世界に行って魔王になってやる。

その、よろしくの握手」

「え、ええっ、あ、ありがとうございます」


どうしてルシエルが協力的な行動になったかのかわからないが、目的を果たせた、ユリリィは安堵した。

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